第5章-7
「こちらをお入れくださいませ、アサノハ様。口当たりがよくなり、飲みやすくなりますよ」
そう言って、とろりとした蜜の入った小さな器を指し示す。アサノハはそれを取り上げると、少しだけお茶に加える。
「こちらもどうぞ。たっぷりと入れたほうがおいしいと思いますよ」
と守護精は、今度は牛乳の入った器をアサノハに渡した。それを素直に受け取ってアサノハはこれもまたお茶に加えた。透き通っていたお茶がゆっくりと渦を巻いて白濁していく。軽くかき混ぜて、当代に勧められるままにお茶を口にすると、先ほどの苦さとは違う甘みとまろやかさが喉を通っていった。牛乳をたっぷり入れたことで、幾分冷めたのも飲みやすくなった一因だろう。
「ありがとうございます、とても美味しいです」
はにかむように言うと、なぜかクオンがほっとしたようだった。
「そなたは本当に幼いな。いくつになる」
アサノハをしげしげと観察していたムラクモが唐突に訊いた。アサノハは茶碗を下すと、まっすぐに王を見つめて応える。
「先月、十歳になりました」
「ふむ。私の元にイザヨイが現れたのが十四の時ゆえ、かなり早いな。やはりキサラギの死がきっかけか」
そう言って、ムラクモは自身の守護精を見やる。イザヨイはさて、と首を振った。
「私は次代ではありませんので、彼がなぜそうしたのかはわかりかねます。おそらく彼にもわからぬでしょう。私も何故貴方の元に現れたのかわかりませんので」
涼しい顔でずけずけという守護精に、ムラクモは苦い顔をしてみせた。それから再びアサノハに向きなおる。
「守護精について、何を知っている?」
アサノハは考え込むように首をかしげた。それから思い切ったように口を開いた。
「多くは存じません。おそらく市中の人と同じくらいにしか知らないと思います。守護精さまは宝剣の精霊で、王にふさわしいものの元に現れ、王とノルカ王国を守護する、ということくらいしか存じません」
「ふむ、御伽噺だな。まあ、あながち間違ってはいないが、守護精が選ぶのは王にふさわしいものではないよ」
え、とアサノハはまじまじとムラクモを見つめた。
「守護精が選ぶのは、自分の主だ。それが初代の王セイリュウだった。それは知っているな」
アサノハはうなずく。それはノルカ王国ではよく知られた物語だ。
「ここで重要なのは、守護精が選んだのは王になるものではない。結果的に主に選んだセイリュウが王になった、ただそれだけだ。そして、それは代々の守護精も変わらない。彼らは王となるものを選んでいるのではなく、主となるものを選んでいるだけだ。結果的に王になってはいるがな。そして、次期になる為に必死になっているのは人の子のほうだ。まあ、仕方がない、どのような子供を選ぶかは、誰にもわからないからな。私もいまだに何故イザヨイに選ばれたかわからない」
率直に言うムラクモに、アサノハはなんと言葉を返していいのか悩んだ。そして、何も言わずに、ただうなずいた。それでいいのか、少し不安になりながら。




