表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒くさいから全部チェンジで  作者: 衣之谷こうみ
アリシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/20

15 神様、酷いよ


村人みんながわたしに(かしず)いている。

異様な光景だ。


「ミランダ・イアハート。開封せよ」

「はっ!」


コンスタンスの命令に応えたミラ姉がわたしの前にやって来て、その手をわたしの額に(かざ)す。


「今、(ほどこ)せし封印を解く。ブレイクシールド!」



急速に明らかになってくる記憶。

何だこれ?


わたしは何かに押されるように進み出て口を開く。


「わたくしは、ミュルシュタット帝国皇帝の第一皇女アリシア・ミュルシュタットである」


村人達が更に頭を低くする。


「時は満ちた。クロスハウゼン大公の決死の来訪により反抗の機は到来した。今こそ簒奪者(さんだつしゃ)から我が祖国を取り戻すべく立ち上がろ―――――って、ちょっと待ったあああああっ!」


わたしは自らがとんでもないことを口走ろうとするのを必死に止めた。


今、明らかにアリシア(わたしではない)が勝手に喋っていた。

これは、今のわたしの本意なんかじゃない。

封印されていた過去の記憶がそうさせたのだ。

だから、わたしはわたしを止めてみせた。



村人達が怪訝(けげん)な表情をわたしに向ける。

わたしはぐるりと彼等を見渡す。


「追って指示を出します。それまではこれまでの生活を続けるように。解散」


わたしの指示に村人達が散っていく。



「わたし、素材集めに行ってくる。夕方には戻るから」

「アリシア嬢!」

「「姫様!」」


コンスタンスはともかく、ミラ姉もシンシアさんも『アリシア』って言ってくれない。



『姫様』



なんて他人行儀な響きなんだろう。


わたしは()り切れない気持になってその場を後にした。

もう振り返らなかった。




いつものダム湖までやって来て釣り糸を垂らす。

相変わらず針には餌を付けていない。



わたしは過去の『わたしではないわたし』のことを考える。


ミラ姉の封印は完璧ではなかった。

それでも、アリシアの魂に代わってこの身体の主になったわたしでも気付けなかったことは多い。

コンスタンスとの記憶を精査するに至って、ほんの少しだけ記憶が漏れ出てきた。

その時にもっと考えるべきだった。

わたしの正体について。


だが、あの場でそれができたか?

いや、できなかっただろう。


だから、これは仕方の無いことなんだ。



ともかく!


わたしはテンシャン山脈の向こう側の帝国の皇女だった。

アリシア・ミュルシュタット。

第一皇女。


父の名は、ベルンハルト・ミュルシュタット二世。

母の名は、オルタンス・ミュルシュタット。


わたしの他に兄弟は兄ばかり5人。

初の娘だったわたしは両親と兄達に溺愛されていた。

我儘(わがまま)なわたしは好き放題に振舞い、法律まで変えさせた。

コンスタンスとの女同士の婚約もわたしの我儘故(わがままゆえ)だ。

コンスタンスには本当に申し訳ないことをしたと思う。

彼女が淑女では無くスパダリになってしまったのもわたしのせいかもしれない。



わたしがコンスタンスに出会った数ヶ月後、帝国でクーデターが起きた。

父の弟、すなわちわたしの叔父が父を弑逆(しいぎゃく)して帝位を奪った。

海外遠征で正規軍の多くが出払って帝都の警備が手薄になっていた隙を突かれたのだ。


クーデターの起きた日。

遠征軍に増援を送るべく、兄達は諸侯軍をかき集めて帝都の外に布陣していた。

皇宮で催された、一番上の兄の皇太子を始めとした兄達の全員の出征を祝う(うたげ)

少数の手勢のみで参加した兄達。

そこに叔父率いる5万の傭兵部隊が乱入。

多勢に無勢。

皇帝一族は成す(すべ)も無く討ち取られ、その報を受けた諸侯軍は蜘蛛の子を散らすように壊走(かいそう)し、所領に引き籠もった。


帝位の簒奪(さんだつ)を果たした叔父はその正統性を裏付けるためにわたしを皇后にしようと企んだ。

30にもなるおやじが5歳の少女をだ。


まあ、そのおかげでわたしは害されずに済んだのだが。


皇宮内に軟禁されていたわたしは側近夫婦とその娘に助け出され帝都から落ち延びることとなる。

かねてから用意されていたテンシャン山脈を貫く避難通路。

わたしが昨日見つけたトンネルである。

そのトンネルを通って王国の無人の地に辿り着く。

今のヨマイ村は、わたしを守る最側近の者達が仮初(かりそめ)住処(すみか)と定めた場所だ。


わたしの傍仕(そばづか)えのメイド母娘(おやこ)と皇女付きの従僕騎士(じゅうぼくきし)

それがイアハート一家。

記憶に封印を(ほどこ)されたわたしはイアハート家の娘になった。

それがアリシア・イアハート。

現在のわたしだ。


ゼストさんは帝室の近衛騎士団第4中隊の隊長。

シンシアさんはわたしの筆頭警護官兼秘書官だ。


村の人々は、近衛騎士団第4中隊の隊員と皇宮メイド隊。


つまり、村人全てがわたしのためにこの地を守っていたのだ。



わたしはギルドの前に集まっていた村人達に何を言おうとしていた?



『今こそ簒奪者(さんだつしゃ)から我が祖国を取り戻すべく立ち上がろうぞ。兵を挙げ共に戦うのだ』



今更何を言おうとしたんだ、わたしは?

もう、クーデターは12年も前の話だぞ。


帝国だって叔父の(もと)、体制を盤石なものとしているだろう。

そこに寡兵(かへい)で攻め入ってどうする?

犬死(いぬじに)じゃないか。



せっかく、10年以上の間、平和に暮らしていたんだ。

そんな人達に平和を手放して修羅の道を歩めと命じるつもりか?


アリシアという娘、愚かに過ぎやしないか?


そもそもだ。

今のわたしには、本当の父や母のことも遠く感じられる。

兄達もだ。

わたしには彼等に対する親子の愛情が実感できない。

叔父のフェルディナット・ミュルシュタットへの憎しみも感じられない。


だって仕方無いじゃないか。

わたしは本来のアリシアじゃないんだから。

神様によってこの(うつわ)に入れ込まれた別の人格なのだから。

本当のわたしは、アリシア・ミュルシュタットでもリーゼロッテ・イストリアでもない。

本当のわたしは、紛れもなく鈴白舞花(すずしろまいか)なのだから。




「アリシア嬢」

「姫様」


うだうだと考えているところにコンスタンスとシンシアさんがやって来た。

よく、ここがわかったな?

どうやって見つけたんだ?



「何? わたしは今釣りをしてるんだから邪魔しないで」

「餌も付けずにかい?」


コンスタンスが竿先(さおさき)の糸を持ち上げてわたしを見た。


金髪がキラキラ輝いてやがるよ。

ほんとにこれで女なのか?

わたしに内緒で性転換でもしたんじゃないか?



「餌が無くとも魚は釣れるわよ」


(あらが)ってみる。


「シンシアさんも『姫様』はやめて」


仕方無いわねって感じで手を広げるシンシアさん。


「わかったわ、アリシアちゃん」

「うん、それでいい」


コンスタンスにもジト目を向ける。


「わたしはここでは錬金術師兼冒険者なのよ。あんたも『アリシア嬢』はやめなさい」

「わかったよ、我儘(わがまま)奥様(おくさま)


これでもかってくらい剣呑(けんのん)な視線を向けてやった。


「冗談だよ。アリシア、でいいかい?」

「そうね。それでいいわ」


コンスタンスがシンシアさんと目を合わせて、さっきのシンシアさんと同じジェスチャーをとった。


まあいい。

許してやろう。



「それで? 話があるんでしょう?」


わたしは再び釣り糸に視線を戻す。



そんなわたしにシンシアさんが一方的に話を始めた。



この地に逃れてきた私達。

シンシアさんはまず王国に亡命申請した。

亡命申請はすぐに認められ、王宮はこの地にヨマイ村を建設することを認めてくれた。

村の建設に必要な資材は王宮が提供してくれた。

この地に一番近い都市からこの地までの街道整備も王宮が引き受けてくれた。


わたしに錬金術師の才能があると判ると、わたしを特別待遇で王都の錬金術師養成学院に迎え入れた。

在学中、有り得ないくらいの才能を示したわたしに、王宮は王国最高の勲章《王国(おうこく)鳳珠褒章(ほうじゅほうしょう)》を授与し、錬金術師の最高峰である特級錬金術師の資格を与えた。


わたしへの王室お抱えの王宮錬金術師の打診は、このままわたしを王室の一員に取り込んでしまおうと画策した国王の差し金だったそうだ。

あわよくば、王子の誰かに(めと)らせるつもりだったらしい。

まあ、それも仕方の無いことだ。

帝国の皇女を王室に迎え入れれば、簒奪者(さんだつしゃ)の現皇帝に代わって王国こそが大陸を()べる正当な後継国家であると大陸全土に認めさせることに繋がるのだから。


だが、わたしは王宮錬金術師をお断りしてヨマイ村に引き籠もってしまった。


シンシアさんは王室とのパイプ役として、わたしの動向を逐一王室に報告していたそうだ。


なんだよ。

シンシアさん、優秀だけど、裏切りもんじゃん。

スパイじゃん。


まあ、私が片田舎で錬金術師として、凄腕冒険者として日々を送っている様子を王室は黙って見守ることにしたらしい。

国王陛下、大物だね。

太っ腹だね。


国王陛下に感謝だ。


わたしもこのまま、片田舎の小娘として骨を(うず)めるつもりだよ。



シンシアさんは最後にミラ姉と同い年だと言った。


その日の情報の中でもとびきりの吃驚(びっくり)情報である。


あの女、27じゃなくて30だったんだ。

3つもサバ読んでやがったのか?


後でこれをネタに揶揄(からか)ってやろうかしら?


いや、止めとこう。

報復が怖い。


さっき、わたしはミラ姉に『この行き遅れのアラサーめ!』と心の中で毒づいた。

それについてはミラ姉に正確に悟られている。

その上で年齢サバ読みまで口にしたら…………



『3度目は無いからね』



マジ顔でそう宣告されることだろう。

くわばらくわばら。



そんなことを考えていると、今度はコンスタンスが口を開いた。



コンスタンス曰く。

わたしが王国の逃れた後、帝国は大規模な内戦に突入したらしい。

周辺国も巻き込んでだから内戦というより大戦だ。

叔父は周辺国からも傭兵をかき集めて征討軍を組織した。

叔父の正統性を認めない諸侯や親藩の討伐のためにである。


元々、帝国に二心のある周辺国も叔父に与力(よりき)し、征討軍は100万を数えるまでに膨れ上がった。

その征討軍に対して、帝室親藩や外戚の諸侯軍が抵抗する。

外様の諸侯は自領に引き籠もって様子見状態。


叔父は傭兵をかき集めて彼等に高給を支払うことで傭兵達の翻意(ほんい)を封じた。

では、その高給はどこから出るのか?


当然、国庫からだ。

叔父は必要な軍費を調達する為に帝国民に重税を課した。

それにより国庫が底を突くことはなくなったが、民の反感を買うことになる。

各地で暴動が発生し、叔父はその鎮圧に苛烈に対応した。

その結果、各地で征討軍に抵抗するパルチザン組織が形成される。

商業都市では、大商人達が雇った傭兵や叔父を倒すべく集まった民衆により、ミュルシュタット解放戦線や自由ミュルシュタット同盟軍が組織された。


コンスタンス率いるクロスハウゼン大公軍も自由ミュルシュタット同盟軍の中核を担っていた。



叔父の征討軍と反帝組織との周辺国を巻き込んだ泥沼の大戦。

お互いに決定打に欠ける中、反帝組織内で帝国の正当な後継者を中心に複数の組織を纏め上げるべきであると言う意見が出始めた。


そう、帝国第一皇女のわたしである。



だが、わたしはテンシャン山脈の西側の王国に逃れている。


誰かがテンシャン山脈の向こう側から皇女を迎える必要があった。


そして、そのお役目に適任であると、白羽の矢が立ったのがクロスハウゼン大公コンスタンスである。


ただ、テンシャン山脈の麓は、征討軍側に(くみ)する諸侯の領地。


決死隊を組織したコンスタンスは敵地に潜入する。

だが、その情報は叔父に漏れていた。


決死隊は追い込まれ、討ち取られ、遂にはコンスタンス一人になった。


敵を()いてテンシャン山脈に踏み入ったコンスタンスではあったが、避難通路は(よう)として知れなかった。

避難通路は帝室の最高機密だったからだ。


1ヶ月以上に渡り山中を彷徨(さまよ)うコンスタンス。

糧食(りょうしょく)は尽き、自給自足に頼る中、(ようや)く避難通路を見つける。

何十kmもの長い通路を飲まず食わずで踏破したコンスタンスは力尽きてロワール川の源流で意識を失った。


なるほどね。

わたしが見つけたのはその時だったのか。


頑張ったね、コンスタンス。



最後にコンスタンスはわたしに懇願(こんがん)してきた。


「どうか、帝国の人々を助けて欲しい」


そんなことを頼んでくるなよ。


「少し…………考えさせて」

「わかった」


コンスタンスとシンシアさんが去って行った。



再び一人になる。

風がダム湖の湖面を波立たせる。

わたしの心象風景を表すように。



神様、酷いよ。

片田舎でのんびり平穏に暮らそうと思ってたのに。

この仕打ちはあんまりなんじゃないかな?



わたしは空の彼方を(にら)みつけながらそう独り言ちるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ