05 何? それ美味しいの?
「マイマイさん、ポーズそのままで、視線、こっちにお願いします」
ビッグサイトでのコスプレイベント。
今のわたしは、アニメ『姫騎士隊顛末記』の主人公エルネスティア・ヒューベリオン。
プラチナブロンドの短髪に翡翠色の瞳。
ダブルボタンの紺の騎士正装の上下に黒の編み上げブーツ。
腰には聖剣ヘクマティアル。
長い黒髪は纏めてウィッグの中に収め、瞳には翡翠色のカラコン。
メイクもバッチリ決めている。
誰もわたしが鈴白舞花だとはわからない。
今のわたしはコスプレイヤー『マイマイ』なのだ。
「もう1枚いいですか?」
「ええ、構いませんよ」
デジタル一眼レフを構えたOL風の女性のリクエストに答えるわたし。
なんか、凄い列が出来てるなあ。
おおっと、虹花が最後列の人に何かお願いしてる。
どうやら、打ち止めを依頼したらしい。
午後2時、撮影待ちの列が終わり、ようやく休憩することができた。
昼飯を挟んで、4時間ぶっ通しだった。
「はあああ。疲れたああ」
「おつかれさま、お姉ちゃん」
ベンチにどっかと腰を降ろしたわたしに虹花がタオルとスポドリのペットボトルを渡してくれた。
「ありがとう、虹花」
男装の麗人エルネスティアの笑みを虹花に向ける。
虹花があわあわした後、ソッポを向いた。
「今日はもうおしまい?」
「そうだね。明日、学校あるしね。ああ、また死のロードが始まる」
今日でゴールデンウィークが終わる。
また、明日から学校だ。
「大袈裟だよ」
「大袈裟じゃない! 夏休みまで2ヶ月以上もあるのよ! これを死のロードと呼ばずしてなんだと言うのだ!」
「普通に過ごすだけでしょ?」
「2ヶ月以上もお猫様を何匹も背負わなくてはならないのよ! 周りの人と関わるだけでHPもMPもゴリゴリ削れていくの!」
いっそ、フルリモートで授業受けさせてくれないかなあ。
「いっそ、本性晒したら?」
「できるかい! そんなことしたら、注目を浴びてしまうじゃないの!」
目立った時点でわたしの時間が他者に食い潰されてしまう。
毎回、中間・期末テストの結果が張り出される度に、その最上位にでかでかと晒されるわたしの名前。
その期間だけはカテゴリー5の対人ステルスを発動しなくてはならず、加速度的にMPが減っていくのだ。
注目されるのもイヤだし、この機に何かを頼もうとする教師連中から逃れないと、何をお願いされるかわかったもんじゃない。
中学時代には、落ちこぼれの救済を頼まれたこともある。
そんなことは教師の仕事だろ!?
生徒に頼むんじゃない!
それこそ、わたしの時間がわたし以外のために消費されていくではないか!?
「まあ、いいわ。早く着替えてきて」
わたしの気持ちが分かってか分からないでか、虹花が一方的に話を切り上げてきた。
わたしはまだ言い足りなかったが、グッと抑えて更衣室に宛がわれたホールに向かう。
紺の騎士正装と編み上げブーツを脱ぎ、グレーのトレーナーとGパン、スニーカーに着替える。どこで知り合いに出くわすか分からないから、ウィッグとカラコンは外せない。メイクも落とせない。
キャリーケースに衣装を収めると虹花のところに向かった。
「これからどうするの?」
「う~ん。そうだねえ。都内でもぶらつこうかな。虹花はどうする?」
「あたしはパス。先に家に戻るね」
キャリーケースを引きながら、虹花が臨海線の駅に去って行った。
さあて、じゃあ、行きましょうかね。
■
「あ~、何でこういう場面に出くわすかなあ」
わたしは引きが強いらしい。
いい意味でも、悪い意味でも。
「ねえ、キミ、一人? 俺達とお茶しない?」
「あ、あの、私…………」
「一人なんでしょ?」
「こ、困ります」
美少女が野郎3人に絡まれている。
通り掛かりの人達も関わり合いになりたくないらしく、遠巻きに避けていく。
まあ、如何にも半グレっぽい連中だしねえ。
ふわっとした栗色の髪に透き通るような白い肌の美少女。
歳はわたしくらいかな。
う~ん、厄介毎に巻き込まれそうだし、無視して通り過ぎようかな。
――――と、美少女と目が合ってしまった。
「30分遅れですよ。待ち草臥れちゃいました」
美少女が駆け寄って来てわたしのトレーナーの裾を掴んだ。
「おいおい、こっちも超絶美少女じゃん」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる野郎3人に取り囲まれてしまった。
「なあなあ、俺達に付き合えよ。悪いようにはしないからさあ」
『悪いようにはしない』って言うヤツに限って『悪いようにはしない』はずがないんだよ。
連中が取り囲みながら、わたし達を路地裏に引き込む。
「へへっ、事務所に連れてったら兄貴が喜ぶぜ」
「ああ、未知の快楽を教え込んだら、大化けするかもな」
「ちげえねえ――――ぐげっ!」
手近な野郎にわたしは腰溜めで掌底を放つ。
掌底を胸に喰らった男が動きを止め、プルプルと痙攣する。
そいつの側頭部に回し蹴りを当てて沈めてやった。
「なっ!」
身を沈めて廻し蹴りで背の高い男の足を払う。
倒れた男の鳩尾に肘打ちを決めて昏倒させる。
「て、てめえ!」
最後の一人がナイフを抜きやがった。
ああ、そう。
凶器を使う訳ね。
じゃあ、手加減は不要だね。
襲い掛かって来た男のナイフをススッと避けて、その腕を取ると逆関節を決める。
「あぎゃあああああ!」
そのまま、背負い投げで沈めると、
ゴキュッ!
関節が変な音を立てて曲がっちゃいけない方向に曲がった。
そのまま側頭部に蹴りを入れたら大人しくなった。
よ~し、制圧完了。
中学3年の頃、もう一人のわたしが放課後のわたしを乗っ取っていた時、彼女は中国拳法を習いに行っていた。記憶が統合された時に知ったことだ。
体幹を鍛える一環としてだったそうだが、わたしはスジが良かったらしい。
メキメキと腕を上げ、最後には稽古場で兄弟子連中相手に無双を決め込んでいた。
でもまあ、実戦で役に立ったのは今回が初めてなんだけどね。
とりあえず、ここからは早く立ち去ろう。
美少女の手を引いて、表通りに出る。
立ち回りを演じていた時に色々落としてきたみたいだ。
背負い投げをした時にウィッグが取れちゃったし、カラコンもぶっ飛んでどっかにいっちゃったみたい。
つまり、メイクを落としていないとは謂え、素のわたしなんだが…………
「あの………鈴白さん?」
美少女がわたしを見て、そんなことを呟いた。
ん?
まさか、知り合い?
いやいやいや、こんな美少女の知り合いなんかいないはずだ。
だが、問題はそこじゃない。
この美少女がわたしを知っていたことが問題なのだ。
「3組の鈴白さんですよね?」
美少女が穴の開くほどわたしを見つめている。
「人違いだよ。鈴白? 何? それ美味しいの?」
わたしは両腕で美少女の視線を遮りながら誤魔化そうとした。
「見間違いじゃありません。あなたは鈴白舞花さんですよね?」
「違うよ。ほら、世の中には同じ顔の人間が3人は居るって言うし。ともかく、無事でよかった。じゃあ、わたしはこれで!」
そそくさとその場を立ち去ろうとするわたし。
「待って下さい!」
『待て』と言われて待つヤツはいない。
わたしは美少女を置き去りにして雑踏に紛れるように走り去ったのだった。
おそらくあの子は同じ高校なのだろう。
やばい!
身バレした!
外面、虫も殺さない優等生のわたしの本性が。
どうする、わたし!
非常事態だ。
わたし一人では手に余る案件だ。
家に帰り着いたわたしは、早速、虹花にことの顛末を話したのだった。
ああ、明日、登校するのが怖い。
もう、いっそのこと、休んじゃおうかな?
■
翌朝、登校するのが憂鬱だった。
「舞花さん、おはようございます」
「鈴白さん、おはよう」
教室に入るとクラスメイトが話し掛けてきた。
「ごきげんよう」
フワッとした微笑みを浮かべて挨拶を返す。
「舞花さんと挨拶しちゃった。今日は幸先いいわあ」
「鈴白さん。あいかわらず綺麗だなあ」
「あれで彼氏がいないんだよなあ。信じられん」
方々から囁き声が聴こえる。
とりあえず、妙な噂は広まっていないようね。
あの時、美少女は『3組の』と言っていた。
おそらく同学年の他のクラスなんだろう。
合同授業になる4組でさえなければ、わたしと接触する機会もあるまい。
だがまあ、気を付けるに越したことはない。
とりあえず、カテゴリー3で対人ステルス発動!
「あれ、舞花さんは?」
「見当たらないなあ。どこいったんだろうな?」
ふっ。
わたしはここに居るよ。
自分の席で一時限の準備をしているわたしに誰も気づかない。
今日の対人ステルスも完璧だ。
授業が始まるまでこのまま身を潜めよう。
■
それから一週間が過ぎた。
その間、なにも起きなかった。
そろそろ警戒態勢を解こうかしら。
午前の授業が終わり、お昼休み。
さて、虹花とお弁当でも頂くとしようかね。
わたしは付属中との間にある中庭に向かうべく離席しようとした。
誰にも気づかれないようにカテゴリー3の対人ステルスを再起動して。
「あの。鈴白舞花さんはいらっしゃいますか?」
廊下に面した教室の前扉からわたしの所在を確かめる声。
そ~っと伺うと先週助けた美少女だった。
マズい!
対人ステルスをカテゴリー5に引き上げよう。
わたしは完全に気配を絶ってそっと席を離れる。
「え? 舞花さん?」
「あれ、さっきまでいたんだけど………」
クラスメイト達にはわたしの所在は掴めない。
そのまま、教室の後扉から廊下に出ようとするわたし。
「鈴白さん!」
えっ?
美少女が真っ直ぐに私の下に駆け寄ってきた。
ちょっと待って!
カテゴリー5の対人ステルスよ!
完全に気配絶ってたんだよ!
何で見つけられるんだよ!
「あ、舞花さん!」
「鈴白さん、今――――」
クラスメイトからも認識されてしまったよ。
この女!
ステルスジャマーでも使ったのか?
解けてるじゃん!
美少女がニコニコしながらわたしを見る。
「鈴白さんですよね?」
「ええ、わたしに何か御用ですか?」
「先日は助けて頂き――――」
「お初にお目に掛かりますね。鈴白舞花はわたしですが、あなたは?」
ニッコリ笑って美少女の言葉を遮る。
余計なことは言わせないよ。
ついでに以前会った相手はわたしではないと暗黙の念を押す。
「えっと、高柳一葉です。あの、これ――――」
持っている手提袋からプラチナブロンドのウィッグを取り出そうとした高柳一葉。
おいおい、ちょっと待て!
それ、コスプレ用のウィッグだよ。
こんなとこで取り出すなよ。
クラスメイトにバレるだろうが!
「高柳一葉さん。少しお時間を頂けるかしら」
わたしは彼女の手を掴んで教室を出た。
向かうは………旧校舎の空き教室にしよう。
そこなら、誰にも見咎められることもないし。
わたしは虹花に緊急事態発生をRINEで通知すると、高柳一葉の手を引いて旧校舎に向かうのだった。




