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09,逆婚約破棄を受けた元王子

 ユディトは私の婚約者だった。ヘデラと出逢って間もなく婚約を申し出されたことを今でも覚えている。ヘデラの恋が成就することはないと悟っていた私は、一抹の感情もなく了承した。今ではこの選択を酷く後悔している。

 

 ユディトは優しいだけの人という印象だった。私のやることなすこと全てに肯定して場を和める意思を持たない操り人形。

 彼が変わったのは、確か私とヘデラが再会してからだった。ヘデラに識別のための特別なブレスレットを贈ると、彼は初めて文句を垂れてきた。愛人や香水とエメラルドのブローチに関して黙認を貫いたのに、だ。あまりにうるさかったので、当て馬を侍らせて目の前で婚約破棄を叩きつけてやった。

 

 婚約破棄をしても尚しつこく私に付きまとい、遂に公の場でヘデラの身分詐称を暴露した。パールパレスでは歩んできた歴史ゆえ奴隷への風当たりが強いからずっと隠匿してきたのに。以降は久しく会っていない。

 

 鮮やかなカーペットに跪く男を見下ろした。綺麗な金髪の男だった。頭上のシャンデリアの光を反射させて優美に輝いている。が、金髪はこのパーティーにだって1,2,3,4……軽く見積っても7人以上は居る。パールパレスでも珍しい髪色という訳では無い。

 細く弱々しい腕、荒れた髪、状態はそんじょそこらの罪人と変わらない。ただ、周りの反応からしてユディトであるというのは間違いなさそうだ。


 私は侍従長を睨んだ。

 

 「侍従長、なぜユディトをここへ?」

 「それは……」

 

 あからさまに体を強張らせていた。顔の向きから察するに、恐らくリラの方を見ているのだと思う。

 侍従長の視線の意図を汲み取ったかのように間を開けてリラが言った。

 

 「私が頼んだのよ。だから責めないであげて」


 ムッとして反論した。

 

 「勝手なことして許されると思っているの? 戦勝パーティーに戦犯を連れてくるなんて、私に対する侮辱としか思えないわ」

 「私はあくまでリーウィンのことを考えて行動したまでよ?」

 「有難迷惑だということに早く気付いて」


 訝し気に頭を抱えると、下から「んー」「んんー」というような呻き声が聞こえた。リラがユディトを指さした。


 「ほら、ユディト様がなにか言いたげな顔してあなたをみてる。猿轡(さるぐつわ)を取って差し上げては?」


 私が言葉を発する前にリラは近くの使用人に指示を出してユディトの猿轡を外させた。呼吸を整えた後、ユディトが口を開けた。

 

 「リーウィン、その――」

 「誰が喋ってもいいと言ったかしら?」


 そういっても懲りずにユディトは話し続けた。


 「……どうしても、聞きたいことがある」

 「聞いてあげる義理はもうないわ」

 

 「まだ、ヘデラのことを好いているのか?」

 「なにを当たり前のことを。3年も一緒にいたのよ?過去に人になってからそれほど時間も経ってない……」


 ことにしたい。


 「リーウィ――「もういい。これ以上は聞きたくないわ」


 一方的な拒絶に呆れたリラが仲裁に入った。


 「まあまあ、リーウィンを愛す男性はもうユディト様しか生きていないのだし、ヘデラチャンの代わりにすればいいじゃない。身分もヘデラチャンと近いし、お似合いだと思うわよ――きゃっ!」


 リラの言葉が耳に触れると、無意識に拳が動いた。気付けばリラはスカートを広げて尻餅を突いていた。押さえている頬は赤く腫れている。……殴ったの? 誰が? 誰が私の親友を殴った? おかしい、リラが殴られる前後の記憶がない。

 不愉快な感情が口を動かした。

 

 「せっかくのパーティーを台無しにした挙句これをヘデラの代わりですって? 私を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ。ヘデラのこと興味の欠片すらなかったアンタが、ヘデラの代わりとか勝手にほざかないで」

 

 私、怒ってる? なんで? 手がひりひりする。なんで? なんでみんな私に顔を向けて震えているの? 誰がリラを殴ったの? 誰? リラに暴力を振るうような身分の者……あれ?

 もしかして、リラを殴ったのは、私?

 

 状況を理解した途端、血の気が引いていく感覚を覚えた。鳥肌が立ち、吐き気を催した。


 なんで? なんで? 嫌だ。いやだいやだいやだ。違う。リラは滑って転んだだけ、頬は、頬は……。

 なんでみんな私を見るの? やだ。見ないで。こんな醜い奴。こんな人殺し。こんな……。誰か誰か! 私は悪くないって言って。

 なんで誰も私の味方してくれないの? なんで私の周りにはキャサリンたちみたいな人がいないの! ねえ、誰か助けて! ねえ! ヘデラ、ヘデラ!!


 「今日はもうお開きにするわ。皇宮に下賤な者を泊められる空き部屋はございませんので皆様速やかにお帰りになられるように」


 顔を隠した。そんな目で見ないでよ。いつもみたいにさ。ねえ。ねえってば。

 

 「ちょっと待って! リーウィン!」


 なんでリラは私ばっかり構うのよ。もうやめて。代わりなんて必要ないから。

 ヘデラ、ヘデラ、ヘデラ、亡霊でもヘデラが近くにいれば、それでいいからさ。

明日の12:10に第10話更新します。よろしくお願いいたします。

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