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王国の守護精  作者: 久保 公里
第5章
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第5章-25 終章

 やがて、侍従が馬車の用意ができたと告げに来た。アサノハはうなずいて扉にむかい、退出のために礼をして、踵を返した。その背に。


 「アサノハ」


 ムラクモが声をかける。アサノハは振り向いて王を見やった。


 「何度も言うようだが、キサラギのことは残念だった。その過去は変えられぬ。だが、未来は変えることができる。そして、変えることができるのはそなただけだ。世界はそなたが望むようになる。そなたがなりたいものになりなさい」


 その言葉にアサノハは少し目を見開いて、それから優雅に一礼した。


 「次に登城するのは次期として、だな」


 「はい、陛下。御前、失礼いたします」


 少女は踵を返し、クオンを連れて執務室を出る。扉がその姿をムラクモとイザヨイの視線から遮った。



 廊下を歩きながら、すれ違う人が驚くような表情を浮かべるのに、アサノハは気づいた。慌てて廊下の端により、アサノハが通り過ぎるまで礼を取るものもいた。それはクオンと、アサノハの胸元に輝く細工物のせいだった。


 その両方が、アサノハを次期だと示している。そして、アサノハの前を歩く侍従と、後ろに控える二名の騎士がそれを裏付けていた。ただの少女に、そんな護衛がつくはずがない。少女と騎士たちの取り合わせは人目を引いた。


 「あの……」


 アサノハは後ろを振り返って騎士たちに話しかけた。戸惑いがその声の中に潜んでいる。


 「私についてくださる必要はありません。これからジュオウ家に戻るだけですから」


 「いえ」


 騎士のひとりが歩きながら答えた。


 「陛下よりあなたさまの護衛につくようにと申し付かっております。次期さまと次代さまをお護りするのも我らが職務です。お気になさらず」


 気にしないように言われても、アサノハから見れば屈強の男が二人もついている。気にしないわけにはいかないのだが、それも慣れなくてはいけないのかもしれない。


 アサノハはそっと吐息をついた。


 この分では、いったいどれだけの人がアサノハを次期だと知っていることだろう。クオンは一目で守護精、次代だと知れる。その彼を連れ、国王と同じような細工物を胸につけている少女がいると、風のように噂は広まるだろう。アサノハが城を去る前には王宮中のものが、次期が現れたことを知っているのではないだろうか。


 すれ違う人たちの視線が、まるで値踏みをしているかのように感じる。さきほど、ムラクモに忠告されたばかりだが、実際に感じてみると、それはアサノハに重圧となって乗りかかってくるかのようだ。


 「アサノハ様」


 そんなアサノハを気遣うように、小さな声でクオンが呼び掛けてくる。彼の心配そうな表情を見上げて、アサノハは少し目を見開き、それから微笑んでみせた。


 「大丈夫よ、クオン。私にはあなたがいてくれるのだから」


 そう言うと、次代の守護精は安心したようににっこりと微笑む。それに微笑み返しながら、アサノハは思った。


 そうだ、私にはクオンがいる。この先、どのようなことがあっても、常に側にいてくれる。


 手を握れば、そのぬくもりと確かな感触がアサノハの手に伝わってくる。ぎゅっと握れば、同じ強さで握り返してくれる。アサノハが呼べば、必ず姿を現してくれる。


 いつでもどこでも、どんなときでも。


 クオンがいてくれる。私が生きている限り、ずっと側にいてくれる。


 私は生涯、彼と歩む。ずっとともに。それがどれほど幸せなことか。


 この幸せに感謝しながら、私は生きていくだろう。


 そして、クオンが私を守ってくれるように、私もまたクオンとこのノルカ王国を守っていくだろう。この国に住まう者たちが幸せに生きることができるように。


 クオンが心の中を読んだように、微笑みかけてくる。アサノハもまた微笑んだ。


 口にしない誓約を、アサノハは生涯忘れることはなかった。


 



 今に伝わる史書で、アサノハ女王の時代を扱うものは少ない。アサノハ女王の治世に特筆すべき事態はないと思われているためである。


 諸外国とは戦乱めいたものは起こらず、その関係はすくなくとも険悪になることはなかった。いくつかの国とは商工を行い、様々なものや人が行きかうようになった。


 内政では貴族や民の不平不満をよく抑え、争いがおこることがなかった故、豊かに栄える元となった。幾度か日照りや長雨で不作になることもあったが、各地に作らせた国の穀倉を開き、ひもじいながらも飢えさせることはなかった。


 平凡とも、無難な政治、とも揶揄されるアサノハ女王の治世だが、他の多くの王と同じく、アサノハはよく治め、国に平和をもたらした。


 それがアサノハと守護精、そしてふたりを支え続けた側近たちの心を尽くした結果、努力の賜物であったことを知るものは少ない。


『王国の守護精』(終)


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 アサノハの物語はここで終わります。


 2日間、実質1日余りの出来事でした。


 これからアサノハは居住を王城に移し、学び舎に通い、ムラクモやハナビシたちの力を借りながら、将来の側近たちとの出会いが待っていることでしょう。


 ですが、その話はまたいつか書くかもしれませんし、書かないかもしれません。


 この話は私が以前、『久弓奈緒子』のPNで同人誌で発表した「宝剣と王国の守護者」を基にしています。その時もこの話はここで終わっています。


 今回、書き直したところ、4章が新たにできてハナビシたちが出現し、5章は思いのほかムラクモが話しまくって長くなってしまいました。


 バランスが悪くなってしまったのはわかっていましたが、どうにもできませんでした。


 毎回、少しずつですが、読んでいただいてとてもうれしく思っています。


 いつか、成長したアサノハとクオンの短編も書くかもしれませんが(望むいちゃらぶ)、予定は未定です。書いていたら、笑ってやってくださいませ。



 これから少しお休みを頂いて、次回作に取り掛かる所存です。

 

 2021年3月吉日から次作『牛飼いと守護精と』(旧題『牛飼いの後継者』)をはじめたいと思います。


連載開始時は活動報告でお知らせいたしますので、よろしくお願いいたします。


 本当にありがとうございました。また次回作でお目にかかりたいと思います。


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