46、砂漠の見える丘
「キャハハハ、もう、カールってば、今度は呪術士ごっこ? 魔王ごっこはやめたのー?」
「カール、助かったよ。キミは度胸があるな」
ごっこ遊びだというなら、魔王ごっこではなく勇者ごっこだ。ふむ、呪術士ごっこに変えようか。
「さっきの人達、なぜ呪われると職を失うって言ってたんだろう」
「カール、教会の洗礼を受けた人達だからだよ。神の洗礼を受けて清く正しく生きるはずの人が、誰かに呪われるような悪行をすると、教会の仕事はできなくなる。魂が汚れたと、嫌がられるからな」
「でも、教会には呪術士もいますよね?」
「呪いを解くのも教会の仕事の一つだからね。洗礼を受けると、弱い呪いにはかからないそうだ。だから、さっき、彼らは慌てたんだよ。洗礼には、呪術士の呪いを弾き返すほどの効果はないのだろうね」
「へぇ」
俺達は、森の中をさらに北上して行った。途中、シルルがお腹が減ったと言い出したときには、なぜか、俺に眠っている赤ん坊ドラゴンを押しつけた。
そのため、俺はシルルが何かを食べるときや飲むときには、何度も、赤ん坊ドラゴンを押しつけられた。赤ん坊のくせに、けっこう重い。見た目は細いが、腹の中で消化中の肉のせいでこんなに重いのか。
しかし図太い奴だ。いや、安心しているのか。全く起きる気配がない。
(あー、ニオイか……)
そういえば、俺もシルルも、この赤ん坊の親の唾液が手についている。洗ってもこの臭いはしばらくは取れないだろう。隠すことなら魔法で可能だがな。
そのため、この赤ん坊は安心して眠っているのだ。
と、いうことは、俺も親だと認識されていそうだな。ふむ、まぁ、仕方ない。俺が生み出した新種のドラゴンだ。俺が親だという認識は、間違いではない。
「カール、このまま行くと、砂漠で夜になってしまう。森の中で、もう一泊して、明日、一気に砂漠を越えよう」
「砂漠を回避して、森の中を通っているんじゃないのですか。あっ、そうか、砂漠がこんな西まで広がっているのか」
「そうだよ、横断するには、ここが一番距離が短いはずだ。さらに西に行く方が砂漠は狭くなるが、この平面世界の端に近づくことになる。だから、砂嵐が起こりがちだから危険だ」
確かにこの平面世界の西の端は、世界の終わりの制御が全くできていない。東の端は、魔王城がキチンと制御しているから、天候は荒れないのだがな。
西の端は、天空にある神殿が制御するはずだが、シードルは神都のある北部にしかコントロールしていないらしいな。
(アイツの怠慢だ)
赤い髪の勇者は、砂漠の見える小高い丘に、テントを張っていた。この場所は、俺達以外にも、いくつかのテントがあるようだ。みんな砂漠を越える前に、この場所で休むらしいな。
「あれ? お店があるよん」
「そうだね、行商人がいるようだな。だけど、シルルちゃん、近づかない方がいい」
「ん? どうして?」
「旅人は行商人には警戒が甘くなる。そこを狙った野盗も多いんだ。特に、女性は危険だからな」
「そっかー、わかった」
そう言いながらも、シルルは興味津々だ。危機感のない娘だ。声をかけられると絶対ついていくだろう。
「僕、様子を見てくるよ」
「えー、カールが行くなら私もいくもん」
「シルルはダメだよ。それに、ドラゴンを抱えていくと、怖がられるかもしれないし」
「じゃあ、アークさん、クゥちゃんを抱っこしててー」
「えっ? 俺がか?」
シルルは、赤い髪の勇者に眠っている赤ん坊ドラゴンを押しつけた。しかし、コイツ、ずっと眠っているな。赤ん坊とはそういうものなのか?
だが、シルルが、勇者に渡したとたん、状況が変わった。赤ん坊ドラゴンは目を覚まし、勇者の腕から飛び降りた。そして、勇者を威嚇するように、彼のまわりをひょこひょこと歩き始めた。
グゥォ〜!
赤ん坊のくせに低い唸り声だ。ふむ、これはドラゴンの威嚇音だな。勇者を敵だと感じたらしい。そういえば、勇者はコイツの親の臭いをつけていなかったな。
そして何より、勇者がコイツを怖れていることがすべての原因だろう。だから、敵か、もしくは餌だと感じたのだ。
「クゥちゃん、ダメ!」
シルルにそう言われて、赤ん坊ドラゴンはビクッとしていた。そして、シルルを見て、クゥ、クゥと鳴いている。
「シルル、腹が減ったのかもしれないよ。あんなにパンパンだったお腹が、ぺったんこだよ」
「えー、まだ晩ごはんじゃないよ」
「シルルちゃん、おじさんはこの子に嫌われているようだ」
「アークさんがビビるからですよ。シルルはビビってないですから」
「でも、ドラゴンは生後0日でも、人間くらい狩るからさ」
ふむ、仕方ない。シルルは興味を持ったら頑固だ。ここで断ると、シルルは俺に隠れて、こっそりと覗きに行くかもしれん。そうなると、余計に面倒だからな。
まぁ、あの行商人が妙な奴なら、ドラゴン連れの方がいいか。赤ん坊でも、シルルを守るくらいはできるだろう。
「じゃあ、シルル、その子、抱っこしてて。一緒に店を見に行こう。地面に降ろしちゃダメだよ、怖がられるから」
「うん、わかった。クゥちゃん、おいで」
そう言うと、シルルは赤ん坊ドラゴンの尾をむんずと掴んで引き寄せた。ドラゴンが逃げようとしたせいだが、しかし赤ん坊の尾を掴むなよ……ますますシルルは怖がられるぞ。
ヤツは、シルルの腕の中で落ち着きなくゴソゴソしていたが、シルルに叱責されて動きを止めた。たぶん、無理な抱き方になっているのだろう。
まぁ、すぐに抱きかかえられなくなるだろうから、放っておくか。ヤツは、シルルの隙をみて、尾を動かしていた。そしてようやく落ち着いたのか、シルルに頭をすり寄せている。
「もう、クゥちゃんってばー。おねだりしても、晩ごはんはまだだよん。よいこにしてなさい」
「シルル、それ、甘えているというか、絶対服従を示しているというか……おねだりじゃないと思うよ」
「ふぅん」
シルルは納得していない妙な顔をしていた。まぁ、いいか。
俺達は、仮設店舗のようなテントへとやってきた。店にいたのは、魔族の男達だった。こんな店にしては人数が多い。5〜6人、いやもっと居るか。テントの横には、馬鳥車がある。荷車は少し特殊だった。ただの木材ではなく、あちこち強化してあるようだ。中には人の気配がするな。
「何のお店ですかー?」
「いらっしゃいませ。これは綺麗なお嬢さんだ。ん? 姉弟ですかな」
「うん、この子は、私の弟だよん」
シルルは、嬉しそうな顔をして、赤ん坊ドラゴンを見せていた。店にいた男は、一瞬その表情を曇らせていた。
「違うよ。このおじさんは、僕と姉弟かと言ったんだよ。僕の方が年上なのに、何言ってんの?」
俺は不機嫌な表情を作った。この方が舐められないだろう。どうやら、コイツらはまともな行商人じゃなさそうだからな。
「それは失礼。いろいろな街から集めた珍しい物や、食料を売っていますよ」
「これは、砂漠の野菜ですかー?」
「あぁ、サボテンですよ。水分をたくさん蓄えているから、水代わりになりますよ。ストローを突き刺して飲んでもいいし、表皮をむけば保冷剤としても使えますよ。砂漠越えには必需品です」
「へぇ、すごい野菜なんだねー。カールどうする?」
「ひとつ、いくらですか?」
「短いのは銀貨1枚、長いのは銀貨3枚だよ」
(は? 銅貨の間違いじゃないのか?)
「えー、高いよん」
「でも、砂漠で水がないと越えられないですよ」
なるほど、こういう奴らがサボテンを乱獲するから、余計に砂漠化が加速するんだな。
「おじさん、サボテンはいらない。僕、水なら魔法で出せるから」
「えっ? 人間なのにか? あ、いえ失礼。もしかして、勇者の家系の子ですかな」
「そんなこと、どうでもいいだろう。他には何か珍しい物はないの?」
「食料は、ちょっと少ないんですけどね。魔道具やアクセサリーはどうですかね」
見せてきた物は、どれもガラクタだった。だが、妙だな。あの魔道具は、見覚えがある。魔王軍が戦乱で井戸が濁って使えなくなった場所に、無料で配っているはずの浄水器だ。俺が以前、兵器製造の呪具に大量に作らせたから、余り物が出回っているのか?
「どれも使わないものばかりだな」
「うん、珍しいごはんはないねー」
(シルルは食うことしか考えていないのか?)
「シルル、行こう」
俺は、シルルを連れて、赤い髪の勇者のテントに戻ろうとしたが、行く手を塞がれた。
「坊や、冷やかしは困るねぇ。何か買ってもらわないと。俺達が、時間をかけてやったんだからな。買わないなら客じゃない。その魔法袋を置いていってもらおうか」
「どうして魔法袋を置いていけって言うの? 魔法袋が足りなくて困ってるの?」
シルルは、何もわかっていない。きょとんとしている。俺は、魔法の詠唱を始めた。もちろん声には出さない。防御系を中心にいろいろと準備しておくか。
「あぁ、困ってるんだよ。置いていってくれるかな」
「うーん、カール、あげられる魔法袋はないよね。二つは預かり物だし、ひとつはカールのだもん」
「シルル、ちょっと下がっててくれる? 僕が話すよ」
(よし、準備完了だ)
「坊や、全部置いていってほしいんだがな」
「嫌だね。おじさん達、死にたいの?」
「なんだと? 人間のガキが! 素直に差し出せば、命までは取らないつもりだったがな」
「魔法袋だけじゃなくて、シルルもだろ。値踏みするような目で見やがって。あの荷車の中の女性達も誘拐したのか」
俺がそう言うと、奴らは一斉に剣を抜いた。俺は、まず、絶対防御の魔法を発動した。




