1:船上
打ち解け合った、と思う。
だけれど、だからこそ楽しいと思っていた時間は短くて。
「じゃあな」
ぞろぞろと、乗船券を提示しながら係員の脇を抜けていく人たちを脇に見ながら、俺はそう告げた。
埠頭の手前。受付の前で、俺たちに向かい合うように立つのはローゲンとラフトで。
「呆気無いよな、こういうのは」
ラフトがそう、妙に寂しそうにつぶやくのが、酷く幸先が悪かった。
彼を励ますのはローゲン。俺の時と同じく、背中を軽く叩いてみせた。
「また会えるから呆気無くて良いんだ。そうじゃないのか? な、ローゲン」
「ああ。だがな、クライト。お前が行くのは海上だ……その意味は、わかってんだろうな?」
彼も彼で、ラフトが心配する底の部分を知っているらしい。
だけれど、俺にはわからない。いつもと同じく、ただ旅立つだけなのに、なぜそこまで心配を剃る必要があるのか。
先日は、あれほど強いことを誇りに持てと言っていたのに。
疑問符を浮かべる俺の脇腹を誰かが突付く。横を向けば、ライアだった。
「風が出るわ。水も潤沢、だけれど火とは縁が弱くなって、大地からは切り離される。貴方の、治癒の根源はどこだったかしら?」
「……そういうことか」
つまりは地の精霊による加護が一時的になくなるということ。
俺の不死たる所以が、失われるということ。
現状では避けなければならない事態。だって船上でこそ、逃げ場がないから狙われやすいのだから。
「もしジェーンが心配ならオレたちが責任持って送り届ける事をしよう。なにもわざわざ、しかもよりにもよって東に戻ることもないんじゃないのか?」
航行時間はおよそ四日。
ここまで船での移動が短時間でできるのは、精霊術により航行速度が馬より疾い上に、大陸同士がもっとも近くなる場所に港を置いているから。
だからその航行速度で移動できればこの北大陸も縦横無尽に移動することが出来る。だけれど、乗船している人たちがその速度を実感することはない。これもまた、ちょっとした結界のような形で船を防護するから。
共に水、風の精霊による加護だった。
しかし、その程度の加護では悪魔から身を守ることなど出来ず。
四日という短期間なれど、現状を鑑みれば長すぎるくらいで。
先日から停泊していたらしい巨大な帆船は、未だ帆を畳んでいる。約一ニ○人程度を運べるそれは、先日の内に補給を済ませているから客が乗船し次第出港できる。
やがて客の足がまばらになる。
いよいよ、俺たちが最後になりそうだ。
「いや、東大陸に行くには理由がある。もしこうなることを知っている人が居るなら、多分、俺を待ってくれているだろうしな」
「……クライト、無理すんなよ」
「ああ、心配してくれてありがとう。こう、言うのは本当、気恥ずかしすぎてダメなんだが――これからも、俺がどんな馬鹿やっちまっても、仲良くしてやってくれよ」
「なぁに言っていやがるんだ」
拳を突き出す。僅かな衝撃が胸を打った。
「当たり前だろ。なあ、ラフト」
「ああ、当然だとも」
美形の男がうなずき、厳つい男が微笑んだ。
彼らはそろそろ、と身を引き、軽く手を掲げる。別れを告げる所作に、俺は頷いて踵を返そうとして。
ぼふん、と視界下から飛び込んでくる影も捉えられずに、何かが下腹部に飛び込んでくる衝撃を感じた。
「わっ」
高い声の悲鳴。
そのまま反動で後ろに倒れ込みそうになる白い影を、俺はしっかりと抱き締めるように受け止めた。
「ご、ごめんなさい!」
見れば、それは少女――なのだろうか。
総身は白い衣服に包まれている。パリっとした外衣に、純白のズボン。下には襟のついたシャツを着て、首には朱いスカーフを巻く。
頭には、額から耳を追おうような金属の冠のような兜。
手持ちの荷物はなく、ただその風貌から異様に目立つのは腰の位置で交差する対なる幅の広い短剣。
「大丈夫だよ。君もあの船に?」
目にかかる程度の長い金髪。ささやかな動作にでも揺れて、大きな瞳の前で遊ぶように揺らめく。
「は、はい。あ――すみません、急ぐので。本当に、失礼しました!」
まだ十くらいの子だろうか。
それにしても礼儀正しく、深く頭を下げてから出港を待つ船員のもとへと走っていった。
「しっかりしてるよな」
誰にともなく呟けば、ちょっとライアが複雑そうな顔をする。
俺はそれからローゲンたちに手を上げ返してから、ウィズたちを一瞥して船へと促した。
◇◇◇
緩やかな進度をだった――と思う。
だけれど、船室の端に四人が横になるスペースを確保して荷物を置いてから甲板に出た時、既に埠頭に立つ船員の影は驚くほどに小さくなっていた。
しかし吹くのはそよ風で。
見下ろせば、海上は白い飛沫を勢い良く吹いている。やはり、この穏やかさとは正反対にかなりの速度で船が前進しているようだった。
「すごいです、すごいですね! 私、初めて船に乗りました!」
ウィズが子供っぽくはしゃぐのを微笑ましく見ながら、俺は柵を背にして甲板を眺める。
子連れはまばら。武装を解いている旅人らしき連中がそこそこ。そんな彼らは、ちらちらと俺たちの様子を伺っている。敵意はないようだけれど……。
しかし、そもそも甲板に出ているのはそう多くはなかった。俺たちを含めて、十を超えるか超えないか程度で。先ほどの、目立つ格好の子も確認できては居ない。
「クライトさん」
「ん?」
そんな風にあたりを眺めていれば、ウィズが俺の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「海って、モンスター居るんですか?」
「ああ、居るらしいな。結構厄介なのばっか」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、これくらいの船なら基本的に精霊の加護が効いてるから。モンスターの嫌いな臭いを撒きながら進んでるようなもんだからな」
「すごいですね。でも一番は、クライトさんがここに居れば絶対に襲ってこないですよね」
「どこで覚えたんだ? そういうおべんちゃらは」
少し気が抜ける。
これからもっと大変なことになるかもしれないのに、昨日の今日だから、どうしても身が入らない。
ウィズの頭を鷲掴んでぐらぐら回せば、うわー、と満面の笑顔でされるがままにされる。
子供のようだと思う。
だから可愛いんだ。ヘンに耳年増なのに、身体は成熟しきっているのに、顔つきも、頭の中も、まだ子供。
危うい。それは社会的な意味で。
だから何があっても、少なくとも彼女とライアは護らなければならない。
ライアは契約者として。
ウィズは、俺が連れ出した責任として。
「ね、ヒィ」
と腕に抱きついてくるのはジェーンで。
「どうして自分で乗船券の代金払うって言ったの? 私が払うって約束だったじゃないの」
「言っただろ、今回の仕事は高い勉強代になるって。報酬を含めて、全部のことを言ったつもりだったんだが」
「はっ、払うわよ? ちゃんと、耳揃えて二十万。諸経費は出ないけど」
「無理すんなって」
言いつつ、少しだけ自分を客観的に見てみれば。
なるほど、連中がちらちら俺たちを見る理由がわかる。
美女ばかりだからだ。
選りすぐりの美人ばかりなのだ。紫の肌だったり、ピクピク長い耳を弾ませるエルフだったり、桃色頭だったりはするけれど、そんな特徴があるからこそよく目立って、目立つからこそ元々の素材の良さが認められる。
夢のよう――なのだけれど。
だからこそ、要らぬ不安ばかりが胸をよぎる。
それは悪魔による襲撃のみならず、質の悪い輩による彼女ら目的の襲撃。
今回はノーシスノウスの件のお陰で国が動いたからか、港付近でうろついているらしい盗賊の影は無かったけれど。
東の大陸では、恐らくは同様の輩が居るはずで。
「まあた、抱え込んでるわけ?」
思わず呆然とする俺の頬を、ジェーンが突付く。眼だけを向ければ、彼女は悪戯っぽく微笑んで。
顔を横に向ける。船の尻へと目を向ければ、もう埠頭は影もなく消え去っていて――。
違和感。
というより、
「クライト」
ライアが呼ぶ。
俺はただ、頷いた。
「異臭だ」
糞便や吐瀉のそれではない。
長らく清潔を忘れた生活によるすえた臭いですらない。
それは油の燃焼する臭い。
木が焦げる臭い。
炎の、臭い。
船室の方へと顔を向ければ、同じタイミングで両開きの扉を突き破って逃げてくる大勢があった。
「かっ、火事だ!」
誰かが叫び、その絶叫が乱雑な喧騒を産む。
悪魔か、と思ったけれど、この状況ではあまりにも早過ぎる上に気配すらなかった。
「こ、子供が……白い服の子供が、まだ中にいる!」
男が叫んだ。
甲板で傍観を決め込んでいた俺の指先が、ぴくりと弾んだ。
「なっ……あの子か!」
どうして火事が起こったのか。
どこで火事が起こったのか。
考える余地などない。
「ここで待ってろ。大勢で行くとかえって危険になる」
彼女らの躊躇いの猶予など与えない。明確に、俺の迷惑になると理由を提示してから、俺は走りだした。
背後で言葉を失いながらも俺を気にしてくれる、ローゲンたちと同じくらいに大事な彼女らの心配が伝わってくる。
だから拳を握り、大丈夫だ、と言い聞かせるように片手を掲げて。
確かに熱を帯びる、開け放たれた船室の入り口へと飛び込んだ。




