37.
アーノンに続いて、パージも魔力を開放することに成功したが、カインだけはできなかった。
「カインさん、大丈夫ですか?」
シゲルは魔力を循環させる方法をカインにも教えていたが、カインの顔色は曇ったままだった。
手から伝わるカインの魔力は、徐々に不安定に膨れ上がっているように感じる。
「すまない――」
カインはシゲルの手を離すと、胸元から青い宝石のついたネックレスを取り出して、それを指先でそっと握った。
すると、カインの魔力の乱れが落ち着きを取り戻したように見えた。
「君も気付いていると思うが、私の魔力は非常に特殊でね――子供の頃に魔力暴走を起しかけて以来、ずっと定期的に魔力を吸収してもらわねばならないのだよ」
それはシゲルだけでなく、アーノンやパージも初耳のことだった。
「これは秘密なのだけどね」
カインはそう言って腰のポーチから袋を取り出して見せた。
「これは亡くなった妻が私のために作ってくれた魔道具なんだ」
カインはそう言うと、袋を掲げるようにしてシゲルたちに見せた。
「妻は魔力吸収の能力者だったのだけど、その中でも特殊でね。とても魔力の少ない人だったのに、自分の器を超えた量の魔力を吸収することができたんだ。おかげで私の有り余る魔力をいつも吸収して救ってくれていた」
シゲルの目には、その袋はカインの魔力を吸収しているように見えた。
カインの中から黒い色をした魔力を吸い取っている。
不思議なことに、カインの魔力は2種類あったことに気が付いたのは大森林を進んでしばらくしてからのことだった。
優しい澄んだ魔力と、時折現れる黒い魔力だ。
だが、この世界の魔力について詳しくないシゲルは、そういう人もいるのだと納得していた。
「自分がいなくなっても、私が魔力暴走に怯えずに済むようにと」
袋の中を見せてもらうと、いくつかの魔石と魔法陣があった。
「カインさんの魔力にだけ反応するように、魔法陣に魔力が練られてるんですね――よくできてる」
魔法陣は、カインの魔力に反応して魔石を動力に布に魔力を纏わせる仕組みになっていた。
魔力を纏うと布の色が変わる。シゲルは興味深くその様子を見ていた。
「魔力は魔石が吸収するんですね」
「ああ。これは今でも一部にしか知られていないのだけどね、魔石というのは、完全に空になると魔力を吸収するようになっているらしい。もっとも、完全に空になるということ自体滅多にないのだけど、妻はそれを解明して、この仕組みを作ったんだ」
袋に仕込まれた魔法陣は、魔石に残されたわずかな魔力を使い切り、カインから魔力を吸収する仕掛けになっている。
説明しながら見せてくれたカインの目はとても優しかったが、失った妻を思い出しているのか、少し寂しげでもあった。
「素敵な奥様だったんですね」
シゲルの言葉に、カインは得意げな笑みを浮かべて力強くうなずいた。
「最高の女性だったさ」
シゲルはカインが息苦しさを堪えているのを見ているしかなかった。
袋による魔力吸収を行うと少しは楽になるようだが、その為に必要な魔石の予備もそう多くはない。
魔力が充填された魔石は、パージとアーノンの剣に使われてはいたが、消費量は追い付かない。
シゲルはもどかしさを感じていたが、どうすることもできなかった。
「僕が魔力を吸収することができたらいいのに……すみません」
「君が謝ることじゃない」
カインはアーノンがするように、シゲルの頭を軽く叩くが、その手はアーノンよりも細く繊細だった。
行程は予定より遅れてはいたが、想定よりは遅れていなかったのは幸いだった。
時折襲い来る魔獣にも、カインはアーノン達と変わらない動きで撃退していたが、疲労は目に見えていた。
「今日はここで休もう」
まだ昼を過ぎた時刻だが、アーノンはそう言って適当な木の洞を見つけてきた。
「だめだ。ただでさえ遅れてるんだ。先に進もう」
「いいや。あんたの体が保たない。ここで体調を戻してくれ。俺はあんたに一人で戻れとも、ここで待てともいうつもりはない」
アーノンの言葉に、カインは何も言えなかった。
アーノンとパージが水と食べ物を調達に行く間、シゲルはカインをじっと見つめていた。
何かヒントがあるはずだ。僕にできることが――
「ずいぶん熱っぽい視線を向けてくれる」
「変な言い方しないでください。カインさんの魔力を見ているんですよ」
カインがシゲルの視線に気付いて笑うと、シゲルは慌てて答えた。
「冗談さ」
カインの屈託のない笑顔は救いだったが、シゲルは胸が苦しくなるのが分かった。
三の小屋を出てから10日。本当ならそろそろ目的地の近くに着いているはずだ。
だが、今はどのあたりなのかはシゲルにはわからない。
いや、実際のところアーノンにもわかっていないのかもしれない。
ただ、シゲルにはどこか確信があった。自分たちは目的の場所からそう遠くない場所に来ているのだと。
その証拠に、彼らの進む足取りには迷いがなかった。
あの声が言った通り、自分はここまで来たのだ。あの声が導いてくれているに違いない。
だから分かるのだ。その場所に近付けば自ずと目的地に辿り着けるということが。
そのためにも、カインの調子を取り戻さないといけない。
「似てますね――シルヴィア……さんに」
プレッシャーを与えたくなくて、シゲルはついシルヴィアの名前を出してしまった。
「シルヴィアと呼んでいるのだろう?あの子が許可したならそのままでいい。……そうだな、あの子は私に似ているというよりは、私の母によく似ている」
「お母さんですか」
「ああ。母は、とても魔力の少ない人でね。私が幼い頃に亡くなった」
シゲルはシルヴィアの言葉を思い出していた。魔力のつり合いがなければ子供が作れない。そのために魔力量の多い貴族の娘は、同じく魔力量の多い貴族に嫁ぐのが責任なのだと。
「と、言うことは、カインさんのお父さんも魔力の少ない人だったんですか?」
シゲルの質問にカインは可笑しそうに吹き出した。
「父が?まさか。父は私が生まれるまではこの国で一番の魔力量を誇る人だった。その証拠に、父が亡くなったのはつい3年前だ。122歳だったよ」
「そうなんですか。じゃあ、その魔力差がありながらカインさんが生まれたのは奇跡みたいなものだったんですね」
シゲルの無邪気な発言はカインの顔を曇らせた。
「奇跡なんてものじゃない。母は、命と引き換えに一時的に魔力を増やす魔術を使ったんだ――だが、それは呪いだった」




