49、赤ん坊ドラゴンのサソリ退治
翌朝、珍しくシルルが夜明け前に目を覚ました。俺は寝たふりをしつつ、シルルの様子を見ていると、赤ん坊ドラゴンが眠る床にぺたりと座り込んだ。そして、にへらにへらと笑っている。
(なんだか、マルルのような笑い方だな)
昨日生まれた赤ん坊ドラゴンは、その身体はひとまわり大きくなっていた。大きめの水筒くらいだろう。生後丸一日で、倍の大きさになる種もいるから、ドラゴンの中では成長は遅いようだ。
だが、見た目でわかる程度には成長している。それが、シルルには嬉しかったようだ。
クゥ、クゥ?
シルルに至近距離でジッと見られていることに気づいたのか、赤ん坊ドラゴンは目を覚ましたようだ。
「シッ! クゥちゃん静かにしなさい。まだみんな寝てるんだからね」
そんなことを言っても、まだ赤ん坊ドラゴンは言葉が理解できない。でも、なぜか伝わっているようだ。シルルに口を押さえられ、赤ん坊ドラゴンは、首を傾げながらも黙っている。
(手を食われるぞ)
シルルは、赤ん坊ドラゴンに噛まれるとは微塵も心配していないらしい。ほんとに危機感のない娘だ。
だが、赤ん坊ドラゴンは、少し苦しそうだな。ふむ、仕方ない。
「シルル、何してるの」
俺が声をかけると、シルルはビクッとしていた。そんなに驚くことか?
「あ、カール、クゥちゃんが鳴かないようにと思って」
「苦しそうだけど?」
「えっ?」
シルルは、慌てて手を離した。
クホッ、クゥ、クゥ〜ッ!
「シーッ! クゥちゃん、うるさいよん」
その騒ぎで、ひとりふたりと目を覚ました。まぁ、起きるにはいい時間か。砂漠は早めに越える方がいい。
「あーあ、もう、クゥちゃんってば〜」
赤ん坊ドラゴンよりもシルルの方がうるさい気はするが、まぁ、放っておくか。
シルルは、赤ん坊ドラゴンを抱き上げ、テントの外に出た。
クゥッ、クゥ〜ッ!
外に獲物でもいたのか? 赤ん坊ドラゴンは、急に興奮したような鳴き声を上げた。
「カール!」
(ふむ、トラブルか)
俺は呼ばれて外に出ると、テントのまわりにはたくさんのサソリがいた。砂漠にいるはずじゃないのか?
木のそばでは、赤い髪の勇者がバリアを張って眠っている。そのバリアのまわりにも、異常な数のサソリがいた。もしバリアを張らずに寝ていたら、アイツはサソリの毒で死んでいただろうな。
赤ん坊ドラゴンは、サソリに大喜びだ。餌にしか見えないのだろう。だが、毒がある。大人のドラゴンならそれなりに毒耐性はあるが、赤ん坊ではな。
「クゥちゃん、ダメ!」
シルルが止めたが遅い。シルルの腕から飛び降りた赤ん坊ドラゴンは、サソリの中に突っ込んだ。自分の半分くらいの体長の大量のサソリに囲まれ、嬉しそうにしている。
シルルは、赤ん坊ドラゴンを助けようと、サソリの中に飛び込みそうだったので、俺がシルルの腕を掴んだ。
「カール、離して。クゥちゃんが落ちちゃった」
「大丈夫だよ。自分から飛び込んだでしょ。あの子にはサソリは、餌かオモチャに見えているよ」
「毒があるよ。クゥちゃん、死んじゃうよ」
「僕が毒消しをする。毒を食らうことで毒耐性がつくこともあるから、放っておけばいいよ」
「でも……」
「もしかしたら、シルル姉ちゃんを守るつもりかもしれないよ。それを邪魔すると、拗ねるんじゃないか」
「えー……」
俺達が話している間に、赤ん坊ドラゴンは、サソリを踏みつぶし、尾を振り回してひっぱたき、火を吐いていた。あっ、一体食ったらしいな。口元にサソリの毒がついている。だが、口に合わなかったようだ。
踏みつぶしたグチャッという音が楽しいのか、逃げるサソリを火で足止めして、ピョンピョンと飛び跳ねながら踏みつぶしていた。
あっという間に、ほとんどのサソリが動かなくなった。だが、あたりは踏みつぶされたサソリの体液と毒で、すごい刺激臭が漂っていた。
クゥ、クゥ〜!
毒とサソリの体液まみれになった赤ん坊ドラゴンは、シルルの方へと戻ってきた。
『おまえ、毒まみれだからシルルに触るなよ』
俺が念話でそう言うと、赤ん坊ドラゴンはピタッとその場で動きを止めた。だが、シルルに褒めてもらいたかったのだろう。この世の終わりかのような、絶望感を漂わせた表情をしている。
「あれ……クゥちゃん、苦しそう。カール、早くなんとかして」
(いや、打ちひしがれているだけだ)
「毒まみれだから、シルルに触るなって念話したんだよ」
「えー、どうして〜」
「あのまま、シルルにすり寄ってきたら、シルルは毒に当たるよ。サソリの毒は、刺されなくても触れても吸収してしまうからね」
「じゃあ、カール、この辺の……」
「うん、ちょっと掃除するよ」
俺は、水魔法に毒消し魔法を混ぜて、辺りにまいた。そしてサソリの死体の始末のために、火魔法を使った。なぜ俺がこんな掃除をしているんだ?
俺は、赤ん坊ドラゴンを睨んだ。すると、もう自分のしでかしたことを忘れたのか、首を傾げている。バカだろ、おまえ。
毒とサソリの体液まみれの赤ん坊ドラゴンにも、毒消し魔法と水魔法を浴びせた。水が嫌なのか逃げようとしたので、重力魔法で拘束して、身体についた汚れを落とした。
クゥ、クゥ、クゥ
弱々しい声を出しても騙されないからな。砂漠に出て、サソリで遊ぶと厄介だ。身体を毒まみれにすると、こういう目にあうと学習させることも必要だ。
「シルル、もういいよ。洗浄終わったよ」
「カール、ありがとう!」
シルルは、びしょ濡れで弱々しい声を出している赤ん坊ドラゴンの頭を布で拭いてやっていた。
「クゥちゃん、身体が汚れたからカールが洗ってくれたんだよ。あんなに毒まみれになっちゃダメだよん。クゥちゃんの身体にも悪いからね」
クゥ〜ッ
そして、シルルは、赤ん坊ドラゴンに、白い『魔力だんご』を与えていた。そこまでする必要はないのだがな。
だが、さすがドラゴンか。硬いサソリの身体は、剣ではなかなか切れない。だが、踏み付けには弱い。ピョンピョンと飛び跳ねることで、今の身体をフルに使って敵を仕留めるセンスは抜群だな。
「その子、すごく強いんですね」
テントから見ていた女性が声をかけてきた。
「うん、クゥちゃんはドラゴンだからね」
「えっ!? そんなに小さなドラゴンですか」
「まだ赤ん坊だから。でも、よいこだから、大丈夫だよん」
「そのようですね。サソリを駆除してくれていたのを見ていました」
シルルがリンゴジュースを絞り、俺達は簡単な朝飯を済ませた。昨日と同じものだから、ちょっと飽きてきたな。
だが、昨日泊めた女性達は、とても美味しいとシルルを褒めていた。焼いた肉をパンに挟んだだけなのにな。
赤ん坊ドラゴンには、新たに生肉を与えていた。アイツの飯のために、いちいち俺が解凍作業をさせられるのもな……。もうそろそろ、自分の飯は自分で狩りできるんじゃないのか?
まぁ、シルルが餌を与えるのが楽しいようだから、まぁ、仕方ないか。そしてもらう赤ん坊ドラゴンも、嬉しそうだ。ほんとに甘えん坊なドラゴンに育っている……。俺は知らんからな。
「お世話になりっぱなしで、ほんとにありがとうございました」
「旅人は助け合うものだって。だから気にしなくていいよん」
簡単な挨拶をして、女性6人は、俺達より先に出発した。シルルが妙に大人な対応をしている。ふむ、これもマシューやレイシーの教育の成果なのだろう。
「俺達も出発するか」
「カール、ダメだよ。まだアークさんが寝ているもん」
シルルは、赤ん坊ドラゴンと丘の上を走り回って遊び始めた。鬼ごっこなのか、何なのかはよくわからない。まぁ、楽しそうだからいいか。
北上して砂漠を超えたら、一気に都会になるからな。草の上を走り回ることは、もうそれほどないかもしれん。
そして、昼近くになって、やっと赤い髪の勇者が起きてきた。聞くと、野盗が出たとかで夜が明けるまで眠れなかったなからしい。
(俺は眠っていないが、そんな音は聞こえなかったぞ)
「もう、アークさん、ほんと、朝弱いよね」
「シルルちゃん、そう言うなよ。待たせて悪かったな。じゃあ、砂漠を越えようか」
「アークさん、もう昼ですけど」
「そんなに距離はないから大丈夫だ。ちょっと暑いかもしれないけどな」
俺は冷ややかな目で睨んだが、赤い髪の勇者は気にするそぶりもない。クズだな。
俺達は、やっと丘を出発した。丘を降りると、すぐ砂漠になっていた。シルルは、赤ん坊ドラゴンを地面に下ろした。抱きかかえたままでは、慣れない砂の上を歩けないのだろう。
一方で、赤ん坊ドラゴンは砂が嬉しいのか、コロコロと転がりながら移動していた。俺達の前を先導するかのように転がっているが、まっすぐ進めないらしい。いや、わざと変な方向に転がって遊んでいるのかもしれないな。
「クゥちゃんは、砂だらけだね。カール、また洗ってね」
「ん? 砂なら大丈夫だよ。毒じゃないから」
「そう? でも」
「シルルは、ちょっと過保護すぎるかもしれないよ。放っておくことも必要だよ」
「うーん」
「あはは、シルルちゃんは、クゥちゃんのお母さんみたいだね」
「えー、私はお姉ちゃんなの」
赤い髪の勇者は、空気を読まない。ほんと、ポンコツだな。あっ、あれは集落か? 水のニオイもするから、オアシスか。
「あれ? なんか家がある?」
「シルルちゃん、砂漠のオアシスだよ。中央部の砂漠化した場所は、水たまりや湖がある場所には、宿泊できる集落ができているんだ」
「へぇ、でも、廃墟かな? 壊れてるね」
「おかしいな、このルートは人通りが多いから、寂れるわけはないはずだが」
目の前には、まるで廃墟のようなボロボロの集落があった。戦乱の犠牲になったのだろうか。
(いや、それにしては、様子がおかしい)




