78、砂漠の地下の巨大な何か
「うぐっ、ここは?」
俺は、何をしていた? だんだんと意識が浮上してきた。だが、何も見えない。身体は鉛のように重い。いや、カチコチに凝り固まっているという方が適切か。
身体の中に魔力を循環させると、フッと楽になった。魔力が巡っていなかったことで、身体中が魔力切れを起こしていたのか? そんなに長時間、動いていなかったということか。
起き上がろうとしたが、動けない。
少しずつ、記憶が戻ってきた。俺は、シードルの光の槍に貫かれた。そして光属性を帯びた攻撃で、瞬時に身体が燃え尽きるような強い衝撃を受けた。
その先の記憶はない。そこで途切れていた。
そうか……。
俺は、死んだのか。
シードルに、敗れたのか。
「きゃははは! ちびサボテンより、ロボだよーっ」
「ズルいよん。サボテンゲームは、ロボ禁止〜」
なんだか、気楽な声が聞こえてくる。ドタバタと走り回る音、そして妙な振動も伝わってくる。
何かの記憶か? 懐かしいような気がする。声は、マルルやシルルに似ているな。アイツらは、どうなったのだろう。
まさか、こんなことになるなんて。
アイツらは無事でいるだろうか。いや、シードルがすべてを消し去ったかもしれんな。俺は、何もしてやれなかった。すべては俺自身の傲慢さのせいか。ふっ、無様だな。
「あっ! ついてる! 完成だよーっ」
「ほんとだ〜。みんなを呼んでくるよん」
急に視界が真っ白になった。うつろに開けていた目に光が突き刺さるように感じ、目を閉じた。頭がグラグラする。さっきの光はなんだ?
ガタガタ、ガチャガチャと、騒がしい。あっ、静かになったか。
再び、ゆっくり目を開けると、どアップのマルルの間抜けな顔が……俺が見た視界のすべてだった。
「あー、目を開けたーっ」
耳元で叫ぶな。耳が潰れる。
これは、記憶ではないのだな。
そうか……俺は、生きているのか。
また、ガタガタ、ガチャガチャと音がする。そして、動けなかった身体が急に自由になったような感覚があった。
俺は、ゆっくりと身体を起こした。あちこちが痛いな。ということは、やはり生きているということだ。
「あー、まだ動いちゃダメーっ」
そう言って、マルルは乱暴に俺を押し倒した。痛っ。おまえなー。
そして、ガチャガチャ、ガタガタと、また何かをしているようだ。次第に、俺の手足の感覚もはっきりとしてきた。
首を動かしてみた。ここはどこだ? 見たことのない空間だ。だが、天井の灯や、さっき起き上がったときに見えたこの部屋の様子は、マルルの私室に似ている。
天井には、意味不明な形の灯がついているし、部屋の床にはいろいろなものが散乱していた。
だが、ここは、魔王城ではない。そして、位置情報を得ようとしても、サーチができない。
俺は倒されたときに、シードルにチカラを抜かれたということか? シードルは、魔力の抜け殻となった俺を捨て、それをマルル達が拾ってきたということか。
ドタドタと、階段を下りてくるような音が聞こえた。
「カール、目が覚めたんだな。よかったよ」
この声は、赤い髪の勇者か?
「本当、よくご無事で」
これは誰だ? 無事ではないと思うがな。
「もういいよ〜っ。カルルン、起きてみてくださいな」
「あ、あぁ」
「早く早く〜」
さっきは押し倒しておいて、自分勝手な奴だな。
俺はゆっくりと上体を起こした。うん? なんだこれは?
「マルル、どういうことだ?」
あっ、マズイ。勇者ごっこをしていたのだったか。
「お城から持ってきたよー。お花栽培ロボ」
だが、周りの反応は、特に変わった様子はなかった。
「カルバドス様が捨てろとおっしゃってましたが、マルル様は、倉庫に隠されていたようです」
(は? いま何と言った?)
声の主に目を向けると、俺の側近がいた。シルルを探した。怖れた様子はない、別に普通の表情だ。
「違うよーっ。倉庫じゃなくて、秘密基地1号だよ」
「何から質問すればいいかわからないんだけど」
さらに、ワラワラと階段を下りてきたり、通路から現れたりして、この場には何人もの配下がいる。だが、シルルや、赤い髪の勇者もいる。ついでに赤ん坊ドラゴンもいる。
「そう? あんまり変わったことしてないよー」
俺は、シルルの方を向いた。
「ねぇ、シルル、ここにいる人達が誰か知ってる?」
「うん、魔王軍の中枢部の人だって聞いたよん」
「そう……僕のことわかる?」
「うん? カール、何を言ってるの?」
これは、どう尋ねればいいのだ? 俺は何がなんだかわからない。
「シルルちゃん、カルルンは何者なのか知ってるのかって聞きたいみたいだよー」
「あー、そっか。カールはこの人達のボスなんでしょ。で、秘密基地を抜け出して重要極秘任務をしてて、忙しくて寝てなかったから爆睡モードに入ったんだよね」
(は? 意味がわからん)
「うん? 誰にそんなこと聞いたの?」
「マルルさん」
「やはり……」
「マルル、どういうこと? 誰に何を話した?」
「そんなことより、ロボから出てくださいな。早くメンテナンスしないと〜」
マルルは、俺を、カプセル状の機械から追い出した。この中に俺は入れられていたのか? 確か、花の成長を促すおもちゃだったはずだ。
俺は特に背も伸びていない。何がなんだかさっぱりわからない。
マルルに尋ねようとしたが、メンテナンス作業を始めやがった。こういうときは、コイツは何を言っても聞こえない。
「カール、俺から説明するよ」
赤い髪の勇者が話を始めた。
「俺やシルルちゃんが説明されたのは、カールが眠ってしまったから、マルルさんのロボに入れて、時間を進めるってことだ。このロボの中は、時間の流れが何倍にもなっているんだろ? だから、早く目覚めるからと聞いている」
「成長を促すおもちゃだと思ってたけど、そんな仕組みだなんて知らなかった」
「カールは、マルルさんがこれを使って、すべての部屋を花畑にしようとしたから捨てろと言ったんだってな」
「えーっと、覚えてないけど」
するとマルルが、こっちを見て叫んだ。
「カルルンは、なんでもすぐに捨てろって言うのーっ。宝物の価値がわかってないのーっ」
赤い髪の勇者は、マルルに笑顔を向けた。マルルは叫んで気が済んだのか、メンテナンス作業に戻った。ちゃんと周りの声が聞こえているんじゃないか。
「ふふ、マルルさんは可愛いね」
「はぁ……じゃあ、僕がなぜこのロボに入れられることになったのかは聞いてないんですか」
「いや、砂漠で寝てたから拾ってきたと聞いたよ。勇者の街には行かなかったのか? その前に睡魔に勝てなくなったってところか」
砂漠で? あぁ、エスケープが作動したんだな。仮死状態を継続し、敵の視線がそれた隙に脱出する……砂漠までしかワープできなかったのか。いや、砂漠といっても広いがな。
だが、視線がそれた隙に? シードルにチカラを奪われたなら、エスケープを作動させる魔力など残っていなかったんじゃないか?
ということは、チカラは奪われていないのか? だが、サーチもできぬし……うん? この場所は一体?
「あの、アークさん、ここはどこですか」
「砂漠だよ? あの階段を上がると、オアシスのある集落の湖がある」
「砂漠の集落の地下ってことですか?」
「この上あたりは、集落だね」
「カール、この巨大地下秘密基地は、広いんだよん」
「秘密基地なの? マルルが……マルルさんが作った?」
「作ったのは妖精さんだよん」
「妖精?」
「うん、砂漠の集落にいる人形みたいな可愛い妖精さん」
彫刻の呪具のゴーレムか。なるほど、砂漠の中なら、アイツらの庭みたいなものか。
「そう、僕はどれくらい寝てたの?」
「うん? いっぱいだよねー」
シルルは、数えていなかったのか、赤い髪の勇者の方を向いた。
「あはは、確かにいっぱいだな。勇者の街に行ってくると言ってから、そろそろ1ヵ月になるんじゃないか? あー、カール、腹が減っただろう。ちょっと集落で買ってくる」
「じゃあ、私はアプル村から、リンゴもらってくるよん」
「えっ? 集落はこの上でも、アプル村は遠いのに」
「大丈夫だよん。秘密基地はアプル村にも出入り口があるから。クゥちゃん、行こう」
赤い髪の勇者は階段を上り、シルルは赤ん坊ドラゴンを連れて、通路の方へと走り去った。その先には転移魔法陣が見えた。なるほど、地下は転移を使えるようにしてあるのか。
この場には、マルルと配下のみになった。
「マルル、どういうことだ?」
「うん? いま聞いたとおりだよ」
「俺はなぜ、エスケープを使えた?」
「あー、えっとね。カルルンの逃亡魔法が作動しなかったから、ゲロガエルを降らせたの。カルルンを殺そうとしたから、上空に集めてたんだよーっ」
「は? カエル?」
「それから、秘蔵の悪魔っ子ボンバーを使ったの。そしたら、逃亡魔法が作動してカルルンが消えたんだけど、魔力の痕跡を残したままだったから、カルルンの魔力の痕跡をお掃除ロボに掃除させてたの。そしたら、お掃除ロボが爆破されちゃったの。シードルさまなんて大っ嫌い」
「はぁ」
マルルが何を言っているか、全くわからん。だが、俺はマルルに助けられたようだ。
「この場所から外の様子がサーチできないが……」
「うん、秘密基地だから、地上からも見えないし、地下からも地上はサーチでは見えないの」
「いつ、作った?」
「カルルンを拾ってから作ったよー。シードルさまが、カルルンの死体を捜してるみたいだったから」
「そうか。おまえには命を救われたな、ありがとう。シルル達には、俺の正体は明かしてないんだな」
マルルは、照れ笑いをしながら言った。
「カルルンは、魔王カルバドスだって言ったよ」
「信じてないだろう?」
「うん、だから、城に引きこもってる人達も連れてきたよー。そしたら、びっくりしてたよーっ。きゃはは」
次回は、3月30日(月)に、投稿予定です。




