02 リーゼロッテは揺るがない
わたしの名は、リーゼロッテ・イストリア。15歳。
イストリア王国第一王女。
そしてイストリア王国宇宙軍連合艦隊司令長官。
階級は戦時特例により、宇宙軍上級大将。
巷の噂では金髪碧眼の美少女なのだそうだ。
ちょっと背が低いのが玉に瑕とも言われている。
煩いよ!
これでも数日前の公式記録になる計測では150cmの大台に乗ったのだよ。
まあ、踵を少し浮かせていたのは秘密なんだけどね。
それにしても、今の状況はまるで日本海海戦のようだ。
日本史でも習ったし、海戦シミュレーションゲームでも何度もプレイした。
ついでに宇宙会戦シミュレーションゲームで航宙艦隊決戦の知見もある。
まあ、全部前世の記憶なんだけどね。
敵大艦隊を前にしての全艦隊の大回頭。
回廊を出て来る敵艦を先頭集団から順に全艦隊の全砲門で一斉に叩く。
先頭集団が集中砲火を浴びて機関を停止すれば後方集団の足止めになる。
そうなれば狙い撃ちだ。
だから、危険を伴うがこれは必要なこと。
敵としても目の前で大回頭なんかされたら、狙い撃ちのし放題だ。
だが、敵は狭い回廊を航行するために単縦陣を取らざるを得ない。
回廊出口からも1艦1艦ずつしか出てこれない。
狙い撃ちできるのは一番艦のみ。
二番艦以降は一番艦に視界を遮られて砲撃できない。
だが、一番艦は狙い撃ちだけが選択肢じゃない。
乱れ撃ちしたっていいのだ。
むしろ、我が軍の多くの艦艇に被害を加えられるから好都合ともいえる。
多くの艦が被弾すれば我が軍の足並みも乱れる。
その間に回廊出口から出てきた自軍の艦船を横展開すればよいのだ。
後は数の力でねじ伏せてしまえばいい。
そこで、わたしは賭けに出た。
本来、艦隊移動は輪形陣を取る。
輪形陣による幾重もの防護圏の中心に旗艦を置く。
作戦の要である旗艦は艦隊にとっての頭だ。
失えば艦隊は以後作戦行動に支障をきたす。
だから、安全な輪形陣中央に置くのだ。
そこを逆手に取る。
敵前大回頭の一番頭、最も至近距離に旗艦、それも司令長官の座す総旗艦を置くのだ。
そうすれば、敵は総旗艦を沈めるために標的を絞る。
つまりは囮だ。
それもとりわけ大物の。
これで他の艦艇に被害を出すことなく迎撃配置が取れる。
まあ、サーシャのヤツも自分が座乗する総旗艦を先頭に仕立てていた。
意味もなく先駆けるとは、おまえは騎兵隊長なのか?
それにしても時間経過がスロー過ぎる。
まだまだ敵前大回頭は終わらない。
事前の訓練では5分を要した。
それが限界だった。
ああ、マズいな。
これ、運が悪ければ死ぬわ。
ビームで艦橋焼かれてハイおしまい、な~んてね。
もう、1分が30分にも思えてくるよ。
艦隊が回廊に出口を中心とした扇のように展開するまで、体感あとどれくらい待てばいいんだろう?
東郷閣下もこんな緊張感に耐えていたのかね?
本で読むのと体験するのでは大違い。
実際に体験すると緊張感と恐怖で倒れそうだよ。
すごいなあ、東郷閣下は。
でも、わたしも絶対に揺るがないんだからね。
「敵ビーム来ます!」
インペリアル・ペリーツカヤから放たれた大口径ビームが艦橋を掠める。
「第2射来ます!」
ズ―――――ン!
艦が衝撃に見舞われる。
「航宙機フライトデッキ被弾!」
「死傷者は!?」
「おりません!」
艦長が被弾状況を確認する。
問題無い。
戦闘機の射出ができなくなっただけだ。
「姫様」
「有効射程外だから大丈夫。当たっても沈むことはないわ」
ロスバルト宇宙軍のSS級戦艦の主砲の有効射程は10000km。
「まもなく敵有効射程圏内に入ります」
「第3射来ます!」
「続けて第4射!」
サーシャめ。
わたしがこの艦に座上していることを知っているな?
そんなにわたしが怖いか、サーシャ?
「間もなく全艦、展開を完了します」
やっとか――――!
「艦隊展開完了! 全艦、敵艦を射程圏内に収めました!」
午前6時5分。
ふ――――っ!
T字戦法ならぬ傘戦法、ようやく完成よ。
魔の5分だったわね。
普通のカップ麵だったら、伸びてたわよ。
でも、カップうどんなら丁度いい頃合いかな。
でも、これでわたしの勝ちよ!
ザマミロ、サーシャ。
「姫様」
わたしはブラウニング中将を見ると、黙って首肯した。
「通達。全艦砲撃開始。目標、敵旗艦インペリアル・ペリーツカヤ」
「全艦砲撃開始! 目標、敵旗艦インペリアル・ペリーツカヤ!」
『全艦砲撃開始! 目標、敵旗艦インペリアル・ペリーツカヤ!』
第一艦隊司令、第二艦隊司令が復唱する。
と同時に砲撃が開始された。
2000隻の巡航戦艦、重巡航艦の主砲・副砲から発射された2万本以上の光の束が敵旗艦を穿つ。
16000隻の軽巡航艦、駆逐艦、フリゲートから発射された5万本の弾道ミサイルが遅れて敵旗艦目掛けて飛翔する。
敵旗艦インペリアル・ペリーツカヤは無数の穴を穿たれ、速力を低下させ迷走を始めた。
主砲も沈黙したようだ。
艦橋は…………無事ではなさそうね。
でも、爆散した訳じゃない。
さすがは宇宙に名だたるSS級戦艦。
不沈戦艦は伊達じゃないね。
「目標変更。目標、敵戦艦ロスネフチ」
ブラウニング中将が目標変更を通達する。
「目標変更! 目標、敵戦艦ロスネフチ!」
『目標変更! 目標、敵戦艦ロスネフチ!』
第一艦隊司令、第二艦隊司令が復唱する。
と同時に砲撃がロスネフチに向けられた。
2000隻の巡航戦艦、重巡航艦の主砲・副砲から発射された2万本以上の光の束が敵S級戦艦を穿つ。
軽巡航艦、駆逐艦、フリゲートが弾道ミサイルを発射するまでもなく、ロスネフチは爆散した。
「三番艦以降も出てきます!」
「よし。以降は回廊から出てきた敵艦を順次砲撃。回廊内出口付近で滞留する敵艦は航宙攻撃機で先に一気に叩く。敵も航宙戦闘機を出して来る。こちらも直援の戦闘機部隊を付けろ」
ブラウニング中将の命令一下、3000隻の航宙母艦と2000隻の強襲揚陸艦から航宙攻撃機と航宙戦闘機が飛び立っていく。
作戦機総数14万機。
目指すは回廊内。
狭い回廊内では小回りの利く航宙攻撃機による攻撃が効果覿面だ。
航宙攻撃機の攻撃を逃れるべく回廊出口から出てきた敵艦は待ち構えていた我が軍の主砲の餌食。
回廊内では航宙攻撃機により機関を破壊された艦艇が擱座状態。
では、最後の締めと参りましょう。
わたしはブラウニング中将に目配せをする。
「施設艦隊に通達。サテライトキャノンを前方展開せよ」
『サテライトキャノンを回廊出口中心座標に前方展開』
施設艦隊の大型輸送艦16隻に引かれて現れたのはサテライトキャノン。
恒星の光を集光収束させた光と熱エネルギーを目標目掛けて放つ超高温大口径ビーム兵器である。
普段は王都星の衛星軌道上に配され、王都星を侵略軍から守る防衛兵器だ。
今回、これをここまで持ってきた。
と、いうか待機させていた。
3本の回廊それぞれに。
だから、今、王都星の衛星軌道上には1基しか残っていない。
今、王都星を攻められたら簡単に陥落するだろう。
まあ、これは賭けだ。
ここで負ければ終わる。
そう言って、父王を説得して借り出してきた。
そのサテライトキャノンが回廊出口中心座標に配置された。
じゃあ、終わらせると致しましょう。
「サテライトキャノン、集光パネルからの充填率30%!」
バラン恒星群ではその名の通り、恒星が密集している。
そのため数多の恒星の光が集められるので集光効率がすこぶる良い。
「集光パネルからの充填率50%!」
そろそろかな?
「集光パネルからの充填率70%!」
「航宙攻撃機と航宙戦闘機を撤収させなさい」
「攻撃隊! 急ぎ退去せよ! 繰り返す! 攻撃隊! 急ぎ退去せよ!」
「集光パネルからの充填率90%!」
「間もなく攻撃隊の撤収が完了します!」
「集光パネルからの充填率! 臨界です!」
提督席正面に照準器と銃を模した発射装置が天井から降りてくる。
これはわたしの仕事だ。
「総員、対閃光防御」
わたしの命令一下、艦橋スタッフ全員が対閃光ゴーグルをする。
他の艦も同様だろう。
わたしは回廊出口のど真ん中に発射装置で狙いを定め――――
その引き金を引いた。
次の瞬間、大口径のビームが回廊の中に吸い込まれる。
間を置いて無数の光点が見えた。
「敵艦…………全艦消滅しました」
観測手の報告に胸を撫で下ろす。
宇宙歴1905年5月27日午前7時23分。
後に歴史に名を残す『マグダネル会戦』は、我がイストリアの一方的な勝利で終わった。
これでロスバルト帝国は航宙戦力を失った。
強大な宇宙艦隊に過度に依存するロスバルト帝国にはもう艦隊を仕立てての継戦能力は残っていないだろう。
ダグ・エル・ガルーア公国に駐留する陸上部隊も艦隊も殲滅したしね。
開戦前からロスバルトに潜入させていた工作員の手引きと資金援助。
それにより、ロスバルトで革命が起き、政治体制が変わる。
ああ、そうそう。
大破した旗艦インペリアル・ペリーツカヤから手負いのサーシャを拘束した。
相当の重傷だったみたいだが、首から上の負傷は免れたようだ。
美貌に傷はつかなかったんだね。
よかったね、サーシャ。




