17 おかえり/ただいま
「何しに来たの?」
わたしはコンスタンスに敢えて冷ややかな目を向ける。
「ボクも連れて行ってくれ」
「お断りよ」
コンスタンスをそのまま捨て置いてタラップに足を掛ける。
「何故?」
何故?
『何故?』って言ったのか?
「どうして村の人達を巻き込もうとしたの?」
わたし一人に打ち明けてくれればよかった。
「彼等はキミのガーディアンだ。キミのために命を掛けるのは当然だろう?」
そこのところがわたしの認識と決定的に違う。
「あの人達はわたしにとっては家族や親戚と同じなのよ。そんな人達をわたしが戦禍に巻き込むと本当に思っていたの? だとすれば、あなたは本当の愚か者よ」
「キミはそんなことを気にするような人じゃないだろう、我儘姫?」
わたしは初めてコンスタンスを見た。
たぶん、その表情は怒りに満ちていたのかもしれない。
その証拠にコンスタンスが怯んでいる。
確かにそうなのだろう。
幼いアリシアはとんでもない我儘な皇女だった。
記憶を封じられた後のアリシアにもその片鱗はあった。
但し、誰とも慣れ合わない孤高の存在として。
そんなアリシアが事故に遭い、わたしと入れ替わった。
それ以降のわたしは村の人達と交流を深め、村の一員であろうとした。
鈴白舞花のように本音を隠して人を遠ざけるでなく、リーゼロッテのように王国民の理想であり続けるでなく。
唯の村娘、アリシア・イアハートとして。
自分を偽らずに居られる村の暮らしに満足していた。
それなのにこの女はわたしの理想の生活を見事打ち砕いて見せた。
それが当然であるかのように。
だから、これは怒りだ。
だが、この怒りをわたしはコンスタンスには向けない。
諸悪の根源である叔父にぶつけるのだ。
叔父が帝位の簒奪さえしなければ、ミュルシュタット帝国皇帝の第一皇女アリシア・ミュルシュタットは錬金術師にならなかった。
アリシアが錬金術師にならなければ、わたしはもっと別の人間と入れ替わるか、別の人間に生まれ変わるかしていただろう。
そうして、錬金術師としての生を全う出来ていたはずなのだ。
「あなたの知るアリシア・ミュルシュタットはここには居ないわよ」
そう。
あんたのアリシアはもう居ない。
「わたしはあの娘とは異なる存在なの」
目を見開くコンスタンスの様子が滑稽に見えるわ。
「だから、あなたもアリシアを追うのはやめなさい」
そこでふっと気付く。
まだ、やることが残っていたわ。
コンスタンスを解放してあげなくてはね。
わたしはコンスタンスを真正面から見据えた。
「ミュルシュタット帝国の正当な後継者たるアリシア・ミュルシュタットは…………」
急に厳かな態度を見せるわたしに何事かと身構えるコンスタンス。
「今ここに、クロスハウゼン大公コンスタンスとの婚約の破棄を宣言する」
今度こそ、コンスタンスが驚愕した表情を見せた。
さあ、これで思い残すことは無くなったわ。
踵を返してタラップを上がる。
「お待ちなさい!!」
突然の命令口調に歩みを止めるわたし。
「ああ、もう! 勝手な事ばかり。あんた、全然変わってないわね!?」
コンスタンスの口調が変わったのがはっきりわかる。
「その口調…………」
「忘れちゃった、ロッテ?」
慌てて振り返ったわたし。
悪戯がバレたみたいな表情を向けられる。
間違いない。
これは、この愛称呼びは――――
「…………サーシャなの?」
応えるようにわたしに向けられた穏やかな笑顔。
間違いない!
サーシャだ!
姿こそ違う。
だが、忘れるはずがない。
前世の親友、サーシャ・ミハイロフがそこに居た。
「サーシャ!」
「漸く気付いてくれたのね、親友!?」
嘗ての親友に飛びついたわたし。
そんなわたしを優しく抱き留めてくれた彼女。
「『おかえり』でよかったかな?」
「概ねそれでいいんじゃないかな?」
「じゃあ、おかえり、サーシャ」
「ただいま、ロッテ」
互いに抱き合い、再会を喜び合うわたし達だった。




