79、魔王マルルの誕生
「俺が魔王だということを信じさせるためだけに、コイツらを連れてきたのか」
俺は配下達の顔を見回した。誰も否定はしない。
「でも、正体を知っていることは、カルルンには秘密にしておいてね、って言ってあるよーっ」
「は? なぜ、そんな妙なことを」
「だって、正体がわかると、話し方を変えなきゃとか面倒なことを言ってたんだもん」
「じゃあ、そもそも、なぜバラした?」
「カルルンがいつまでも起きないからだよーっ。あの勇者とか、爺ちゃんとかが、ロボの中でカルルンがミイラになってるんじゃないかとか言うからさー」
「はぁ、それなら、魔族でも仙人でもいいんじゃないか」
「別に隠さなくてもいいじゃない。面倒だもん」
マルルは、こういう奴だ。まぁ、これまでもアイツらには、何度も魔王だと言ってきた。これでスッキリするか。
「それで、俺の正体を知るのは、シルルとアークだけか? 神父や宿屋の爺さんもか?」
「うん? わかんない。みんな知ってるんじゃない? 人間は、噂話って好きでしょー」
ドタドタ
赤い髪の勇者が、階段を下りてきた。
「カール、立っていて大丈夫なのか?」
その手には、小さな魔法袋を持っていた。わざわざ、あの中に入れてきたのか?
「もう大丈夫ですよ。それがごはん?」
「よかったよ。あぁ、これは中身を出したら消えてしまう使い捨ての魔法袋だよ。集落に移住してきた錬金術士が作って、弁当袋代わりに使われるようになったんだ」
「へぇ」
俺の素性を知っていると聞いたからか、赤い髪の勇者が、俺の目を見ようとしないことが気になった。
平静を装っているが、嘘がバレないように必死なのかもしれんな。そもそも、勇者は、嘘や隠し事は苦手だろう。
「ここにテーブルを出すよ」
そう言って、魔法袋からいつものテーブルを取り出した。そして、小さな魔法袋から食事を取り出していた。
中身を取り出した小さな魔法袋は、魔力の源であるマナに変換されて消えていった。だから、使い捨てなのか。
「マルルさん達もよかったらどうぞ」
赤い髪の勇者にそう言われて、マルルはすぐさま席についた。
「いただきまーす」
(おい、おまえが先に食うのかよ)
だが、そんなマルルの様子を、赤い髪の勇者は微笑ましそうに見ている。この1ヵ月で、すっかり手懐けられたらしい。
「カールも、立ってないでどうぞ。あ、寝起きで食べられないか」
「カルルンも食べていいよー」
じゃあ、食うか。シルルのリンゴジュースを待ちたいところだが。
「僕も食べるよ。いただきます」
この集落の料理なのか? 見たことのないものばかりだった。だが、悪くはない。優しい味は、身体にしみ渡るようだ。
「アークさん、あの……」
俺が名を呼ぶと、赤い髪の勇者はビクッとした。
「なんだい?」
「僕の正体を聞いたんですか」
そう尋ねると、彼はマルルの方をパッと見た。
「えーっと、何のことかな?」
「無理して取り繕わなくてもいいですよ」
そう言うと、しばらく沈黙が流れた。
「あぁ、聞いたよ。いや、聞きましたよ……魔王カルバドス様」
そう言うと赤い髪の勇者は、ひざまずいた。そして緊張した表情を浮かべている。
「そう、それって、マルルさんの冗談ですよ。魔王は、マルルさんですから」
ブフォっ
ゲホゲホゲホ
マルルが、食べ物を喉につまらせたらしい。ふっ、ガツガツ食ってるからそうなるんだ。
「えーっと……でも、魔王は、カルバドス様だと……」
「僕の名はカルバドスだけど、神が捨てたゴミなんで、魔族の変異種みたいなもんです。いまは人間、カール・バ・ドールだし」
「そうなのか?」
「はい、だから、普通にしてください。僕を討伐しようなんて言わないですよね?」
「言わないよ。カールには助けられてばかりだし。なんだ、そうだよな。聖剣エクスカリバーを持っても平気な顔をしていたのに、魔王だなんて変だと思ってたんだ」
赤い髪の勇者は、ホッとした表情を浮かべていた。
「ちょっと〜! カルルン、ひっどーい。どうして、あたしにばっかり押し付けるのよーっ」
「マルルの方が魔王っぽいじゃない」
「ち、違うちがう〜。あたしは天使なんだからーっ」
「堕天使じゃないか。僕はただのゴミだから」
「ちがうよー、次はあたしが家出するんだからねーっ」
マルルが焦っている。くっくっ、面白い。
俺の配下達も、ニヤニヤしている。そして、マルルは頭を抱えて、ウーウーと唸っていた。魔王らしくて不気味だぞ。
「マルルさんが魔王だと公表すれば、みんな魔王を怖れなくなるんじゃないかな」
「アークさん、ナイスアイデアです」
「こらー! 二人とも何を言ってるのーっ」
「だって、魔王というと怖ろしいイメージだったけど、マルルさんを見ていると癒されるというか、きっとこの世界の魔王に対する価値観が変わると思いますよ」
「こういうのって、クチコミが大事ですよね。噂話はすぐに広まるんでしょ」
赤い髪の勇者は、うんうんと頷いていた。魔王が怖いんじゃないのか。マルルなら、魔王でも構わないということか。
(ふっ、これは使える)
マルルが魔王だという噂が流れれば、シードルは、俺の後任だと思うだろう。
シードルは、俺の死体を探しているらしいが、アイツにチカラが戻っていないから、俺の生死は不明だと判断したのだろう。
マルルが魔王だと公表すれば、俺は死んだか、もしくは再起不能だと判断するはずだ。そうすれば、俺は動きやすくなる。
俺は、身につけていたものを確認した。
服は着替えさせられている。だが、俺の魔力を使っていたものは無事だ。魔法袋も、ペンダント型の呪具も、そして変身の呪具も。
あー、変身の呪具の輪は残り一つになったか。次に気絶すれば、年寄りに戻ることになるな。
「僕の服や靴は……」
「カール、服や靴は盗まれていたようだよ。砂漠はやはり野盗が多いからね」
「そうですか」
「その服は、魔王軍の人からの借り物だよ。ガラリと印象が変わって別人のようだが、似合っていると思うよ」
赤い髪の勇者は、俺が魔王ではないと言うと、もうすっかりいつもの調子に戻っていた。
マルルは、怪しくブツブツ言っている。おそらく俺の頭の中を覗いたのだろう。シードルを欺くには、自分が魔王を名乗るのが正解だと諦めたらしいな。
通路をパタパタと走ってくる足音が聞こえた。シルルだけじゃないのか?
「カール、大丈夫かい? 心配したよ」
「もう大丈夫です、マシューさん」
「カール、リンゴジュース絞ってきたよん。飲むでしょ?」
「うん、待ってたよ」
そう答えると、シルルは嬉しそうな顔をして、リンゴジュースを持ってきたコップに入れて渡してくれた。
このコップは、マシューの家のものだな。なんだか、懐かしい気さえする。
「シルルちゃん、やっぱり、カールは魔王じゃないみたいだよ。魔王は、マルルさんの方だってさ」
「そうなんだ。ふぅん、でもクゥちゃんは、カールが魔王だって、ずっと前から言ってたよん」
(なんだと?)
シルルの腕の中にいる赤ん坊ドラゴンは、気づかぬフリをしている。コイツ、何もかもシルルにバラしていたのか。
「シルル、僕が魔王って言われてるけど、神が捨てたゴミだから。僕がいなくても復興は進んでいるだろう?」
「あー、確かに。ほんとだ〜。私はどっちでもいいよん。カールはカールだから」
俺はシルルからリンゴジュースを受け取り、一気に飲み干した。うん、やはり美味い。
マシューも、魔王の話を知っていたらしい。やはり、ホッとした顔をしている。
「カールの靴を買ってこなきゃいけないな。この地下の転移魔法陣は、宿場町にも繋がっているんだったかな」
「マシューさん、繋がってるよん。でも、人間には使えないから……」
「宿場町の出入り口は、今は封鎖しています。教会の人が居るみたいですから」
「じゃあ仕方ないな。しかし、シルルやカールが教会から命を狙われているなんて……」
「マシューさん、ここに居れば大丈夫だから、心配しないで。そのうち諦めるよん」
「だが、この1ヵ月、教会の行動は異常だよ。洗礼を受けていない者に対する差別が酷い。神がそうさせているなら、この集落の神父さんの『教典教』の方を信じる方がいいだろうね」
(教典教? 本当に教典を神にしたか)
「マシューさん、集落に寄ってく?」
「そうだな。あ、集落にもカールのサイズの靴があるか探してみようか」
シルルとマシューは、階段を上っていった。赤ん坊ドラゴンはずっとシルルの腕の中だ。1ヵ月経ったのに外見の変化は全くないようだ。
相変わらず、シルルにべっちょりとくっついている。
赤い髪の勇者は、マルルと何かの相談をしているようだ。まぁ、まるめこまれているだけだろうけどな。
「カール、マルルさんは、カールが魔王だと言っているよ? 二人とも魔王なのかい?」
「魔王はマルルさんですよ。だから、こんな魔王軍の中枢部の人達を動かせるんです」
すると、赤い髪の勇者は鋭いことを言った。
「そういう設定にしておくんだな。教会を正すために」
ここは否定しない方がいいか。俺はやわらかく微笑んだ。すると、彼は力強く頷いた。
実際には少し違う。だが、まぁ、それでいい。
シードルは、教会を使って洗脳をすすめているようだな。洗脳されてしまった者は、殺すことになってしまう。まずは、この数を減らすことから始めようか。
マルルが、ここをこれほど散らかしているということは、神都でのカシャンコ屋が順調だということだろう。
それなら、次の一手だな。
「マルルさんのコピーロボは、どこにあるんですか」
「うん? 何に使うの? あれは絶対に壊しちゃダメだからねー」
あれは、兵器製造の呪具の妹バージョンだ。おもちゃではない。
「あれで、カシャンコの大型店を作ったらどうですか」




