97、魔王、強奪される?
俺は、呪具をペンダント型のアイテムボックスに収納した。呪具は、かなり素材を回収している状態で膨れているが、無事収納できた。
「あの……」
配下は、俺に声をかけて、自分の頭を指差した。読み取れということか。念話もできるはずだが、一体どうしたのだ?
俺は、軽く頷き、右手をかざした。こんなことをしなくても読み取れる……いや、コイツの場合は、思念バリアを張るのだったか。
ふむ、何もしなければ考えが流れてこないようだ。俺は、強いサーチを使った。
『何者かに、囲まれました。我々の正体は知られていません。念話は、傍受されます。かなりの能力です』
俺は頷いた。そして、ニヤッと笑った。これは面白い。
「そろそろ戻りますか? それとももう少し探しますか?」
俺はニヤニヤしながら、丁寧な言葉で話した。配下は、ピンときたらしい。逃げるか、探し出して捕まえるか、と尋ねたのだ。
「この付近にあると思ったのだがな。別の山かな」
配下も話し方を変えた。アイツらから見れば、俺達は大人と子供だからな。そして、自分の目を指差した。ふむ、もう相手から見える距離だから気をつけろということだな。
確か、呪具を使っていたときには、付近には誰も居なかったが、一瞬で取り囲まれたのだな。
呪具を使うときは、だいたいゆるい幻影魔法をかけている。もし見られていたとしても、何をしていたかはわからぬだろう。
俺はニヤニヤしていた表情を引き締めた。別の山? 謎解きをしているような気分だな。別の作戦ということか? ふむ、知らんふりをして様子見か。
俺は頷いた。すると配下は、意味深な笑顔を見せた。配下もこの状況が楽しいらしいな。
そして俺は、いくつかの魔法の詠唱を始めた。発動準備が必要なことにも、最近は慣れてきた。これは、先読みをする訓練にもなる。
取り囲んでいる連中のことは、俺にも当然感知できている。奴らは俺達の会話が聞こえたらしい。捕まえるかどうかを議論しているのか?
ザザッ
ふむ、捕まえる気になったらしいな。姿を現したのは、約半数だ。それでも十人近くいる。
「わっ! 何ですか!」
俺が大げさに驚いたフリをすると、配下は必死で笑いをこらえているようだ。だが、ワナワナと怒っているように見える。
「おまえら、ここで何をしている?」
俺は子供らしい仕草で、焦ったように配下の方を見た。すると、耐えきれなくなったらしく、配下はブフォッと吹き出した。その笑いを隠そうとして、咳き込んだフリをしている。
(ふむ、これを使うか)
俺は、配下にだけ見えるように、ニヤリと笑った。そして、奴らの方を振り返って、口を開いた。
「師匠の薬を探しにきたんです。薬草、トルベルクを知りませんか?」
すぐ後ろで、配下が笑いをこらえて、また、本気でむせていた。激しくゲホゲホしながら、目に涙を浮かべている。咳で涙が出ているように見える。
「トルベルク? 奇病に効くという薬草か……ヒッ!」
俺達を取り囲んだ奴らは、数歩下がった。奇病を移されると思ったらしい。
この病は、多くのハーフに発症する奇病だ。突然発狂したり、身体の一部が急成長し制御ができなくなる。しばらく閉じ込めておけば、自然に回復するのだがな。人間は、それを知らない。狂ったとして、だいたい殺処分しているらしい。
もともとの遺伝子が不安定なために起こる病だから、感染するものではない。だが、妙な連鎖反応が起こる。発症した者の近くにいるハーフは発症しやすいようだ。だから、人間は、移る病だと思っているのかもしれんな。
「あの〜」
俺は子供らしく、首を傾げながら彼らに近寄った。ふむ、みな怯えているようだ。俺が近寄っても、後ずさる。
「坊や、一緒にいると、病が移るぞ!」
あの奇病の連鎖反応は、おそらく体内の魔力の共鳴だ。神の記憶を辿ってみても、ほぼ間違いはないだろう。
シードルは、それを起こさせないために、賛美歌を作ったようだ。賛美歌が流れる教会では、新たに発症することはない。魔力の共鳴を邪魔するものがあればいいわけだな。
(ふっ、使えるじゃないか)
「僕は大丈夫です。魔道具があるから」
「薬草トルベルクで作ったのか?」
コイツは馬鹿だな。薬草から魔道具などできるわけがない。俺は、手のひらを彼らに向け、サーチ魔法を使った。使わなくても見えているがな。
彼らは、眉をひそめたが、俺には近寄ってこない。
「なぜ、サーチ魔法を使った?」
「うん? おじさん達の種族を確認したんですよ」
彼らは人間だ。配下が念話を傍受されると言っていたのは、神具だろう。ここには現れていない一人が、何かを持っている。
「なぜ……」
「奇病のことがわかってないから、どうしてかと思って。あの病は、ハーフしかかからないんですよ。魔族の血が混ざっていなければ、大丈夫です」
「混ざっていたらどうなるんだ?」
「近くに発症した人がいると、連鎖反応が起こるから、病にかかります」
配下は、俺の話を神妙な顔で聞いている。神妙なフリをしているのだな。今度は、俺を笑わせるつもりか。
取り囲んでいた奴らは、ジリジリと配下から距離を取り始めた。人間といえども、魔族の血が混ざっている者の方が圧倒的に多いからな。逃げ出すか? まぁ、それなら仕方ない。
「知らないなら、いいです。師匠、行きましょう」
「あぁ」
俺は配下の腕を引いて、歩き始めた。配下は、まだヒクヒクしている。ふん、師匠と呼んだのが、そんなに面白いことか?
「ちょっと、待ってくれ!」
一人の男が追いかけてきた。ふむ、釣れたな。
「なんですか。僕、急いでるんで」
「わかっている。その彼の発作を抑えなきゃならないんだろう。だけど、さっき、坊やは、魔道具があるから大丈夫だと言っていたが」
「はい、それが何か?」
「どんな魔道具なんだ?」
「耳に装着するオルゴールです」
「オルゴール?」
「音楽が流れるんです。おかしくなり始めたときに聞いていたら、病にはならないみたいです」
「どこで手に入れたんだ?」
ふむ、買うつもりか? コイツらは、神都の教会の信者だ。行動範囲は、神都と温泉街、旧勇者の街か。すぐに探しにいくかもしれんな。
「旅の途中で会った行商人から貰いました。その時、すでに師匠はゲホゲホしていたので、もう師匠には効果はないんですが」
「二つもらったのか?」
「ええ、まぁ」
「じゃあ、一つ、譲ってくれないか」
ふむ、さっきは捕まえるつもりだったくせに、急に態度を変えるのだな。あー、なるほど。感染するから近寄るなと指令があったようだな。
教会の信者のくせに、自分達のことだけが大事か。シードルの教典では、弱者に手を差し伸べるようにと教えていたはずだがな。
俺が配下の顔を見ると、彼は神妙な表情のまま、軽く頷いた。なんだその顔は? やはり俺を笑わせる気だな。ぷっ。
そして魔法袋から、さっきの兵器製造の呪具が作った、洗脳解除の小型オルゴールを二つ取り出した。
その男は、ビビって近寄ろうとしないので、俺が受け取り、一つを渡した。
「装着は、左耳じゃないとダメみたいです。こうやって取り付けると、音が流れます。耳から外すと音は止まります」
「へぇ、そうかい。ありがとよ」
そう言うと、その男は、俺が身につけた魔道具も奪い取り、スッと消えた。
辺りをサーチしてみたが、取り囲んでいた連中も一緒に、かなり離れた場所に転移していた。
「盗られちゃったよ」
「プハハハハ、もう、いきなり、何の芝居ですか。笑いをこらえるのは大変でしたよ、あははは」
「おまえこそ、変な神妙な顔をしやがって。あやうく台無しにするところだったぞ」
「お互い様でしょ、あははは。誰が誰の師匠なんですかー。プハハハハ」
配下は、頭がおかしくなったのかと心配になるくらい笑っていた。涙まで流している。コイツは笑うと泣くのか?
「この魔道具は、売れそうだな。どうやってばら撒こうかと考えていたが」
「確かにそうですね。それなら、北部の都会で売りましょうか。行商人は、都会に仕入れに行きますから、一気に広がるでしょう」
「ふむ、そうだな。闇市を中心に流せばいい。どこかの錬金術士の闇取引だと見せかけて、まずは少量ずつだ」
「かしこまりました。価格は?」
「安すぎるのも良くない。銀貨1枚でいくか」
「末端価格は、金貨1枚になりそうですが」
「構わぬ。そうだ、砂漠の新しい街は、教典教の熱狂的な信者が街づくりの金を出しているということだったな」
「はい、そのように進めております」
「では、都会で品薄の魔道具を、その狂信的な阿呆が買い占めて、新しい街の住人に無料配布することにしようか」
「新しい街に入り込んだ洗脳者の問題を解決できますね」
「うむ。その阿呆は……」
「ちょっと、お待ちください。俺には無理ですから」
配下は慌てている。ふっ、コイツ、意外に面白いな。
俺達は、温泉街の宿に戻った。先程までの経過や、魔道具の流通についての話は、一緒にいた配下が、指揮をとり、他の者へテキパキと指図をしていた。
俺は、小型オルゴールの魔道具をいくつか受け取り、シルル達の部屋へと戻った。
シルルもハーフだ。俺が一緒にいるときならすぐに調整してやれるが、別行動をしているとそうはいかない。朝、起きたら渡してやろう。
魔道具をばら撒くことを考えていたとき、俺はもう一つ、思いついたことがある。
おつかいミッションで見た、あの差別のことだ。あの依頼主は、酒に逃げていた。逃げるくらいなら、教会から離れればいい。だが、それができないのは、弱すぎるからだ。
他に生きる手段を与えてやればいい。今より強くなれば、冒険者として生活できるだろう。
ふっ、シルルは俺の素性を知り、それを受け入れたようだ。もはや、隠す必要もなくなったな。




