第4章-3
「ハクギン様?」
ハクギンは一瞬困惑したようだったが、それでも少女に話しかける。
「アサノハ、私は君の父になれない」
「えっ」
アサノハは拒絶されたような気がして、目を見開いた。ハクギンが眉をしかめたのは、おそらくハナビシがテーブルの下で彼の足を踏んだからだろう。
「すまない、私は言葉にするのが苦手でね、傷つけたのならば謝ろう。つまり、その……私は父親になったことがない。だから、父親としてどういう態度を取ってよいかわからないし、キサラギのようによい父親になれるとは思えない。キサラギのように君に接することができないだろう。それに後にも先にもキサラギが君の父親だ。だが、親子としてではなく家族として一緒に暮らせることはできると思う。それでどうだろうか」
端正な貌をしているくせに、言葉は何処か考えながら言っているようにたどたどしかった。それが彼の誠実さの表れのように感じられる。
大人なのに、とアサノハは微笑ましく思った。ハクギンのこんな様子は初めて見た。
「どうかしら、アサノハ。昨日の今日ですぐには返事ができないと思うけど、考えてくれるかしら」
アサノハはハナビシを見やった。突然の申し出に、確かに戸惑っている。昨日の時に言ってくれればと思うが、それでも二人の思いが嬉しい。アサノハは考えてみると約束した。
「よかった。決まれば私のほうから陛下に申し上げるわ。陛下に拝謁を賜りたいのはそのことでしょう」
「あ、いいえ」
アサノハは慌ててハナビシの言葉を否定した。それ以外に思い浮かばなかったのか、ハナビシは小首をかしげる。その拍子に深緑の巻き毛が揺れた。
「私が陛下にお会いしたいのは、実は……」
なんて言っていいのか、アサノハは戸惑った。どう説明すればよいのかわからなくなって、アサノハは叫ぶように守護精の名を呼んだ。
「クオン!」
「お呼びですか、わが主よ」
その場の波動が揺らいだわけではない。だが、確かに守護精はアサノハの側に現れた。
ガタン、と大きな音を立ててハナビシが立ち上がる。驚愕の表情を浮かべて。ハクギンはその場に座ったままだったが、まるで凍り付いて動けないかのようだった。
「守護精さま……次代さまか」
絞り出すようにハナビシがつぶやいた。そして、それまでの驚きを脇に置いたかのように表情を改め、優雅に一礼した。
「次代さまにはお初にお目にかかります。ジュオウ家当主にして、次期さまの大叔母にあたりますハナビシにございます。お見知りおきくださいませ」
それに続いて、ハクギンが立ち上がりこちらもまた一礼する。
「ジュオウ家当主の伴侶ハクギンと申します。次代さまにお会いできて光栄でございます」
一瞬にして立ち直ったのはさすがだと、アサノハは思った。もう普段の表情に戻っている。




