断章 アルト・イン・ザ・クガホーム
昼下がりの住宅街って、なんだか特別感があっていいなぁ。
大抵の人間が学校や職場にいる中で、帰るべき家だけがポツンと立ち尽くす感じが特に。
それも仕事じゃなければもーっと気分上々なんだけど。
「――ああ、この写真って久我さんよね! 亡くなったとは聞いてたけど……」
「はい。あまり深くは話せないんですけどぉ、彼を恨むような人に心当たりってありますかねぇ?」
「ないわねぇ……ごめんなさいねアルトさん、あの人が恨まれるとは思えなくて……考えても考えても思いつかないわ」
「……そうですかぁ。ご協力感謝します」
老齢の女性の背中を見送りながらボクは壁によりかかる。
久我周辺の洗い出しは無理か……やっぱり直接家を調べるか。
「よーし、もうひと頑張りだぁ」
ゼダについて、そして時の一族の長について、少しでも手がかりがあればよしだね。
◆
結局聞き込みはやめて、ボクは久我の住んでいた家へとやって来ていた。
「よし、開いた開いた。お邪魔しまぁす」
久我為幸の戸籍謄本自体は簡単に取ることが出来ていた。
だからちょちょいと家を探ることができたわけだけど……
「うーん……なかなかにいい家だなぁ、独身なのに」
困ったな、どこから見てもただの独身男性の部屋だ。ただ、個人の色が見えない。言ってしまえば、家具屋の展示ルームのような、住む人はいないのに人工的に生活感を付け足したような気持ち悪さだ。
「うわぁ、この感じだとなんも無いかも……」
タンス、引き出し、ベッドの下。色々探っていると唐突に寒気を覚えた。
……ヤバいかも。
『そろそろ誰かしら来るとは思っていたが、よもや一族の者に接触してきたとかいうリエンドの手先とは……』
息を整えてゆっくり後ろへ振り向くと、さっきまで無かったはずの水鏡が宙に浮いている。
鏡面に映るのは髪のない老人の下卑た笑顔だ。
あーそういうことねぇ。やっぱり……
「……いやはやご機嫌いかがですかぁ?」
「――時田兼良さん?」
水鏡越しに感じる威圧にしても凄いもんだなぁ。こんなのと交渉しろだなんて、いくら神無さんの頼みでも無理じゃないかな?
『ふん、猪口才な童だな? その能面含めて気色の悪い奴よ。万年芸達者め』
「ヤダなぁ、能面ってぇ、ボクのこの表情筋が見えないんですかぁ? まぁ、ボクの顔の出来が美しすぎると思ったのなら当然ですけどぉ……」
「あ、芸と言えば思い出したんですけどぉそちらの人形劇、大変素晴らしかったですよぉ」
いつも以上に煽ってみたけど、どうでるかなぁ。
『……わざと言っているな? 儂を人形遣い如きと同列に語ろうとは、度胸のある童よ』
『儂が操るのは全てだ。貴様も輝かしい未来が惜しいならばあまり首を突っ込まない方がいいぞ?』
おちょこを傾けながら時田兼良は老獪に笑う。
ゼダとの関係を探ってることすらお見通しってことねぇ……
はぁ……いやぁな老害だ。
「お褒めにあずかり光栄ですよぉ。ですがぁ、そちらこそ何故こちらに顔をお見せになったんでしょうか?」
「ボクから貴方を見つけられない事くらい……分かってますよね?」
ボクがそう言うと、兼良は口角を上げたままおもむろに扇子を広げて扇ぎ始めた。
『……知りたいか?』
「……是非」
どうくるか……
『ならば答えてやらんわ!』
「…………ですよねぇ」
このクソジジイ…………………………!
『ひひひ、冗談よ冗談。言伝に来ただけだ』
「……言伝ですか。なんですかねぇ?」
扇子が閉じる。顔からは笑顔が消えていた。
『貴様らが何をしようと未来は変わらん』
『――どうぞ、勝手にすると良い』
水鏡が落ちる。床が濡れて手がかりが無くなってしまった。
「……どこまで見通して……いやでも、今まで時の里に向かった者以外に兼良本人が顔を出したことはない……あぁ分かんないなぁ」
「ともかく、神無さんに報告……うわぁ、気乗りしないぃ」
しゃがみこんで床の染みを見つめていてもやらなくちゃいけないことは変わらない。
「……先輩たちも、ボクたちも……面倒なものに巻き込まれたなぁ」
◇
街の人々がそれぞれの生活を生きる中、川の中央に一人の男が仁王立ちしている。
「…………この街も贋造品で満ちている。だが、ここに居るはずなんだ……!」
無邪気な笑みでこめかみを両指で押さえると、周囲の水が暴れだし、一人の女性像へと変貌する。
「ああ、愛しの君よ。真の人間は我々だけだぁんんんん!」
女性像に囲まれながら、男は身震いする。
――便利屋は本当に厄介なものに縁があるものだ。
第二章はここまでになりますが、改稿のため一度この作品の更新は停止します。
改稿版は話数が変わることもあり、おそらく別の作品ページを作成することになります。
ここまでほんの少しでもこの作品に時間を割いていただいた全ての方に感謝を。




