94、繋がれた記憶
シードルからの伝言か……。
二人は、あのときの会話の、どの部分が封じられていたかは知らなかったと言っている。
そしていま、俺には二人の頭の中が見えるようになった。この内容についての話は、できないようになっているようだ。なるほど、シードルは、念入りに封じていたらしい。
それに、酒臭い男が、俺のことを半分神だと言っていた意味も、今ならわかる。
俺は、シードルの分身というより、シードルが二分割して、新たに生まれた、俺に別の人格を与えたということのようだ。
旅に出て、いつも俺が考えていたことは、封じられていたシードルの叫びと同じだ。
俺は、神シードルからできているのだな。
なんだか変な気分だ。感慨深い。
シードルは、俺なのだ。そして俺は、シードルなのだ。
この場面の記憶が戻ったことにより、俺は今まで持っていなかった記憶が、頭の中に突然わいてきた。
そう、わいてきたという表現が本当に当てはまる。
突如、俺の脳が巨大化したのではないかと思うくらい圧倒的な莫大な記憶が、どこからか湧き出てきたのだ。
(そうか、そうなのか)
俺がこれまで予測していたことの、大半は当たっていた。だが、全く見えていないこともあった。
このわいてきた記憶は、神の記憶だ。アイツは……いや、俺は、なんと愚かなことを繰り返していたのだ。
理想をかかげ、それに向かって努力をし、だが、その理想が叶わなくなるとすべてを壊してやり直す……。
ある意味、真面目なのだろう。だから妥協を許せない。そして、どこかで軌道を外れ、必死に修正をしてきたのだ。
人間は、原始的な知能しか持たないときは、神を崇拝し、その言葉に従う。だが、知能の発達とともに、神から離れ、自分達の世界を築く。そして領土争いや富の奪い合いから小競り合いが続き、だんだん荒廃していく。
そして、神はそこからの手段に迷っていたのだ。
人間の王となるべき者を創れば、いったんは混乱は収まるようだ。チカラを持つ強きリーダーには、従うのだろう。
だが、それが長くは続かない。
やがて、時間の経過とともに魔物も進化していく。強い魔物と人間の戦いが始まるようだ。
さらに、魔物は進化を続ける。人間も進化していく。
強き魔物は魔族に進化し、人間は魔法を覚える。そうすると、魔族と人間の争いが始まる。魔物から進化した魔族は身体能力も魔力も高い。数では圧倒的に人間が有利だが、個体の戦力差は魔族が圧勝だ。
そして、しばらくすると魔族は人間を奴隷にし、さらに魔族同士の争いが起こる。この状況になると、もはや、人間の王にはどうすることもできない。
うまくいかないイライラから、神は荒れる。そして、悪しき心が生まれ、すべてを破壊したい衝動に支配されるようになる。
この状況から逃れるために、神は自らの悪しき心を切り捨て、そこから魔王を創り出す。
地上に魔王を落とすことで、世界の情勢は一転する。絶大なチカラを持つ魔王は、この世界にとって劇薬だ。
ここからの展開は、毎回、大きく変わるようだ。
魔力を与えすぎると、魔王は数年で制圧するがほとんどの人間を殺害してしまう。逆に少ないと時間がかかり、また、別の魔族から進化した魔王に負けてしまうこともあるようだ。
魔族から進化した魔王は、神の意向を完全に無視する。神が描く理想とはかけ離れた世界をつくってしまうようだ。
だから、これが失敗だということは、神は学習したらしい。魔族から魔王を生み出してはいけない。
神は、自分の悪しき心から、ある程度の強き魔王を創り出すことは、間違いではないと考えているようだ。
しかし、自分が創った魔王は、自分と似ていて常に意見するようになる。魔王は、自分が制圧したのだと、その影響力を誇示しようとする。その結果、神と激しく衝突する。
そして、いつも、ここで終わる。
神は一切をやり直そうと、自らの魔力を解き放ち、破滅の魔法を使うのだ。
そして、いつも、ここで涙を流す。
そして……虚無感で苦しみなげくことになる。
本当に、アイツは愚かだな。いや、俺か……ふっ、愚かな馬鹿が、いまこの世界に二人いるということか。
だが、あの光の柱についての記憶はない。この記憶は、俺が分離されたときまでの記憶か。
あの光の柱は、アイツが新たに考え出したもののようだな。
『最後にするよ、約束だ……』
ふっ、今回で最後にしようという意識は強く働いているらしいな。あー、俺に魔力を半分与えたから、か。
アイツは、俺から能力を回収しないと、この世界をリセットすることができないのだろう。
自ら手を下すと、その与えた魔力は戻らない。そんな呪術まがいな仕掛けまでしたのは、イラついて、うっかり魔王を殺さないためのようだ。
魔王を殺してしまうと、すべては失敗となる。魔族から進化した魔王がこの世界の覇者になるだろうからな。そうなると、またイチからやり直すことになる。
だから、アイツは、配下に俺を殺させようとしている。そして、実際に実行しやがったからな。
いつもの、最初から破壊までのサイクルは、だいたい千年から五千年のようだ。ということは、今回は長い。俺が分離されてから、もう既に五千年になるのではないか。
慎重に進めていたが、アイツは長すぎて狂ったのか。アイツの今回の作戦は完璧だ。俺はアイツに覇者としての地位を譲るつもりでいた。アイツは、今回は成功したのだ。それなのに、自滅か。
アイツが、邪に堕ちていなければ、上手くいったのだ。もしかすると、今までも、成功していたのに自分で潰していたことがあるのかもしれん。
だからか……。
シードルは、そこにも気付いていたのだ。だから俺に、あのとき笑って、あんなことを言ったのか。
『魔王カルバドス、おまえが神になりなさい』
「カルバドス様、大丈夫ですか? カルバドス様」
爺が目の前で心配そうな顔をしている。ふっ、まぬけな顔だな。マルルといい勝負だ。
俺は顔を上げた。そうか、俺は、ダラリと頭を垂れていたか。そりゃ、心配するか。
酒臭い男イストも、ジッと俺の顔を見ている。ふっ、つい、自分の世界にドップリはまってしまっていたな。
「あぁ、大丈夫だ。少し頭の中を整理していた」
「よかった。膨大な記憶も渡されたと思います。神は、自信がないとおっしゃっていました。魔王にこれを受け入れるだけの、脳が出来上がっているかはわからないと」
「俺の脳みそが少ないと?」
「あ、いえ……」
酒臭い男は、少しオドオドしていた。あぁ、話し方が、カルバドスに戻っていたな。今の俺は人間のガキだ」
「イストさん、すみません。威圧的でしたね、感覚が初期の魔王に戻っていました。もう大丈夫です」
「えっ、初期の魔王ということは、あの黒い……」
俺がそう言うと、怖れと緊張からか、彼は頬をヒクヒクさせていた。それほど、俺が生み出されたときは恐ろしかったということか。
「西の翁、気持ちはわかるが、ビビリすぎじゃぞ」
「爺も、そんなに怖かったのか」
「そりゃ、恐ろしかったですが、城にお仕えするようになってからは、そのように感じたことはございません」
「ふぅん、そっか」
「それに、今はそのような人間の子供の姿ですから……」
ふむ。記憶が戻っただけではないようだな。爺が何気なく言った言葉の裏まで、心の声が聞こえてくる。何かのチカラを使っているわけでもないが。
この人間の姿は、あの紫の勇者の姿だと言いたいようだな。俺が、宝物庫の番人レーフィンの正体を知っていたのだと驚いたようだ。ただの偶然なんだがな。
そうだな、これが、本来のチカラか。
だが、さっき思い出したばかりの記憶は、急速に薄れていった。一気に時間の流れに押し流されたような感覚だ。
おそらく思い出そうとすれば、記憶の糸を辿ることはできる。だが、俺の、魔王カルバドスとしての記憶の方が新しい記憶だ。頭の中で、記憶の時系列が調整されたらしい。
「ふっ、僕は脳みそが少ないのかもね。もう、与えられた膨大な記憶は薄れていってるよ。古い記憶は、忘れるものなんだね」
「なっ? なんと」
イストは、慌てているようだ。ふっ、コイツもまぬけな顔をしている。
「でも、必要最低限のことは覚えている。遠い記憶としてね」
「そう、ですか。それなら、えっと……あの……」
そうか、俺は彼らに、新たな使命を与えねばならないようだ。彼らは、これで使命が終わった。だが、神の分身だ。新たな使命がないということは、回収を意味する。
おそらく俺ではなく、シードルに回収される……いや、シードルは、この程度の魔力は回収する気はないだろう。だが、彼らは、回収の恐怖を感じ始めたようだ。
「カルバドス様、ワシらの新たな使命は……」
「うん? 爺は、マルルの世話係じゃないのか? 爺がいないと、マルルは城中、とっ散らかして大変なことになるじゃないか」
「げっ、それが新たな使命ですか。爺には荷が重すぎますぞ。だいたい、カルバドス様がキチンと教育なさらないからじゃないですか」
(また、始まった……ふっ、これでいくか)
イストは、爺の様子を羨ましそうに見ている。
彼は、シードルに殺され、その後、復活してからは、ずっと神都にいたようだな。そして、シードルを監視し続けながら、毎日酒に逃げていたのだろう。殺されても使命は消えないなんて、酷なことをしやがって。
だが、そのおかげで、俺に記憶が伝達されたのだ。彼の犠牲によって、神の記憶が繋がれた。
「イストさん、爺はジジイなんで荷が重いようです。爺のサポートをしてやってもらえませんか?」
「えっ、それは、俺への新たな使命ですか」
「はい、新たな使命です。魔王マルルが部屋を散らかさないように監視し教育をお願いします」
「はい、かしこまりました!」
イストは、酒が抜けたような、スッキリとした笑顔を浮かべた。




