66、偽物の神、善人の神父
俺達は、迎えに来た男達に連れられて、神都の中で最も大きな中央教会にやってきた。
たくさんの信者がいる中を歩くと、視線が突き刺さる。だが、みな、貼り付けたような笑顔だ。目つきは冷たいのに笑顔というのは、少々気持ち悪いものだな。
「こちらでお待ちください」
俺達を広い礼拝堂に案内し、迎えの男達は出て行った。
上を見上げると、天井は高く、白い趣味の悪い彫刻が施されていた。あれは光の柱の白い石碑と同じ材質だな。天井すべてが、シードルの目か。
「カール、何を見てるの?」
「いや、何でもない」
「天井が高いだろう? この教会の礼拝堂は、すべての種族が入れるように作られているらしいぞ」
「ふぅん。クゥちゃんが大人になっても入れるね」
「クゥは、ここまで大きなサイズにはならないよ。小型ドラゴンだから頭がいいんだ」
「そっか。クゥちゃんはあまり大きくなったら、ナデナデできないもんね。よかった〜」
クゥ〜
「シルルちゃん、ほんと仲良しだな。まぁドラゴンは成長が遅いから、俺達が生きている間はずっと小さいかもな」
「じゃあ、よかった」
クゥ〜ッ!
このくだらない会話を、シードルはじっと聞いているのだろう。天井にわずかな魔力を感じる。だが、見上げると魔力はフッと消える。
俺達を待たせている間に、観察しようということか。えらく慎重だな。後ろめたい証拠だ。
「わぁ〜!」
上から光が降りてきた。いかにも神が降臨したといわんばかりの演出だ。
赤い髪の勇者が、仰々しくひざまずいた。上を向いてぽかんとしていたシルルも、慌ててそれを真似た。
(仕方ない、俺もやるか……)
気がすすまないが、今の俺は人間のガキだ。ふっ、紫の髪のガキを見て、アイツが何を言うか楽しみだ。
俺も、ひざまずき、頭を下げた。何人かの気配を感じたが、アイツはまだ居ない。一番最後に降りて来る気か。つまらん演出だ。効率が悪い。
「皆さん、来てくれてありがとう。そんなにも、かしこまらずともよい。楽にしなさい」
男の声がした。シードルの声だ。だが、シードルの気配はない。どういうことだ?
赤い髪の勇者が、立ち上がった。シルルもそれを真似た。俺もそのあとに続いた。
上から降りてきたのは、神殿にある教会の神父、数人の聖職者、そしてシードルの姿をした何者かがいた。
そして、天井からは、やはりわずかな魔力を感じる。アイツは天空から、この場面を見ているのか。会いたいと言って呼び出しておいて、直接会う気はないのだな。
まぁ、それならよい。俺の素性がバレることも……うん? シードルのフリをしている男が、突然強いサーチの光を放った。頭の中に潜り込んでくる。俺は咄嗟に考えることをやめ、頭の中を空っぽにした。
ぽかんとした表情になったのかもしれない。その男と、バチッと目が合った。俺は、頭の中を空っぽにしている。
「ふふ、驚かせてしまいましたね。こんな強いサーチを浴びたことがないのでしょう。初めて会った人はすべて頭の中を覗かせてもらっています」
シルルもぽかんとしている。
赤い髪の勇者は、緊張した顔だ。こんなにガチガチになっていると、考えていることがダダ漏れだろう。
奴はサーチをやめた。欲しい情報は手に入れたらしいな。そして、やわらかな表情で話し始めた。
「今朝早くに、皆さんは、神都に入り込んだ魔王軍を討伐してくれたようですね。感謝します」
「い、いえ、俺達なんて、そんな……」
ガチガチの赤い髪の勇者は、妙に大きく響いた自分の声に戸惑ったのか、最後は何を言っているか聞き取れない。
「皆さんの功績を称え、教会の勲章を与えようと、来ていただきました」
そばにいた聖職者が、短剣を取り出した。
「ただの勲章というのも実用性がないので、功績に応じて勲章を付けた道具を与えることにしています。剣を振るった人には、神の剣を授けます」
(光属性の短剣か)
俺は咄嗟にバリアを考えたが、逆効果になるかもしれん。反発するなら、弱い方がダメージは少ない。おそらくあれを、本来の俺が受け取ると、手が燃え上がるだろうな。
シードルのフリをしている男に、聖職者が短剣を渡した。別の聖職者が、それを受け取りに行くようにと、促した。短剣は二本ある。
ガチガチの赤い髪の勇者が、まず受け取りに行った。彼が受け取ると、短剣はわずかに光った。なるほど、サーチだけでなく、道具でも調べようということか。あの光は、勇者だという証か何かだろう。
(マズイな。まぁ、バレてもよいか)
次は俺の番だ。
シードルのフリをした男に近づいた。手を出したが……やはりどんな衝撃があるかと考えると、受け取る気にはなれなかった。奴が渡そうとしたときに、俺は手を引っ込めた。
「どうしました?」
奴は、再び強いサーチ魔法を浴びせた。
「あの、なんだか怖くて」
俺が怖れているのは事実だ。奴は、サーチをやめ、ニッコリと微笑んだ。
「とても遠慮がちな人なのですね。もしくは、疑り深いのでしょうか」
「あー、いえ」
「戸惑って怖れているのが伝わってきました。あなたにとって、私は怖ろしい存在なのでしょうか」
(コイツは何を言っている?)
俺が黙っていると、宿に来た神父が、口を開いた。
「カールさん、でしたね。生まれはどちらですか? 神都に来られた経緯は宿のご主人から聞いています。神から勲章を賜ると、操られるとお考えですか」
それを聞いて、短剣を受け取った赤い髪の勇者は、ギクッとしていた。この剣にそんな呪いのようなものは、付されていない。
ふむ、やはり、俺の素性を知りたくて招いたのだな。だから、シードルはこの場には降りてこない。なるほど、紫の勇者の家系の復讐を怖れているのか。ふっ、面白い。
俺は、神父の方を向いた。
「僕は、東の方の生まれです。生まれた場所は何もないへんぴな森の中だったみたいです」
「東というと、魔王城がありますね」
シードルのフリをしている男から、またサーチ魔法が当たった。コイツはいちいちウザいな。
「そうですね。僕が生まれた場所は何もないゴミだめのような場所だったそうです」
「ご両親は、今はどこにいらっしゃるのですか」
「わかりません」
「そう、ですか。苦労されたのですね」
俺はあいまいな笑顔を浮かべた。
神父は、パンと手を叩いた。いま、まさに何かを思いついたという顔をしている。わざとらしい。
「カールさんには短剣のかわりに、優先的に神の洗礼を受けてもらえるよう、手配しましょう。そうすれば、きっとこれからの毎日は、明るく楽しいものとなりますよ」
「ダメっ! カールは洗礼を受けないもん」
シルルが話に割り込んだ。あー、妙なことを言い出しそうだな。念のため、魔法の発動準備を始めるか。
「お嬢さん、なぜダメなのかな。何か聞いていることでもあるのかな」
「えっ、あぅ、わかりません」
シードルのフリをした男は、今度はシルルにサーチ魔法の光を当てた。うむ、あの婆さんに危険が及ぶ、か。
俺は、俺達3人と1匹にバリアを張った。サーチの光も弾くように思念バリアも重ねた。
すると、シードルのフリをした男の目つきが変わった。ふっ、マルルよりもサーチ能力は低いらしいな。
「カールさん、急にどうしました?」
「さっきから、変なサーチ魔法が気持ち悪いんです」
「それは、神に対する……」
「その人は、神シードル様ではありませんよね」
「な、何をおっしゃって……」
「神なら、いちいちサーチ魔法なんて使わなくても、真実かどうかの判断ができるんじゃないですか」
俺がそう言うと、シードルのフリをした男は、驚いた顔をしていた。
「なぜ、そのように……」
この神父は、善人なのだろう。心底、シードルを信じているようだ。こういう盲目的な男は利用しやすい。
「僕は、レーフィン様を知っています」
その名を出すと、神のフリをした男の表情に焦りがみえた。笑顔を貼り付けているが、明らかに動揺している。神父は、その名がわからないらしい。
「レーフィン様とは?」
「あ、洗礼名は、レイフィールド様でしたね」
「えっ!? 伝説の紫の勇者のレイフィールドさんでしょうか」
「そうですよ。レーフィン様は魔族に変えられ、今は魔王城に居ます。内勤をしているようですから、外には滅多に出られませんけど」
「生きている? まさか」
「神父様、そちらの神に化けている人は、ご存知のようですよ。きっと神父様は騙されています。神都の教会は、再び戦乱を引き起こそうとしている」
神父は、ハッとした顔をして、シードルのフリをした男の方を見た。一方で、シードルのフリをした男は、ホッとした顔をしていた。
(その表情で十分だ)
俺が……紫の勇者の家系が、神に復讐に来たわけではないとわかっただろう。俺が、神都の教会が暴走しようしていると指摘した。だから安堵の表情なのだ。首謀者は、シードルだと、認めたのと同じだ。
天井からの魔力はフッと消えた。シードルも、自分に矛先が向いていないとわかり、安堵したのだろう。
俺は、覚悟を決めた。これで、何の迷いもなくなった。教会の一部の信者の暴走かもしれないという選択肢は消えたのだ。
「僕は、再び戦乱が起こらないようにしなきゃいけないんです。神父様、神都の教会を説得してください。今朝の魔王軍騒ぎは、あれは偽物です」
「何か根拠があるのですか」
「僕が、もし魔王軍を率いてこの神都を攻めるなら、アンデッドなんて使わない。神の光魔法に耐性のある部隊を編成します」
「確かに、その点は私も不思議でした。私は天空の神殿にいますから、神都の事情はわからない部分もあります。少し、時間をいただけますか」
俺はコクリと頷いた。




