第5章-16 名前の可能性
「そうだな。だが、名を与えることだけでも強力な絆となる。なまなかな波動ではこの絆を打ち消すことはできぬ」
「ということは」アサノハは小首をかしげて言った。「非常に強力な波動師であれば、私とクオンの絆を壊すことができる、ということでしょうか」
それを聞いて、ムラクモは真剣に、アサノハの言葉を吟味するような表情を浮かべた。考え込むような間が空き、アサノハがその沈黙に耐え切れそうになくなったころ、ようやくムラクモは言葉を紡いだ。
「なるほど、それは考えたことはなかった。私が次期であった頃も今も、その可能性は考えたことはない。私とイザヨイの絆は深く、何人もそれを壊すことができるとは思うことはなかったからだが……そう、それはあるやもしれぬな。例えば、次代の名を書き換えればあるいは……」
そう言ってから、ムラクモは大きく息をついた。
「だが、守護精とて波動の生き物だ。それを為すことができるほど強大な波動の持ち主はそうそうおらぬだろうな。あるいは、宝剣を鍛えたというかの大波動師セイ=カイハならば……。伝説だな」
ふたたび吐息をつきつつ、ムラクモは苦笑した。
「可能性はあるだろう。だが、次代もそなたを選んだのだ。それは事実だろう。違うか」
その言葉にアサノハははっとして首を振った。そうだ、クオンは私を選んでくれた。私もまたクオンと生きる道を選んだ。それが事実。ならば、何人にも壊されぬよう、この絆をふたりで強くしていけばいい。
アサノハはそうムラクモにも語った。それにムラクモはうなずく。
「そうだな。要らぬことを考える前に、二人がどうあるか、どうありたいか。ふたりで共に歩む術を見出していけばよい」
「かしこまりました、陛下」
アサノハは優雅に頭を下げた。それから無邪気な表情でムラクモを見やる。
「それで、もうひとつの身体とは、どういうことなのでしょう」
その問いに、珍しくムラクモは動揺したようだった。まなざしがあらぬほうに向けられる。それをいぶかしげにアサノハは見つめた。
「ああ、それだがな」
明らかに、言いにくそうなムラクモだった。
「幼いそなたにこれを言うのは、いささか憚られるのだが……」
首をかしげて、真剣なまなざしで話を聞こうとするアサノハから、ムラクモはつい目をそらした。
「そなたも貴族の娘故、結婚したときに夫婦となったものが何をするか、知っているか」
「夫婦になった時に……。もしかして、同じ寝室で休むということでしょうか。それなれば、父母もそうしていましたから知っています」
「いや、そういうことではなく、寝室ですることなのだが……」
「一緒に寝るのでしょう」
いぶかしげな、それでいて無邪気な様子に、アサノハが文字通り『寝る』という意味でしか使っていないことがわかる。ムラクモは思わず大きくため息をついた。
「キサラギの奴め。本当に娘を手放す気はなかったのだな」
そのつぶやきが、アサノハに届くことはなかった。




