第十七話:桜の悪夢と僕らの夢
この人だ――この人は、一体…
「あ?誰だてめえ」
初対面で険悪な目つきで睨まれた。
「ちょっと、お兄ちゃん、いきなり…」
ああ、秋庭さんのお兄さんか…。
安堵で力が抜けた。
「すみません、兄です」
相変わらず睨まれたままである。かなり恐い。
「秋庭桜。仲良くしましょうや」
桜さんは、うってかわって、笑顔で握手に片手を差し出してきた。
「痛ッ!?」
素直にとった手を、信じられない握力で握り返して来る。
ちょっと、痛いんですけど。というか、ゴリゴリと骨が軋む音が聴こえてるんですが。
しかし、桜さんは笑顔を崩さない。心なしか、さっきよりこう…なんというかニヤリとしているような。
それより、そろそろ手が折れます。絵筆が持てなくなってしまいます。
つか、ホント痛てえ!!
佐々さんの言ってた意味がやっとわかった…『桜に気をつけろ』ってこのことかーー!!
もう少し、具体的に教えてほしかったなあ……。
「…何してるんですか?」
秋庭さんがいつまでも握手をし続ける僕らに、不信な目を向けたのは言うまでもない。
*
中に入るなり、桜さんはダッシュで上に上がった。
「あっ!?」
後から上がった秋庭さんの驚愕の声が聞こえる。
「私の部屋が滅茶苦茶に…」
桜さんだ。
「残念だったな、紅葉。勉強は居間でやるといい。俺がしっかり見張っててやる」
…しかし手段が姑息だなあ…。
秋庭さんが居間のテーブルを準備している間、こっそりと桜さんに呼ばれた。
秋庭さんの手伝いをした方が良いのだろうが、拉致に近い勢いで桜さんに引っ張られる。
「おい、お前なんで紅葉が勉強会なんてやろうとしたかわかってるか」
「え?」
はー…、と桜さんは深くため息をついた。
「あのなあ。紅葉が友達を家に連れて来ること自体物凄く珍しいんだよ」
「……」
「ましてや、勉強会。勉強ってのは大勢でやるほど効率が悪くなるものだし」
そうなのか。ようやく大河内が不思議そうな顔をした事に納得がいった。
「あいつは多分、今の状況を一時の夢か何かだと思ってる。だから、テストが終わる頃には今の環境が無くなってしまう気がして、テストの終わるまで待てなかったんだな」
…僕はそんな秋庭さんの気持ちに、ひとつも気づけなかった。
「お前、紅葉のことどう思ってる?」
「どうって…」
それは、
「嫌いとか言ったらぶっ飛ばす」
「嫌いなわけないじゃないですか」
「好きとか言ったらこの世から消す」
「……」
好きなのですが。
「じゃあ何て言ったらいいんですか」
「しがないただのクラスメイト・友人Aと言え」
ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。
桜さんが飛んでいってドアを開ける。
「こんにちはー」
まずは笑顔で遙を迎え入れた。
そして、坂下と大河内に向かって眼光を飛ばす。
「お前らは?」
坂下が答えた。
「しがないただのクラスメイト・友人AとBです」
「よし!お前のことは気に入った!まあ、入ってくれ」
桜さんは僕のほうに戻ってくると、小声で、
「つーか、四人来るって言ったうちの三人が男ってどういうこと?人の妹にきやすく近寄るなよ」
桜さんは尚も問い詰めた。
「お前、紅葉に告白したんだって?」
「!?」
何で知ってんの!?
「俺の情報網を侮るんじゃねえぞ。で?返事は?」
返事…秋庭さんからの、返事。
「まだ…です」
「ふーん。振られたんじゃね?」
うわ。何て事を。
僕にとどめを刺すと、桜さんは居間へ戻っていった。
返事か…。
結局、僕は怖かったのかもしれない。
秋庭さんが果たしてなんというのか。
答えを聞いた瞬間に、ふくらんだ風船に針を刺したときのように、この環境が消えてしまう様な気がして。
『あいつはこの状況を一時の夢か何かだと思ってる――』
桜さんの言葉が脳裏に蘇る。
きっとそれは、僕も同じ。
今のこの世界は、夢という領域を離れて、現実となる日が来るのだろうか?
ねえ秋庭さん、君は――
僕のことを、どう思っているんだい?