第13話 西嶋さん、自分が何言ったか覚えてないんすか……?
「ひさめ、どしたの、大丈夫?」
「なにが……?」
「いや、顔。いつにも増して負のオーラが出まくってるよ……?」
翌朝。
朝の挨拶をする元気もなく、席についた私を見て、後ろの席の友人、遠藤穂乃花が言った。
そうだった。笑顔笑顔。
これじゃあ氷姫を脱却できないよ。
橘くんのお菓子を思い出しながら、笑顔……。
橘くん……。
今日も橘くんは、いつも通り淡々と授業を受けている。
頬杖を突いて、気怠そうにしている。
左耳のピアスは4コ。
放課後、あの学ランを脱いで、エプロン付けて、愛を込めてあずき炊いてるなんて、とても想像できない。
橘くんには、クラスでは見せていない裏の姿がある。
クラスでは見せていない優しい顔も……。
どうしても、アヤノさんと並んで歩いていた橘くんの姿を思い出してしまう。
アヤノさんは初対面のわたしにもニコニコ優しく声を掛けてくれるような、デキるおねえさんの雰囲気を出してた。
橘くんも結局、いつもニコニコしてるような、可愛い人が好きなんだよね。
わたしはアヤノさんみたいに愛想良くはできない。
橘くんをあんな風に、笑わせることもできない。
所詮、わたしは氷姫だから。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないかも……」
橘くんのお菓子、美味しかったなあ。
もう一度、食べたかったなあ。
でももう、食べられそうにないなあ……。
なんか泣きそう……。
西嶋陽雨――氷姫脱却は、振り出しに戻りそうです。
***
それから数日。
あれから、放課後の家庭科室には近付いてもいないし、橘くんとは会話もしていない。
とは言え、先週まではずっとそうだったから。
橘くんとは同じクラスだけど、ほとんど会話もしたことがなかった。
今までの関係に戻っただけ。
わたしも、相変わらず無愛想な氷姫をやっている。
「西嶋さん……!」
その時わたしは、一緒に帰る人もいなくて、一人で靴箱に向かっているところだった。
振り返ると、目の前に巨大な塗り壁。
「た、橘くん……?」
約3日ぶりの会話だった。
橘くんは、いつも通りの強面で、負の威圧オーラを放ちながらわたしを見下ろしていた。
「西嶋さん……部室、来ないの?」
「へ……?」
わたしは思わず変な声を出してしまう。
「俺のお菓子、食べてくれるんじゃなかったの?」
その言葉で部室=家庭科室だと言うことに気がついた。
えっ、橘くん、もしかして怒ってる?
わたしまた、橘くん怒らせた?
橘くんは肩に掛けた通学バッグから、何かを取り出した。
七色のオーロラ小袋だ。
前のより少し大きめのサイズ。
「これ」
差し出されるままに受けとる。
「……と、これ」
もう一つ。
「これも」
もう一つ。
「これもこれもこれもこれも」
え、ええ……っ。ちょっと待って。
わたしの腕の中は、あっという間に七色のお菓子袋でいっぱいになってしまった。
「もしかして……わたしに……?」
「……って言うか、毎日、待ってたんだけど。昨日も、一昨日も、その前も、西嶋さん、来ないし」
毎日……?
待ってくれてたの……?
毎日、作ってくれてたってこと……?
わたしのために……?
「そ、それなら、言ってよ……!同じクラスなんだし……!」
「いやいや、『言ってよ』、じゃなくて。来るでしょ。どう考えても。あの流れだったら。西嶋さん、自分が何言ったか覚えてないんすか……?」
わたしが、何を言ったか……?
――わたし、橘くんのお菓子じゃないと、ダメみたいなの。スーパーやコンビニで売ってるチョコじゃダメだったの。
――これからも橘くんのお菓子、食べさせてもらえますか?
た、た、たしかに……。
思い返すとなんか、プロポーズの言葉みたいなこと言ってたかも。
わたしは急に、自分の発言が恥ずかしくなってきた。
どうしよう、橘くん、怒ってる……っ。




