83、猟師町の隠しごと
「ありがとうございます。助かります」
ここは、町というよりは、小さな里のような雰囲気だ。だが、猟師町と呼ばれている。猟師町は昔から、南部のあらゆる魔物を狩り、そして北部の都市部へ売っているのだ。
北部は、この数百年、戦乱とは無縁の生活を送っている。様々な文化が発展し、そこで暮らす者も多い。
神都のある西寄りは特に、シードルの教会が各地に作られているためか、人間が多い。そこへの食肉は、南部の猟師町が引き受けていると聞いていた。
それなのに、こんな十ほどの丸太小屋が並ぶだけの、小さな里だということに、俺は驚いた。
だが、まぁ、さっきの俺達を取り囲むスピードからすれば、ありえることなのかもしれないが……どうも、スッキリしない。
俺達は、大きな丸太小屋に案内された。だが、ガランとしていて、何もない。少し獣の臭いがするか。狩った魔物の保管小屋といったところか。
「ここを使ってくれたらいい。寝袋などは持っているのだろう?」
「寝袋って何ー?」
シルルが首を傾げた。すると、クゥもそれを真似ている。
「うん? どうやって寝ていたのだ?」
「テントを持っている人と一緒に旅をしていたんです。今日、別れたんですが……。そっか、寝袋か」
ふむ、まぁ、適当にベッドでも作ってやるか。人間のガキでも、それくらいのことはできるだろう。
「おや、じゃあ、干し草と麻布を持ってきてあげるよ」
「ありがとうございます」
彼が出ていくのと入れ替わるようにして、別の男が入ってきた。見た目は若い。だが、この男は随分と長い時間を生きているようだ。
マシューのところの元気な婆さんと似た何かがある。ふっ、コイツはシードルの人形だ。だが、婆さんと同じく、既に使い捨てられた存在のようだな。
「坊やは人間だね。なぜ、魔族の姉弟と旅をしているんだい?」
「えっ……」
「いや、何かの事情があるのだろう。気にしないでくれ。我々は少し疑り深くてね。坊やは、何か神具を身につけているんだね」
彼の視線は、俺の胸元に向いていた。ふむ、パーカーで見えないはずだが……なるほど、透視でもしたか。
「僕のサーチをしたんですね。そして頭の中を覗いた」
「あはは、すまない。魔族の二人には様々な保護魔法がかかっている。術者は坊やだろ? それに、髪色も変えているね。黒く染めているが……勇者の家系かな」
ほう、やはり魔法で色を変えるだけでは、見抜かれるか。
「いえ、勇者じゃないです」
シルルは、ハラハラしていて落ち着きがない。いつもなら、シルルは、カールは勇者じゃなくて魔王だと反論するところだが……。俺が魔王だと聞かされていることから、挙動不審か。
彼はその様子を見て、ふっと笑った。ふむ、勇者だと確信したか。髪色を変えても勇者ごっこか……。さすがに、飽きたのだがな。
「お嬢さんを困らせてしまったようだな。まぁ、よい。坊や達は、何でも屋なのだそうだな」
「はい、お困りのことはありますか」
「有料だと聞いたが?」
「はい、妥当な料金でお受けします」
「いくらだ?」
「それは、内容によります。事前に相談させてもらって、出来高払いでいかがですか」
「なるほど、要相談か」
俺はあいまいな笑みを浮かべた。
そこに、さっきの男が、大きな荷物を背負ってきた。
中身は干し草なのだろう。この小屋の出入り口の扉は非常に大きい。狩った大きな魔物の出し入れがしやすいように作られている。だが、その出入り口に引っかかるほどの大きな荷物だ。
すると、俺にあれこれと話をしていた男が手を向けた。透過魔法のようだ。大きな荷物は、丸太の壁を通り抜けた。
「里長、助かりました」
「二つに分けて運べばいいだろう? 横着なことをして……」
「あはは。何度も往復するのは面倒なので」
(うん? どういうことだ?)
この猟師町は、とても小さな集落だ。どこから運んでも、たいした距離ではないはずだが。
彼は、荷物を床に広げた。ふわっと干し草のいい匂いが小屋に広がった。
「わっ、いい匂い!」
シルルが駆け寄っていった。そして、成り行きから、干し草のベッド作りを手伝い始めた。
クゥも手伝いたいようだが、背が低く足手まといになる。奴は、うらめしそうな目で作業をジッと見ている。もしくは、シルルが見知らぬ男と話すことに、嫉妬しているのかもしれんな。
「へぇ、坊やは、彼女達に対して優しい目をするんだな。魔族だとか人間だとかの差別意識はないのか」
里長の男は妙なことを言う。俺が優しい目だと?
「種族の違いは、個性以外の何ものでもないですよね。大人はそんな差別意識を持っているんですか」
俺は子供らしく、不思議そうに尋ねた。この質問で、この男のシードルとの繋がりが見える。
「大人は……か。確かにそうだな。みな、不平等だ。大人になればなるほどな」
うむ、ごまかされたか。ストレートに聞いてみるか。
「不平等? あっ、教会の加護の有無ですか?」
「えっ? あー、教会か。こんな山奥にいると、都会の話は遠い話でね。毎日、今日と同じ明日を過ごしているんだよ」
遠い話……か。距離のことではないな。
彼は一瞬、懐かしそうな目をした。その直後に辛そうな自虐的な笑みを浮かべた。やはり、シードルとの関係は切れているとみて間違いない。
それなら、新しい街の話をしても大丈夫だろう。
「変えたいのですか?」
「いや、私は若く見えるようだがね、随分と長い時間を生きているんだよ。何かが変わるという想像ができなくなってしまったね」
「でも、戦乱は終わったのに」
「坊や、本当の戦乱はこれからだろうよ」
男の様子が変わった。何を知っている?
「どういうことですか」
「ふっ、神は変わってしまわれたな」
俺は、子供らしく首を傾げた。
「あはは、ごめんよ。坊やがなんだか、私の大切な人に似ているような気がしてね。久しぶりの来客だから、話しすぎてしまったな。あ、そうだ、何でも屋の話をしなくてはいけないな」
「お困りのことがなければいいです」
「いや、何かあるんじゃないか。食事の時に聞いてみればいい。いま、里の者が、集会所で食事の用意をしているからな」
「僕達の分もですか」
「あぁ、こんな場所だから、肉ばかりだがな」
シルルとクゥは、話を聞いていたらしい。密かにハイタッチをしている。その様子に、里長はやわらかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、宿泊と食事代がわりに、お困りごと、何か無料でお受けしますよ」
「あはは、ありがとう。今度はこちらがハイタッチをする番だな」
「いや、あはは。すみません、食いしん坊な子達で」
里長は、うんうんと楽しげに頷いた。その表情は、随分、穏やかだった。シルルとクゥに癒されたというところか。
「わっ! すごいごちそうなの!」
「うん、すごいごちそうなの」
クゥは、シルルの真似ばかりする。その言い方は、女の子だろう? 里の住人は楽しそうに二人を見ている。まぁ、いいか。
「シルルちゃん、クゥちゃん、たくさん食べなさい」
「はいっ!」
「はーい」
里の住人は、二人にアレコレと食べさせて楽しそうにしている。そういえば、ここには子供はいない。男しかいないから、当然といえば当然か。
だが、男だけで、生活をしているのか?
それに、勇者の家系の者が隠れ住んでいるという噂は、ただの噂にすぎないのか? この場にいる住人は20人ほどだ。みな、髪は黒髪か茶髪、だが戦闘力はかなり高い。そして老人がいない。
なんだか、俺は違和感を感じた。
勇者の家系は、8つだったか。赤、紫、青、黄、緑、桃、白、黒……確か、赤い髪の勇者はそう言っていたな。
そうか、黒髪の勇者もいるのだったな。
だが、人間のほとんどが、黒髪か茶髪だ。黒の勇者は、髪色での判断はできない。ということは、隠れやすいか。聞いてみてもいいが、警戒されるとマズイか。
「あの、何かお困りのことはありますか? 宿泊と食事代がわりに、何かあれば遠慮なく言ってください」
俺がそう言うと、何人かが互いに顔を見合わせている。ふむ、子供らしく言ってみるか。
「あっ、でも、女の人を探してこいは、無理です」
「あはは、カールちゃん、突然何を言い出すんだい?」
(ふむ、食いついたな)
「男の人ばかりの里だから、嫁さんが欲しいと言われたら困ると思って……」
「なんだ、嫁なら……あ、いや、あはは、そんな無茶なことを子供に頼まないよ」
(なるほど、嫁は居るか)
俺は気づかないふりをして、あははと笑った。
「何でも屋さんなら、狩りの手伝いでも大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、明日、狩りを手伝ってもらおうか」
「そうだな、人手が多い方が、仕事が早く終わって助かるよ」
「シルルが朝は弱いんですけど、早い時間ですよね?」
「カール、私、ちゃんと起きるから大丈夫だよん」
「あはは、ちょっと早起きかもな」
「皆さんは、丸太小屋で寝るんですか」
「えっ……あ、あぁ、そうだよ。変なことを聞くんだな」
(ふむ、やはり他に里があるようだな)
「そうですか? 木の上とかで寝る人もいるのかと思って」
「あー、なるほどな。そんな集落もあるのかい?」
「はい、夜行性の魔物の多い集落は、木の上で見張りをしながら眠る習慣のところもありますよ」
「へぇ、カールちゃんは、若いのにいろいろ知っているんだな」
なぜか俺までが、ちゃん呼びされている。まぁ、反論するのも面倒なので放置しておくが。
「ぷはぁ、もう食べられないよん」
そりゃそうだろう。さすがに、食べすぎだ。
「ぼく、まだ食べられる」
「クゥは、シルルの真似はやめたのか」
俺がそう聞くと、クゥは、ピタリと手を止めた。
「ぼく、もう食べられない」
里の住人から、どっと笑い声が起こった。
次回は、4月6日(月)に投稿予定です。




