06 チェンジされたのはわたし?
旧校舎の空き教室にやってきたわたし達。
わたしは、早速、高柳一葉を見ながらその周りをグルグル回る。
「なにしてるんですか?」
「いや、高柳さんのリセットボタンはどこかな、って」
「そんなものありませんよ」
無いのかあ。
リセットボタンがあったら、すぐさまポチッて記憶消去できたんだが。
う~ん、残念。
「どういうつもりなのかしら?」
仕方無いので、アルカイックスマイルを浮かべながら、やんわりと圧を掛ける。
「あの…………これ」
彼女はスマートフォンの画面をこちらに向けた。
そこには、レイヤー『マイマイ』のコスプレ画像の数々が――――
「これ、鈴白さんですよね?」
ニコニコと笑みを浮かべる彼女。
「さあ、どうなんでしょうね?」
口元に掌を添えてふわりと微笑む。
画像は虹花が撮ってSNSに上げていたやつだ。
もちろん裏アカ。
従って、虹花自身も身バレしていない。
わたしもだよ。
「言い逃れはできませんよ。ウィッグに付着していた皮脂と鈴白さんのDNAが一致しましたから」
この女!
今、『DNAが一致』って言ったのか!?
「ほら、ここに鑑定書もありますよ」
そう言いながら彼女が手提袋から取り出したのはDNA鑑定結果書類だった。
まさか、DNA鑑定したって言うのか?
受け取ったDNA鑑定結果書類をパラパラと捲りながら中身を確認する。
医学的見地と遺伝学的検証結果がそこに記されていた。
もはや、言い逃れできないレベルで。
なぜ?
なんのために?
そもそも、わたしを特定するためにDNA鑑定までする必要がどこにある?
普通に教室に来て、
『鈴白さん、少しお話しませんか?』
でも、
『鈴白さん、お友達になりませんか?』
でもよかったはずだ。
だが、彼女がしたことはわたしにDNA鑑定結果を示すこと。
これは脅迫なのか?
目的は何だ?
わたしは憑りついていた何匹ものお猫様を祓って擬態を解く。
「何が目的?」
彼女は、急に雰囲気が変わったわたしに一瞬目を見張ったが、やがてその表情はいたずらっぽい笑みに変わった。
「話が早くて助かります」
そして、わたしに一歩近づいてきた。
だが、そこから先は予想を遥か飛び越えたものだった。
「私とお付き合いして頂けませんか?」
『お付き合い』だと?
おいおい、とんでもないことを言い放ちやがったよ、この娘。
「どこに付き合えばいいの? こっちにも都合があるからどこにでもって訳には――――」
「あらあら、往生際が悪いですね。そんな誤魔化しは通用しませんよ」
ニコニコ笑みを絶やさずに更に距離を詰めてきた。
「お付き合いっていうのはこういうことですよ」
いきなり襟首を掴まれ、唇を奪われる。
一瞬じゃない、時間を掛けた行為。
「なっ!」
さっと飛び退き口元を拭う。
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て―――っ!
今、わたし、ファーストキスを奪われなかったか?
しかも奪った当本人は人差指を口元に添えながらわたしの様子を面白そうに見ていやがる。
「なにしやがる!?」
「いいですね。それが鈴白さんの本当の姿なんですね?」
何が可笑しいんだ?
「私、知ってるんですよ。高校受験前、近所のゲームセンターに男装して通っていたあなたを。一目惚れだったんですよ。学校では清楚な優等生。でも、裏では素行の悪い連中を駆除する正義の拳法家」
それはわたしであってわたしじゃない。
それは乗っ取り犯のもう一人のわたしだ。
それにヤツは別に正義でやってたんじゃない。
ストレス解消の邪魔になる連中を排除しただけだろうよ。
ちょっとやり過ぎの感はあるとは思うんだけどね。
「なのにあなたは突然消えてしまった。県外受験して居なくなってしまった」
もう他人の為に時間を食い潰されるのは嫌だったからね。
「学校に問い合わせても個人情報保護を理由に教えてくれない。家の者を使って、興信所を使って、やっと探し出した。1年も掛かっちゃいましたよ」
自分に言い聞かせるように語る彼女。
「私、この4月にあなたと同じ高校に転入したんですよ。転入にあたって、自分磨きに精も出しました。見て下さい。あなた好みになりましたよ」
うん、確かにわたし好みの美少女だ。
でも、わたしを追って転校までしてくるのは行き過ぎている。
「だから、私とお付き合いして下さい、恋人として」
なんだろう。
思い込みが激しそうなヤツだな。
ストーカーの匂いがプンプンしてくるんだけど。
この娘と付き合うことになっても色々と束縛されそうだ。
それこそ、この娘にわたしの自由を全て奪われてしまうように思えてならなかった。
「せっかくだけど、お断りだね」
「あなたの全てを公表しますよ」
「好きにすれば? そうしたら、また、転校するだけだし」
いや、もっといい方法が――――
「ああ、いっそのこと海外留学でもしようかな? そこで飛び級して大学に行くとか? そうすればキミに付き纏われずに済む」
それを聞いた彼女が笑みを消した。
「後悔しますよ」
構わない。
後悔したからこその今だ。
わたしの時間はわたしだけのものだ。
何人たりとてわたしの聖域を侵すことは許されないのだよ、高柳一葉。
「という訳でキミとはこれっきりだ。教室にも来るなよ」
わたしは踵を返して空き教室の扉に向かう。
シャリン
何かを鞘から抜く音が聴こえた。
「残念です」
彼女がボソッと呟いたような気がした。
あれ?
わたしは横たわっている?
視界には、私の首の無い立ったままの体。
そして、コンバット・ククリを振り切った高柳一葉の姿。
ああ。
わたし、首を刎ねられたんだ。
次第に視界がぼやけてくる。
薄れゆく意識の中で、高柳一葉の呟きが聴こえた。
「あなたが悪いんじゃない。こうする以外に、あなたを永遠に私だけのものにする方法を思いつかなかった私が悪いんです」
それがわたしがわたしだった時の最期の記憶。




