第14話 ギャップ萌えが過ぎる。
橘くんは、わたしから目を剃らして背中を向けた。
「いちおう、まだ傷んでないとは思うけど、要らなかったら、棄てていいから」
そう言って、立ち去ろうとする橘くんに、わたしは必死で声を掛けた。
「待って!棄てるわけ、ないじゃん……!」
わたしは橘くんにもらった袋を慌てて開けた。
「……ごめんなさい。たちばなかんじくん」
わたし、自分のことばっかりで、橘くんの気持ち、何も考えてなかった。
橘くんは、毎日、わたしが来ると思って、お菓子を作ってくれていたんだ。
「嘘じゃないの。本当なの。橘くんのお菓子食べてたら、幸せな気持ちになって、こんなわたしでも自然に笑えるって言ったのは、本当なんだよ」
一つ目の袋から出てきたのは、貝殻の形のマドレーヌ。
橘くんのお菓子は、やっぱりほろほろと甘かった。
口いっぱいに、甘さが広がる。
これだ……って思った。
わたし、これが食べたかったんだ。
身体中が、橘くんのお菓子でいっぱいになる。
ほんの少しレモンの香りのする、しっとりした昔ながらのマドレーヌ。
二つ目の袋は、どっしりとした男前なガトーショコラ。
チョコレートそのまま食べてるみたいな、濃厚な生地。
「なにこれ、ゆめかわ……」
わたしは思わず笑ってしまった。
女の子の夢みたいな、サーモンピンクや水色のアイシングでこれでもかと言うぐらいモリモリにデコられたカップケーキが出てきたからだ。
「ヤバいかわいい……」
ピンクのお花の形に絞られたクリームの上に星形の小さなチョコと銀のアラザンでデコられている。
「なんでくまさんなの……」
くまさんの形にデコられたカップケーキもあった。
「橘くん、可愛すぎでしょ……」
笑いが止まらない。
この人、どんな顔してこのくまさん作ったんだろ。
胸の中が、幸せな気持ちでいっぱいになる。
わたし、橘くんのお菓子、ほんとは、食べたかった。
毎日、食べたくてしかたなかった。
幸せな気持ちでお腹いっぱいになって、
気付いたら、目の前で橘くんが笑っていた。
「え……」
うつむいて、大きな手で口許を抑えながら笑っている。
「可愛すぎなのはそっちでしょ」
か、可愛すぎ……?
わたしが……?
「ギャップ萌えが過ぎる。」
ギャップ萌えが過ぎるって……橘くん、そんなこと言うんだ。
ヤバい。
自分の心臓の音が、大きすぎて、これ、橘くんに聞こえるんじゃないだろうかって思うぐらい。
「い、いやいやいやいや、ギャップ萌えが過ぎるのはそっちだから……!なんでその見た目で、こんなゆめかわなお菓子作るかな……!?」
わたしは、胸のドキドキをごまかすために、大きな声で突っ込んだ。
「そっちこそ、その見た目で中身、ド天然だし、その笑顔はさすがに反則……」
目の前で、橘くんが笑っていた。
橘くん、すごい楽しそう。
「……てことで、今から来ない?部室」
部室=家庭科室……?
「そ、それは無理……!」
「……は?」
橘くんは、心底不可解、と言う顔をしている。
それでも、無理なものは無理。
だってあの場所には、黒髪ゆるふわ美女アヤノさんがいる。
たぶん、橘くんが、好きな人。
橘くんが、心を許してる相手。
思い出すだけで、胸が痛くなってくる。
家庭科研究部に入るなんて、絶対無理。
橘くんが、好きな人と仲良く喋ってるとこ、毎日見るなんてそんなの、無理だよ。
わたしは、橘くんのお菓子を手にいっぱい持ったまま、逃げ出すように、その場から退散した。
「はあ……!?」
そんなわたしを追い掛けるように、橘くんの声が響いた。




