第5章-9
アサノハは真剣に聞いていた。ムラクモの言葉はよく分からないものの、重要なことだとはわかる。一言一言、聞き逃さないようにまっすぐにムラクモを見つめた。
「これはイザヨイから聞いた話だ。まだイザヨイが次代だったとき、前王が身罷り、当代の守護精もそれに殉じた。その瞬間、初代の守護精からの記憶がすべてイザヨイに流れ込んできたそうだ」
「すべての記憶が……?」
「そのようだ。それまでの膨大な時間と代々の守護精の記憶のすべてが、イザヨイの中に移されたそうだ。一瞬のうちになだれ込んできたそれを受け取り、おのれの中に取り込んだ時、イザヨイは自分が全き宝剣の守護精に生まれ変わったと感じたと言っていた。わかるか、この国が生まれる前からの記憶がすべてイザヨイの中にある。それが守護精というものだ」
アサノハは反射的にうなずいたが、すべてを理解しているわけではなかった。それならば、今は違うように見える当代さまとクオンもまた、同じようなひとつのものとなるのだろうか。
声に出したわけではないが、ムラクモは見抜いたように言葉をつづける。
「そうだ、それでも代々の守護精は違う。まるで別人のようだと言われてもいる。それは次代の守護精が次期と共に過ごした記憶があるからだ。次代と次期が共に生きる、その時間があるゆえ、すべての記憶を持ちながら、イザヨイはイザヨイであり得る。いずれそなたの守護精がイザヨイを含むすべての記憶を持っても、クオンはクオンであり続けるだろう。それが代々の守護精としての個性として現れる、と私は思っている」
「思っている……それは陛下のお考えなのですか」
「そうだな、私が知っているのは先代の守護精とイザヨイ、それと知ったばかりだがクオンのみだが、伝わっている代々の守護精の話を聞くとそれぞれに異なる性格があるようだ。それはおそらく主と過ごした時間が関わっているように思える」
そう言われると、同じ宝剣の守護精とはいえ、イザヨイとクオンはずいぶんと異なっているように見える。それは経験の差からかもしれない。特に守護精としてのすべての記憶を持つイザヨイと、生まれたばかりで右も左もわからないようなクオンでは大人と子供よりもずっと差があるのだろう。
「それよりも、クオンにアーシャと呼ばせているのか」
ふいにムラクモが問うた。唐突に話題が変わって一瞬アサノハは焦ったが、すぐにうなずいた。
「はい、私がアーシャと呼んでほしいと頼みました」
「それは守護精にとっては拒否できないだろうな。主の命令と変わらぬからな。だが、それはやめさせなさい」
「何故でしょう」
アサノハは小首をかしげながらもまっすぐに王を見つめた。
「公私の別はつけなさい。そなたとクオン、二人きりの時ならば愛称で呼ばせても問題はない。だが、他のものがいる場ではきちんと『アサノハ様』と呼ばせるように。先ほどはまだ私の側近たちだけの場だった故咎めはしなかったが、他のものがいる場では愛称で呼ばせるような真似はするな。わかるな」




