第3章-1 君が名は
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アサノハはまぶしい光を感じて目を覚ました。
とても幸せな気分だった。
起き上がり、うーんと背伸びをする。ぐっすりと熟睡できたようで、まるで新たに生まれ変わったかのように感じられる。朝の陽の光も、寝室の様子もどこか違って見えた。
ふと、何かの気配に気づく。
「ばあや?」
「お目覚めですか?」
ばあやとは違う声が返ってきた。アサノハは驚いてびくりと背を震わせる。恐る恐る声のしたほうを見ると、そこに見知らぬ若者がいた。
見知らぬ? いや、アサノハは知っていた。
鋼色の髪、同じ色の瞳。私の守護精……。
「目元が少し腫れていますね、アーシャ」
守護精がそっと手を伸ばしてくる。アサノハは目を見開いてそれを見つめるだけだった。
夢だと思っていた。昨夜あったことは。まさか本当に守護精がいるとは思っていなかった。辛い現実から逃避するために、幸せな夢を見たのだと。
だが、今目の前に守護精がいる。こちらが夢かと、アサノハは目をしばたたいた。
守護精の指がそっと、ためらうようにアサノハの頬に触れてくる。そのひんやりとした感触が、今が夢の中ではなく現実だとアサノハに思い知らせた。
「ずいぶんと泣かれていましたから。ああ、こんなに目が赤い。失礼しますよ」
ふわりとアサノハの顔の周りで波動が舞ったのがわかった。守護精のひんやりとした指先から波動が流れ込んでくる。アサノハはそっと目を閉じた。
「もうよろしいですよ」
そっと瞳を開けると、目の前に微笑む守護精がいた。やっぱりいた、とアサノハは思う。本当の本当に。
「おはようございます、アーシャ。ご気分はいかがですか」
鋼色の瞳がやさしく輝き、少女に向けられている。一瞬、引き寄せられたように守護精を見つめた後、我に返ってアサノハは頬を少し赤らめた。
「おはようございます、次代さま。あの……なんとお呼びすればよろしいのでしょうか」
「さようにかしこまらないでください。主はあなたなのですから、アーシャ」
「でも……」
と、そのとき。
部屋の扉を軽くたたく音がして、アサノハの返事も待たずして世話係のロウバイが部屋に入ってきた。少女が見慣れたゆっくりとした歩調で寝台に向かってくる。
「姫様、アサノハ様、お目覚めでございますか? 今日から王城に移るお支度をせねばなりませぬからね。忙しくなりますよ。さあ、早くお起きあそばして……」
ゆったりとした動きとは裏腹に、賑やかに入ってきたロウバイは、ふと顔を上げて寝台のかたわらに見知らぬ若者がいるのに気付いた。その驚きに手に持っていたものをばさばさと落とし、悲鳴を上げる。
「な、何者!?」
一瞬、うろたえたロウバイだったが、すぐに気を取り直して人を呼んだ。
「誰か! 誰か!」
「待って、ばあや!」
アサノハが焦ってロウバイを止めようとしたが、その前に守護精が音もなく動いて老女の口をふさいだ。
「しっ、お静かに」
しかし、それは逆効果だった。ふさがれたのをものともせず、さらに悲鳴を上げる。廊下の向こうから人が走ってこちらに向かってくるのが伝わってきた。
「次代さま!」
とっさにアサノハは守護精の腕をつかむと、寝台の中に押し込んだ。そして、寝台の紗の幕を引いて寝台を隠すと身をひるがえして、手近な窓を開ける。まぶしい光と共に爽やかな風が入ってきた。