04 わたしの時間はわたしだけのもの
幼い頃のわたしは、何でもそつなく熟す手の掛からない子供だったらしい。
『だったらしい』というのは、その頃のわたしには自我らしい自我が無かったからだ。
言われるままに勉強し、言われるままに習い事をする。
共働きの両親に負担を掛けないように妹の面倒も見る親孝行な娘。
俗に言うところの『いい子』。
両親からも教師からも誉めそやされ、教室でも誰とも対立せずに穏やかに微笑みを絶やさない。
そんなわたしの周りにはいつも人が絶えなかった。
わたしは彼等に求められるまま、彼等の理想の姿を体現すべく、天使のような振舞を心掛けることに心を尽くした。
わたしが母から受け継いだ天使のような外見もそれを助けてくれた。
それは中学校に進学してからも変わらなかった。
それでいいと思っていた。
だけど、わたしの内面はそれほど強靭にはできていなかったようだ。
中学3年になった頃、10年以上に渡る精神への無理が祟って心に変調をきたした。
わたしの中にもう一人のわたしが芽生えたのだ。
そいつは夜な夜なわたしに囁く。
『鈴白舞花、あんた、このままでいいの?』
このまま、周りの期待に応え続けることはいけないとでも?
居心地いいよ?
『あんた、早晩、心が壊れるわよ』
そんなはずない。
これまでもこうしてきたんだ。
これからも変わらずにいられるはずよ。
『まあいいけど。あんたが壊れたらわたしがあんたを消し去ってその身体を頂くだけよ』
もう一人のわたしによる乗っ取り宣言?
いや、もう既に乗っ取られ掛けているのかもしれない。
放課後の記憶がちょくちょく途切れてるし。
その間、何をしてたか思い出せないし。
限りある人生の貴重な時間を他者のために消費した挙句、身体までもう一人のわたしに乗っ取られ掛けている。
冗談じゃない!
このままでいいわけがあるか!
『わたしはわたしの全てを取り戻さなければならない』
今迄のわたしを誰も知らない地に行って、新たに出直すんだ!
そう思ったわたしは、これまで以上に勉強し、知り合いが誰もいない首都圏の高校に進学を果たしたのだった。
そして、わたしの中に居たもう一人のわたしもわたしの中に統合されたのだった。
■
わたしは新しい学校で新しい人生のスタートを切り、1年が経った。
もちろん、対外的にはこれまでと変わらない。
才色兼備、頭脳明晰、成績優秀、スポーツ万能、武術にも芸術にも秀でた外面優等生な女子高生。
「「「鈴白さん、おはようございます」」」
教室の入口でクラスメイトの女の子達に声を掛けられる。
「ごきげんよう」
ふわりとした微笑みを返すと女の子達が色めき立った。
「天使の微笑みだわ!」
「朝から癒される~!」
「今日、私死ぬかもしれない!」
おいおい、最後の。
物騒な事言うんじゃない。
ここらへんは中学の時と同じ。
でも、内心は違うよ。
もう、わたしは他人のために自分の時間を消費したりなんかしない。
限りある人生、自分自身のために生きると決めたのだ。
万が一ミスをして指導を受けたり、隙を見せて絡まれたりすることで、限りある時間を他人に食い潰されないためなら、優等生を演じることをも厭わない。
もちろん、余計な仕事を押し付けられないように交渉力も習得。
「あれ、鈴白さんは? 今日、帰りにファミレスに誘おうと思ってたのに」
「舞花さん、さっきまで居たよね?」
「どこにいっちゃったのかなあ?」
ふっ。
わたしはここに居るよ。
クラスメイト達の横を通り過ぎて自習室に向かう。
誰もわたしに気付かない。
イザって時の対人ステルスも万全なのだ。
友人とも程々の距離。
干渉されないように。
深入りされないように。
彼氏?
そんなものに費やす時間など無い。
私の容姿や振舞いに惹かれた男が言い寄ってくることもあった。
でも、全てやんわりとお断りよ。
しかし、まあ、何でこう、言い寄って来る男はイケメンだったり、そうでなくとも女子人気の高いヤツばかりなんだよ!?
彼等に想いを寄せる女子達に敵認定されてしまうではないか。
そうなのだ。
わたしは、わたしの時間を食い潰そうとする連中に干渉されるのが大嫌いなのだ。
わたしの時間はわたしだけのものだ。
何人たりとてわたしの聖域を侵すことは許されないのだよ、明智君。
■
「ヒャハアアアア! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねえええええ!」
敵部隊にカラシニコヴァで銃弾をばら撒き、時に敵司令官にバレットMRADでヘッドショットを決める。
脳漿をぶちまけて倒れる敵司令官の様を見るのは最っ高に気分がいい!!
帰宅したわたしの日課は今年リリースされたばかりの最新式FPS。
学校でのストレスはここで解消するのだ。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
ノックもなく部屋のドアを開けて入って来たのは、妹の虹花。
付属中学の3年生。
わたしによく似ているが、目元が少々キツめ。
髪も背中の途中までふわりと広がったわたしのとは違って、腰まで伸びたのをポニーテールに纏めている。
こいつは、1年前、転入早々、生徒会会長に立候補。
幼稚舎からの持上り組、いわゆる『純金』の候補を圧倒的な票差で下して会長の座を手にしたアグレッシブな才媛だ。
「なあに、虹花?」
虹花に清楚な微笑みを向ける。
それを見た虹花がジト目になった。
「お姉ちゃん、あたし相手に猫被らなくてもいいから」
「虹花ちゃんが何を言っているのかよくわからないわぁ」
「お姉ちゃん………頬にポテチの欠片、ついてるよ」
なんですと?
わたしは慌てて右腕で頬をゴシゴシ拭った。
カーペットにポテチの欠片が落ちる。3つほど。
虹花がわたしのベッドに腰掛けて、モニターの前に座りつつコントローラーを手放さないわたしを見下ろす。
「お姉ちゃんさあ、変わったよね?」
「何がよ?」
見下ろしながらしみじみ言うなよ。
「昔は穏やかで優しかったお姉ちゃんが、今では家に帰ると廃ゲーマー。嘆かわしい限りね」
だから、溜息をつくなよ。
「家でもちゃんとしなよ」
「誰も見てないんだからこれでいいんだよ!」
「あたしが見てるよ」
「安普請な精神のわたしはこうしてストレス解消しないともたないのよ。見つけたぞ! そこかああああああっ!」
『パ――ン!』
藪の中に光学迷彩で溶け込むように潜伏していた敵兵を狙撃。
よっしゃあああ。このステージは制圧したぞ。
次はゲリラが潜伏する廃墟ステージだ。
「こんな姿、男どもが見たら百年の恋も瞬時に覚めるわね」
虹花の指摘もごもっとも。
今のわたしは上下セット980円のスウェットを着て、コントローラーを振り回しながら奇声を上げて敵を殺しまくる廃ゲーマーそのもの。
床には飲みかけのドクペのペットボトルと袋をパーティー開きしたのり塩ポテチの大袋が転がり、脱ぎ散らかした制服がベッドの上に散乱している。
まるで男子高校生の部屋だ。
見たことないけど。
「で、何よ?」
「生徒会の子達が今度お姉ちゃんと話がしたいんだって」
「後輩かあ」
――――――――――――――――――――――――――――――
1年前、わたしは知り合いが誰もいない首都圏の高校に進学した。
家から通えないこともないが片道2時間半は掛かる。
学校の敷地内にある寮に入ることも考えたが、プライバシーがなあ…………
そんなことを悩んでいた頃、母方の叔父が長期の海外赴任することになり、誰か信頼できる相手に留守の間の自宅の管理を任せるべく母に相談を持ち掛けてきた。
何てグッドタイミング!
渡りに船、とばかり、
「わたしが引き受けます」
と言ったら、即答で了解された。
これまで培ってきた信用がものを言ったのだよ。
ありがとね、昔のわたし。
念願の一人暮らしだよ。
ひゃっほおおお!
だが、そうは問屋が卸さない。
「お姉ちゃんが家を出るならあたしも!」
横で話を聞いていた虹花が割り込んできた。
どうした、虹花。
何故におまえが?
真剣に母にお願いする妹の姿には鬼気迫るものを感じる。
「お姉ちゃんを一人になんかできないんだから!」
じっとわたしを見つめる虹花を見ながら思った。
こいつ、もしかして――――
変わることを決意したわたしだったが、相変わらず対外的な態度は以前のまま。
それは母の前でもだ。
だから、学校の連中はおろか、父や母すらわたしの心境の変化に気付いていない。
わたしの擬態は完璧だ。
優秀なお猫様が何匹もとり憑ついていらっしゃる。
だから、誰もわたしの本性を見抜くことなどできないはずなのだ。
だが、こいつは違ったらしい。
そういえば、幼いころからこいつ、わたしの後ばかり付いてきてたな。
『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って。
わたしと一番接する機会が多かったんだよね、こいつ。
虹花もわたし程ではないが、優秀な部類だ。
ただ、私のようにふわっとした擬態ではなく、てきぱきと熟すやり手の女なんだよね。
中学でのわたし達の評価は――――
『天使のように穏やかな姉と戦乙女のようにキリッとした妹』
実際、生徒会ではわたしの下で1年生ながらも副会長をやっていた。
象徴の女王陛下の下で働く青年宰相みたいに。
それが今では、りっぱな会長様だ。
その会長様が『転入試験を受けてわたしについてくる』と言っている。
もちろん極秘に事を進めて貰わないとわたしの地元からの逃亡がバレる。
困ったな。
「あたし、このこと、誰にも話さない! 約束するから! あたしを捨てないで!」
おい、虹花。
おまえはわたしの情婦なのか?
『捨てないで!』ってなんなんだよ。
お姉ちゃんのこと好き過ぎだろ、おまえ。
「しかたないですね」
真剣な眼差しに耐えられなくなったわたしは表向き穏やかに、その実内心不承不承、虹花の同居を受け入れたのだった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
虹花がわたしに抱き着いてきた。
――――が、ただ感激して抱き着いてきたんじゃない。
「お姉ちゃん、絶対に逃がさないんだからね」
耳元で囁かれた言葉に恐る恐る虹花の顔を見る。
虹花は母達に見えないようにわたしを見てニヤリと笑った。
こいつ、感づいていやがる。
『嵌められた』と理解した瞬間だった。
――――――――――――――――――――――――――――――
って訳で、虹花もついて来ることになった訳なのだが…………
さっきのやり取り。
お分かり頂けただろうか?
ともかく小姑のように口煩いのですよ、我が妹は。
「後輩達の目的は?」
「訊いてないわ」
「『訊いてない』って…………それじゃあ、予習のしようもないじゃない。せっかく模範解答を用意しておこうかと思ったのに」
「必要ないでしょ? いつも学校で振舞っているようにしていてくれればいいんだから」
「そう? むっ! 自爆テロかよ!」
わたしは自分のアバターを駆使して、乗り捨てられていたピックアップトラックのエンジンを掛け、アクセルペダルの上にブロックを置く。
ギヤは2ndレンジ。
エンジン回転が上がったところで、パーキングブレーキをリリース。
開け放ったドアから飛び降りた瞬間、ピックアップトラックがホイールスピンしながら急発進し、身体にダイナマイトを巻き付けたテロリスト目指して突撃して行く。
カンガルーバーにぶち当たったテロリストごとビルのコンクリート壁に突進するピックアップトラック。
コンクリート壁とカンガルーバーに圧し潰されたテロリストが壁に赤い花を咲かせた次の瞬間、ダイナマイトが爆発しビルが倒壊する。
しまったあああああああああ!!
ビルの中に民間人が居たよ。
ミッション・フェイリュアだよ。
ゲームオーバーだよ。
わたしはコントローラーを置くと、虹花にここ一発の天使の微笑みを向ける。
心の中で『こん畜生! テロリストめ!』と思いながら。
何枚ものお猫様を憑りつかせながら。
「仕方がありませんね。今度家に連れていらっしゃい。虹花ちゃんのお願いだものね」
ん、どした? どした?
虹花が呆けたような表情を浮かべている。
そして、ハッと気づいたように顔を伏せた。
「お姉ちゃん、ズルい。いきなりは反則」
あ~、そういうこと?
こいつ…………
わたしの擬態に見蕩れちゃったかあ。
顔を伏せていても長い髪の間から覗く耳が真っ赤なのだよ。
「そうか、そうか」
笑みをそのままに頭を撫でてやったら、
「お姉ちゃんのバカ!」
急に立ち上がって部屋を出ていってしまった。
このシスコンめ。
隠してるつもりだろうが、お姉ちゃん好き好きオーラが漏れまくりだったぞ。
可愛い虹花。
今のやり取りを思い出すだけでごはん三杯はいけるぜ。
ともあれ、家では本性出しまくりの一方、学校ではお猫様達と一緒。
そんな日々がこれからも続いていくのだと思っていた時もありました。
でも、そうはならなかった。
ある日を境に、わたしの平穏を乱すべく、わたしに深く踏み込んでくるヤツが現れたのだ。




