16 わたし一人で決着をつける!
「ギュアアアアアアアアア!」
断末魔の悲鳴を上げて氷雪竜が絶命する。
氷雪竜の大きな魔石はわたしの手の上。
いつものように[エクストラクション]で氷雪竜から魔石を奪い取って瞬殺した。
「ごめんね。あんたの魔石と鱗、それとこの場所が必要になったのよ」
息絶えた氷雪竜に語り掛けるわたし。
今、わたしはテンシャン山脈の3合目付近、標高2700mの氷壁に開いた洞穴の中に立っている。
洞穴の中は広く、奥行きは1600m、天上の高さは200mはある。
寒冷地にある割に構内温度は15℃くらい。
床も壁も天井も頑丈なミスリル鉱石群で覆われている。
淡い水色に光るミスリル鉱石のおかげで照明設備要らずだ。
「臨時の工房兼実験場としては申し分ない環境ね」
マジックバッグからテーブルと椅子、書棚に書籍、工作器具を取り出して洞穴内に設置していく。調理台や調理器具も取り出して設置していく。仮眠スペースも用意する。
最後に機能別にパーテーションで区画を分けて、臨時の工房の出来上がりだ。
「さて。設計を始めるとしますか」
わたしはテーブルに向かうと広げた紙に図面を引き、計算式を記述していったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
あの日、家に帰るとわたしの部屋から全てが消えていた。
「ミラ姉! わたしの部屋が!」
「姫様。冒険者ギルドが臨時の皇宮となりました」
血相を変えて詰め寄るわたしに対して、ミラ姉は慌てるでもなく臣下の礼をとる。
「それとわたしの部屋が空っぽな事と何の関係があるの!?」
「姫様には、以後、皇宮に移って頂きます」
「わたしにここから出て行けって言うの!?」
ミラ姉は黙して語らない。
もう家族として接してくれるつもりはないようだ。
「わかった。出て行けばいいんだよね?」
努めて冷静に尋ねてみた。
「もう、姫様の身の回りのものは運んであります」
「どこに運んだの?」
「貴賓室へ」
貴賓室?
何か引っ掛かる。
「姫様には以後、大公殿下と寝食を共にして頂きます」
あのスパダリと一緒に暮らせと?
貞操の危機じゃないか!?
「お断る!」
「姫様!」
「ほとぼりが冷めるまで王都に行く。探さないで」
それだけ言い残して家を出た。
「姫様! お待ち下さい!」
ミラ姉が追い縋って来る。
そこで、
『アリシア!』
って言ってくれたなら立ち止まったのに。
『姫様!』
だなんて他人行儀過ぎる。
わたしはマジックバッグから《飛行プレート》を取り出すとそれに飛び乗り、ハンドル右側のスロットルグリップを思い切り捻って全力加速。
ミラ姉をあっという間に引き離してそのまま村を出たのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
結局、わたしは王都には行かなかった。
村を迂回するように大回りし、テンシャン山脈までナイトフライトしたのだった。
そして、今、わたしは氷雪竜の住処だった洞穴に拠点を構築し終えたところだ。
今日から、ここがわたしの住処だ。
これで誰にも邪魔されず研究に打ち込めるようになったのだよ。
■
ゴ―――――ッ!!
ヒュウウウウウウウウンンンン!
シャシ台での駆動試験は上手くいったようね。
推力もエネルギー消費量も設計範囲内に収まっているわ。
後はノズルの連携制御を滑らかにする必要がある。
術式をブラッシュアップしてみるか。
精錬したミスリル鉱石を再処理して同位体化した濃縮ミスリルの燃料棒。
そこに溜め込まれたエネルギーを高密度の光粒子に変換する技術。
これは、前世、イストリア王国で体系化された技術だ。
何に使うか、って?
それは――――
ヒュイイイイイイイイイイインンン!
パシュッ!
ド――――――ン!
今、砲身から打ち出された高出力ビームが洞穴の奥の壁をぶち抜き、山肌に大きな横穴を開けた。
外は猛吹雪だから、遠目にもビームが確認されることはない。
試射試験も上手くいった。
でも、向こうまでツーツーになったから穴から吹き込む風が冷たい。
自律制御の工作機械数台がキャタピラの音を立てながら穴を塞ぎに行った。
残るは弾道ミサイルと巡航ミサイルと対地攻撃用ドローンと自爆ドローン。
絨毯爆撃用のナパーム弾も大量に用意しないとね。
ここらあたりの技術は技術総監でもあったリーゼロッテの得意分野だ。
あの頃のわたしは富国強兵に命賭けてたからなあ。
■
ここに引き籠もるようになって3ヶ月が経過していた。
村を出奔して暫くの間、ヨマイ村に偵察用ドローンを飛ばして様子を見ていたが、村の様子に変化は無いようだった。
このまま、帝国のことは忘れて穏やかに暮らして欲しいものだ。
問題はアラサー二人組とコンスタンス。
わたしが王都に行くと言って村を出て行った翌日。
シンシアさんもまた王都に向かって出立していった。
おそらくは王宮への報告とわたしの指名手配が目的だろう。
ミラ姉には、2ヶ月目に家に仕込んでおいた監視カメラ兼盗聴器を発見された。
「同じ錬金術師相手に舐めた真似してくれるじゃないの? いいわ。その挑戦受けてあげる。この世の果てまで追い掛けて、あんたの性根を叩き直してあげるわ。覚悟しておきなさい、アリシア」
バキャッ!!
ブツッ!
何かが壊される音と共に映像・音声ともに遮断。
おそらくミラ姉が監視カメラ兼盗聴器をぶっ潰したんだろう。
ぶっ潰される前にカメラを見据えるミラ姉が怖かった。
向こうからこっちは見えていないとはわかっちゃいるが、迫力が半端無かった。
チビりそうになったではないか!?
でも、『アリシア』って呼んでくれてた。
怖いけど嬉しくもあるな。
ただ、その日以降、わたしの放った偵察用ドローンがちょくちょく撃墜されるようになった。
間違いない。
ミラ姉の放つカウンターアタック用ドローンの仕業だ。
こんなことなら、ミラ姉にドローン技術を伝授しなければよかった。
それもこれも、木から落ちる前のアリシアが悪い。
おまえのせいで、今、わたしがピンチなんだぞ。
偵察用ドローンの損耗が激しくなってきたことから、わたしは村の様子を伺うことを断念する羽目になった。
。
だってさ。
このままでは発進元を手繰られて、わたしの潜伏先がミラ姉にバレてしまいそうなんだよ。
わたしが目的を果たすまではバレる訳にはいかないんだよ。
それにコンスタンスの動向も無視できない。
彼女は魔物や魔獣渦巻くテンシャン山脈の麓に足を踏み入れていた。
シンシアさんのように情報に頼るでもなく、ミラ姉のように機材に頼るでもなく、コンスタンスの捜索の手は確実にわたしの潜伏先に伸びつつあったのだ。
何の手掛かりも無いはずなのに。
確実にニセ情報でミスリードを誘っているはずなのに。
どうしてあんたは、わたしのところに真っ直ぐに進んで来れるのよ!?
ありえないでしょ!?
■
足掛け4ヶ月。
遂に準備は完了した。
わたしは自身の最高傑作を見上げて満足顔だ。
洞穴内で完成させたのは――――
コルベット :かすが
基準トン数 :570トン
全長 :65m。全幅:11m
船体 :超軽量ミスリル合金鋼製
主機 :濃縮ミスリル燃料棒6本を使用する縮退炉
推進機 :縮退炉生成電気推進ターボファン4基
浮力 :魔石エネルギー変換全周底面反重力偏向ノズル16本
格納武装 :主砲 ビームキャノン 1門×前後各1基 計2門
副砲 レールガン 1基
近接防衛用 30mm多銃身ガトリング砲 前後各2基 計4基
VLS 16セル
(弾道ミサイル用4セル/巡航ミサイル用12セル)
底部 爆弾投下口 2
搭載物 偵察用ドローン 100機
攻撃用ドローン 100機
自爆ドローン 800機
投下爆弾 50トン
速力 :マッハ1.5
(高度12,000mでのスーパークルーズ時 マッハ4.5)
限界高度 :12,000m
積載荷重 :350トン
前端部が薄く絞り込まれた艦体は大きなカイトのように見える。
中心部に薄っすら盛り上がって見えるのが艦橋だ。
高空を音速以上で滑空するために武装は全て大小のパネル内に格納される。
小型艦だがイストリア王国の技術の粋を集めた傑作だ。
まあ、自律型機械のサポートがあるとは謂え、わたし一人で操作するのはこのサイズが精一杯。
これで準備は整った。
いつでも出撃できる。
そう。
わたしは、これまでわたしを守ってくれていた村の人達を巻き込まないと決めた。
『どうか、帝国の人々を助けて欲しい』
わかってるよ、そんなこたぁ。
皇女の身体に魂を入れ込まれたんだ。
義務は果たすよ。
これでいいんだろ、神様?
あんたが何の思惑も無しにわたしを転生させるだなんて思ってなかったよ。
でもさ。
期待したんだよ。
辺境の寒村で錬金術師として穏やかに暮らす日々。
そんな毎日がいつまでも続くんだと思ってたんだよ。
それなのに、何なんだろうね?
見ず知らずの民を救え?
『多少の人情は芽生えたみたいだが、まだまだだね』
そうだね。
見ず知らずの民の苦しみに何の感情も抱かないわたしは確かに『まだまだ』なんだろうさ。
だからあんたは、わたしにこんな試練を課したんだろう?
だけどね。
顔見知りや親しい間柄にすら慈愛の感情を抱かないような人でなしではないつもりだよ。
だから、わたしはそんな彼等を巻き込まない!
わたし一人で決着をつける!
その結果、わたしがまた死んだら、あんたは少しはわたしのことを見直してくれるのかな?
もう『まだまだ』だなんて言わないでくれるのかな?
次こそは…………わたしの望む人生を送らせてくれるのかな?
いかんいかん。
感傷的になっちまったよ。
わたしはこれからテンシャン山脈を越えて、叔父と彼率いる征討軍を一人残らず殲滅するつもりだ。もちろん、その後で私自身が帝国を引き継ぐつもりはない。
後は帝国の心ある人達が国を立て直してくれるだろうさ。
わたしは乗艦する前にハンディ端末のスイッチを入れる。
ド――――ン!!
物凄い爆発音と同時に洞穴内が震動する。
今、トンネルに仕込んだ爆薬を作動させたから。
これで村の人達がトンネルを越えて帝国に向かうことはできなくなった。
同時に帝国からの侵攻もできなくなった。
これでいい。
戦いに赴くのはわたし一人でいいのだ。
わたしはこの日のために特別な衣装を用意していた。
真紅の詰襟のダブルボタンの将校服。両肩には金色のエボーレット。右肩から垂れる金糸で編まれた3本の飾緒が右胸でクリッピングされ、右脇の下まで伸びている。襟には銀色の長方形の台の上に金色の星4つ。袖には金色のラインが4本。左胸ポケットには王国宇宙軍徽章と連合艦隊司令長官徽章。下はクリーム色の腿丈のプリーツスカートに紺のニーソックスに漆黒の膝丈の編み上げブーツ。頭には斜めに被る真紅のベレー帽。ベレー帽にはリングを纏った水の惑星のワンポイントが入っている。
そう。
これはイストリア王国宇宙軍連合艦隊司令長官、上級大将だったリーゼロッテ・イストリアがマグダネル星域会戦で身に纏っていた正装。
わたしの決意の証だ。
まあ、連合艦隊と言っても艦隊ですらないコルベット一隻なんだけどね。
それでも、中世レベルのこの世界では圧倒的な制圧力を誇る戦力になる。
さあ、戦場に赴こう。
おおっと、忘れてた。
わたしは飾り箱から王国最高の勲章《王国鳳珠褒章》を取り出し、リボンから外して固定ピンで右胸に装着する。
アダマンタイトのベースに金銀が散りばめられ、中央には多面カットされた虹色の魔石。
アリシア自慢の宝物だよ。
これくらいのお洒落は許されてもいいはずだ。
思い残すことが無くなったわたしは《かすが》のタラップに向かう。
その時だった。
「待ってくれ、アリシア!」
振り向くとヤツがいた。
洞穴の入口。
コンスタンスがわたしの下に全力で駆け寄って来るのが見えたのだった。




