表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/113

83、猟師町の隠しごと

「ありがとうございます。助かります」


 ここは、町というよりは、小さな里のような雰囲気だ。だが、猟師町と呼ばれている。猟師町は昔から、南部のあらゆる魔物を狩り、そして北部の都市部へ売っているのだ。


 北部は、この数百年、戦乱とは無縁の生活を送っている。様々な文化が発展し、そこで暮らす者も多い。

 神都のある西寄りは特に、シードルの教会が各地に作られているためか、人間が多い。そこへの食肉は、南部の猟師町が引き受けていると聞いていた。


 それなのに、こんな十ほどの丸太小屋が並ぶだけの、小さな里だということに、俺は驚いた。


 だが、まぁ、さっきの俺達を取り囲むスピードからすれば、ありえることなのかもしれないが……どうも、スッキリしない。




 俺達は、大きな丸太小屋に案内された。だが、ガランとしていて、何もない。少し獣の臭いがするか。狩った魔物の保管小屋といったところか。


「ここを使ってくれたらいい。寝袋などは持っているのだろう?」


「寝袋って何ー?」


 シルルが首を傾げた。すると、クゥもそれを真似ている。


「うん? どうやって寝ていたのだ?」


「テントを持っている人と一緒に旅をしていたんです。今日、別れたんですが……。そっか、寝袋か」


 ふむ、まぁ、適当にベッドでも作ってやるか。人間のガキでも、それくらいのことはできるだろう。


「おや、じゃあ、干し草と麻布を持ってきてあげるよ」


「ありがとうございます」



 彼が出ていくのと入れ替わるようにして、別の男が入ってきた。見た目は若い。だが、この男は随分と長い時間を生きているようだ。


 マシューのところの元気な婆さんと似た何かがある。ふっ、コイツはシードルの人形だ。だが、婆さんと同じく、既に使い捨てられた存在のようだな。



「坊やは人間だね。なぜ、魔族の姉弟と旅をしているんだい?」


「えっ……」


「いや、何かの事情があるのだろう。気にしないでくれ。我々は少し疑り深くてね。坊やは、何か神具を身につけているんだね」


 彼の視線は、俺の胸元に向いていた。ふむ、パーカーで見えないはずだが……なるほど、透視でもしたか。


「僕のサーチをしたんですね。そして頭の中を覗いた」


「あはは、すまない。魔族の二人には様々な保護魔法がかかっている。術者は坊やだろ? それに、髪色も変えているね。黒く染めているが……勇者の家系かな」


 ほう、やはり魔法で色を変えるだけでは、見抜かれるか。


「いえ、勇者じゃないです」



 シルルは、ハラハラしていて落ち着きがない。いつもなら、シルルは、カールは勇者じゃなくて魔王だと反論するところだが……。俺が魔王だと聞かされていることから、挙動不審か。


 彼はその様子を見て、ふっと笑った。ふむ、勇者だと確信したか。髪色を変えても勇者ごっこか……。さすがに、飽きたのだがな。



「お嬢さんを困らせてしまったようだな。まぁ、よい。坊や達は、何でも屋なのだそうだな」


「はい、お困りのことはありますか」


「有料だと聞いたが?」


「はい、妥当な料金でお受けします」


「いくらだ?」


「それは、内容によります。事前に相談させてもらって、出来高払いでいかがですか」


「なるほど、要相談か」


 俺はあいまいな笑みを浮かべた。



 そこに、さっきの男が、大きな荷物を背負ってきた。


 中身は干し草なのだろう。この小屋の出入り口の扉は非常に大きい。狩った大きな魔物の出し入れがしやすいように作られている。だが、その出入り口に引っかかるほどの大きな荷物だ。


 すると、俺にあれこれと話をしていた男が手を向けた。透過魔法のようだ。大きな荷物は、丸太の壁を通り抜けた。


「里長、助かりました」


「二つに分けて運べばいいだろう? 横着なことをして……」


「あはは。何度も往復するのは面倒なので」


(うん? どういうことだ?)


 この猟師町は、とても小さな集落だ。どこから運んでも、たいした距離ではないはずだが。



 彼は、荷物を床に広げた。ふわっと干し草のいい匂いが小屋に広がった。


「わっ、いい匂い!」


 シルルが駆け寄っていった。そして、成り行きから、干し草のベッド作りを手伝い始めた。


 クゥも手伝いたいようだが、背が低く足手まといになる。奴は、うらめしそうな目で作業をジッと見ている。もしくは、シルルが見知らぬ男と話すことに、嫉妬しているのかもしれんな。



「へぇ、坊やは、彼女達に対して優しい目をするんだな。魔族だとか人間だとかの差別意識はないのか」


 里長の男は妙なことを言う。俺が優しい目だと?


「種族の違いは、個性以外の何ものでもないですよね。大人はそんな差別意識を持っているんですか」


 俺は子供らしく、不思議そうに尋ねた。この質問で、この男のシードルとの繋がりが見える。


「大人は……か。確かにそうだな。みな、不平等だ。大人になればなるほどな」


 うむ、ごまかされたか。ストレートに聞いてみるか。


「不平等? あっ、教会の加護の有無ですか?」


「えっ? あー、教会か。こんな山奥にいると、都会の話は遠い話でね。毎日、今日と同じ明日を過ごしているんだよ」


 遠い話……か。距離のことではないな。


 彼は一瞬、懐かしそうな目をした。その直後に辛そうな自虐的な笑みを浮かべた。やはり、シードルとの関係は切れているとみて間違いない。


 それなら、新しい街の話をしても大丈夫だろう。


「変えたいのですか?」


「いや、私は若く見えるようだがね、随分と長い時間を生きているんだよ。何かが変わるという想像ができなくなってしまったね」


「でも、戦乱は終わったのに」


「坊や、本当の戦乱はこれからだろうよ」


 男の様子が変わった。何を知っている?


「どういうことですか」


「ふっ、神は変わってしまわれたな」


 俺は、子供らしく首を傾げた。


「あはは、ごめんよ。坊やがなんだか、私の大切な人に似ているような気がしてね。久しぶりの来客だから、話しすぎてしまったな。あ、そうだ、何でも屋の話をしなくてはいけないな」


「お困りのことがなければいいです」


「いや、何かあるんじゃないか。食事の時に聞いてみればいい。いま、里の者が、集会所で食事の用意をしているからな」


「僕達の分もですか」


「あぁ、こんな場所だから、肉ばかりだがな」


 シルルとクゥは、話を聞いていたらしい。密かにハイタッチをしている。その様子に、里長はやわらかな笑みを浮かべていた。


「じゃあ、宿泊と食事代がわりに、お困りごと、何か無料でお受けしますよ」


「あはは、ありがとう。今度はこちらがハイタッチをする番だな」


「いや、あはは。すみません、食いしん坊な子達で」


 里長は、うんうんと楽しげに頷いた。その表情は、随分、穏やかだった。シルルとクゥに癒されたというところか。





「わっ! すごいごちそうなの!」


「うん、すごいごちそうなの」


 クゥは、シルルの真似ばかりする。その言い方は、女の子だろう? 里の住人は楽しそうに二人を見ている。まぁ、いいか。


「シルルちゃん、クゥちゃん、たくさん食べなさい」


「はいっ!」


「はーい」


 里の住人は、二人にアレコレと食べさせて楽しそうにしている。そういえば、ここには子供はいない。男しかいないから、当然といえば当然か。


 だが、男だけで、生活をしているのか?


 それに、勇者の家系の者が隠れ住んでいるという噂は、ただの噂にすぎないのか? この場にいる住人は20人ほどだ。みな、髪は黒髪か茶髪、だが戦闘力はかなり高い。そして老人がいない。


 なんだか、俺は違和感を感じた。


 勇者の家系は、8つだったか。赤、紫、青、黄、緑、桃、白、黒……確か、赤い髪の勇者はそう言っていたな。


 そうか、黒髪の勇者もいるのだったな。


 だが、人間のほとんどが、黒髪か茶髪だ。黒の勇者は、髪色での判断はできない。ということは、隠れやすいか。聞いてみてもいいが、警戒されるとマズイか。




「あの、何かお困りのことはありますか? 宿泊と食事代がわりに、何かあれば遠慮なく言ってください」


 俺がそう言うと、何人かが互いに顔を見合わせている。ふむ、子供らしく言ってみるか。


「あっ、でも、女の人を探してこいは、無理です」


「あはは、カールちゃん、突然何を言い出すんだい?」


(ふむ、食いついたな)


「男の人ばかりの里だから、嫁さんが欲しいと言われたら困ると思って……」


「なんだ、嫁なら……あ、いや、あはは、そんな無茶なことを子供に頼まないよ」


(なるほど、嫁は居るか)


 俺は気づかないふりをして、あははと笑った。


「何でも屋さんなら、狩りの手伝いでも大丈夫かい?」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ、明日、狩りを手伝ってもらおうか」


「そうだな、人手が多い方が、仕事が早く終わって助かるよ」


「シルルが朝は弱いんですけど、早い時間ですよね?」


「カール、私、ちゃんと起きるから大丈夫だよん」


「あはは、ちょっと早起きかもな」


「皆さんは、丸太小屋で寝るんですか」


「えっ……あ、あぁ、そうだよ。変なことを聞くんだな」


(ふむ、やはり他に里があるようだな)


「そうですか? 木の上とかで寝る人もいるのかと思って」


「あー、なるほどな。そんな集落もあるのかい?」


「はい、夜行性の魔物の多い集落は、木の上で見張りをしながら眠る習慣のところもありますよ」


「へぇ、カールちゃんは、若いのにいろいろ知っているんだな」


 なぜか俺までが、ちゃん呼びされている。まぁ、反論するのも面倒なので放置しておくが。



「ぷはぁ、もう食べられないよん」


 そりゃそうだろう。さすがに、食べすぎだ。


「ぼく、まだ食べられる」


「クゥは、シルルの真似はやめたのか」


 俺がそう聞くと、クゥは、ピタリと手を止めた。


「ぼく、もう食べられない」


 里の住人から、どっと笑い声が起こった。



次回は、4月6日(月)に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ