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44、シルルのわがまま

「カール、そのたいまつ貸して〜」


 シルルはそう言うと、俺の手から、魔物の骨で作った即席たいまつを奪った。


「うぇ〜、なんか、びちゃっと変なものが手についたぁ」


「昨日のトカゲの唾液じゃない? アイツらが食い散らかしたゴミだからさ。骨の部分を持たないと」


 シルルは、俺からたいまつを奪うときに、下の方の生肉が付いている部分を握ったらしい。反対の手に持ち替えて、手のにおいをスンスンと嗅いでいる。そして、ゲホゲホと咳き込んでいた。


「くっさーい! これ、骨のとこも臭いよ」


「食べかすが腐っているんじゃないか?」


 赤い髪の勇者は、俺が作ったたいまつにサーチ魔法を当てている。何を調べているんだ? まさか、たいまつを調べているのか?


「うん、魔物の肉が腐って、ドラゴンの唾液と混ざったんじゃないかな。それ、洗ってもなかなか臭いは取れないかもしれないな」


「えー! カール、なんでそんな臭いもので、たいまつ作るのー」


「シルルが、勝手に僕から取り上げたじゃない」


「シルルちゃん、その素材で作ったから、洞穴内の小動物は怖がらないんだよ?」


「あーん、もう! くっさーい!!」


 そして、無意識なのかバカなのか、シルルは、自分の服で手を拭いていた。そして、しまったという顔をしている。


「いつものくせで、エプロンしてないのに服で拭いちゃった……」


 そういえば、いつもシルルは、腰に白い布を巻いていたか。


「シルルちゃん、服に付くと、もっと取れないよ」


「えーっ……もう、カールのバカっ!」


(は? なぜ俺が罵られるのだ?)


 俺は反論しようとしたが、シルルの落ち込む様子を見ていると、まぁいいかという気になった。俺も歳をとって丸くなったものだ。




 シルルは、俺を罵って気分の切り替えができたのか、ワクワクした表情で、奥にある卵に近づいていった。


 あれは巨大トカゲの卵だろう。食うには大きいが、肉が美味いのだから、卵も美味いだろうな。


「カール、これ、持って」


 シルルは俺にたいまつを渡すと、卵にそっと触れていた。そして、彼女は両手で卵を抱きかかえた。さすが食いしん坊だな。


「シルル、いま、朝ごはんを食べたばかりだから、今から食べようとか言わないでよ」


「カール、何を言ってるのー。食べるわけないじゃん」


「じゃあ、なぜ抱きかかえてるの?」


「この子は親が居なくなったんだよ? 私が育ててあげなくちゃ」


「は? シルル、トカゲを飼う気か? 魔物は町には入れないよ」


「シルルちゃん、育てて食べる気かもしれないけど、育てると情がわいて食べられなくなるよ」


「食べないよ! 私の妹にするの」


「シルルちゃんは、ドラゴンの血が混ざっているのか」


「ん? 混ざってないよん。狐だよ、白狐。パパは巨人族だけど」


 そうシルルが言うと、赤い髪の勇者は驚いた顔をして、シルルをジッと凝視した。


「神の使いの白狐か? なぜ、魔族なんかと……」


「私は幼い頃の記憶がないからわかんない」


「そ、そうか」


 勇者は、白狐のことを知っているようだ。シルルの母親捜しに使えるかもしれんな。





「お宝も手に入ったから、出発しよう」


 シルルは、卵を両手で抱きかかえたまま、洞穴の入り口へ向かって歩き出した。よく持っていられるな。かなり重いはずだが……さすが巨人族の血か。


「シルルちゃん、卵は置いておきなさい。重いし、もし旅の途中で孵化してしまったら、町に入れなくなるからな」


「嫌っ!」


「ドラゴンと共に旅なんて、たとえ赤ん坊でも、危なくて旅どころではなくなるぞ。シルルちゃん、その子も、ここにいる方が幸せだよ」


「嫌っ!! ひとりぼっちは嫌っ!」


 珍しく、シルルが感情をあらわにした。記憶がないと言っていたが、うまく話せないだけで、消えてしまったわけではないのだろう。


 おそらく、シルルはひとりで不安な日々を過ごしたのだ。マシューに拾われるまで、過酷な状況だったのかもしれない。


(だが、トカゲではな……)


「シルルちゃん、いい子だから、おじさんの言うこと聞いて」


「ぜーったい嫌っ!」



 赤い髪の勇者は困った顔で俺を見た。そんな顔されても知らん。だが、シルルは、頑なだな。家族がいないことが不安なのか。もしくはこのトカゲの親を食った罪滅ぼしのつもりか。


 魔物は、親が食われたからといって、復讐などはせぬ。逆に、トカゲなら、子が親を食うこともあるほどだ。


 だが、まぁ、シルルがこんなに子供っぽく駄々をこねるのは初めて見たな。取り上げると逆に面倒なことになりそうだ。


(ふむ、仕方ない)


「シルル、その卵、地面に置いて」


「カールまでそんなこと言うの? ぜーったい、ぜーったい嫌っ!」


「取り上げようって言ってるんじゃないよ。そのまま両手が塞がっていたら、旅なんかできないよ」


「でも、地面に置いて、どうするの? 魔法袋はダメだよ。魔法袋の中は、時間が止まっちゃうからいつまでも生まれないもん」


「魔法袋なんかに入れないよ。孵化させればいいんでしょ。抱きかかえたままだと、シルルが転んだときに卵を割ってしまうかもしれないでしょ」


 俺がそう言うと、眉間にシワを寄せていたシルルの顔がパァ〜っと明るくなった。


「わかった!」


 そう返事すると、シルルはそっと地面に卵を置いた。


「カール、正気かい? ドラゴンを連れて歩くなんて……」


「トカゲですよ。でもドラゴンに作り変える方がいいですね。その方が言うことを聞かせやすい」


「作り変える? 進化魔法を使えるのか?」


「アークさんには見られたくないんですけど」


「あぁ、やはり、紫の家系には、そんな改造魔法が伝わっているのか。だから、ドラゴンに乗って移動できるのだな」


 俺は、赤い髪の勇者が何を言っているのか、全くわからなかった。人間ごときが種族の進化や改造ができるわけないだろう? これは、神のチカラだ。俺は、神の分身でもあるのだからな。


「改造魔法? そんな大げさなことはできませんよ。知能を上げるだけです。あの……」


「あー、成長魔法か。それなら俺にもできるぜ。草木を成長させる程度ならな。なるほど、あれを応用するのか……」


 赤い髪の勇者は、ひとりでぶつぶつ言いながら、俺から離れた。勇者は、家同士に対立がある。だから、見られたくないと言えば、勝手に、家の秘伝だと解釈してくれる。


 覗き見などをしようとしないのは、勇者独特の美学なのかもしれんな。うまく利用すれば、近寄らせないことができる。


 さすがにすぐ近くで見られると、俺の魔法が人間の域を超えていると見抜かれるからな。



「シルルも、離れてくれる?」


「えーっ、私は孵化するところを見たいもん」


「でも、変な魔法を使うよ」


「大丈夫! 私、魔法はほとんどわかんないから」


(まぁ、そういえばそうだな)



 俺は、シルルを遠ざけることは諦め、魔法の詠唱を始めた。詠唱しながら卵の中を透視してみると、もうかなり育っているようだ。なんだ、これは食べられる状態じゃなかったか。


 かなり育っている状態からの作り変えは、少し手間がかかる。だが、より知能の高いドラゴンになるだろう。


 サイズは小型に。知能は可能な限り高く引き上げようか。性格は生まれてからだな。そして俺は作り上げたイメージを組み込み、神のチカラを放った。そう、創造魔法の一種だ。


 ピカッと強い光に、洞穴内は白く光った。そしてその光は、卵の中へと吸収されていった。卵の中では急速に成長が始まった。


「シルル、もう近くに来てもいいよ」


 強い光で、少し離れたシルルだったが、俺がいいと言うと、すっ飛んできた。ふふっ、子供だな。目をキラキラと輝かせている。


 パリッ


 卵にヒビが入った。いよいよ孵化だな。どんな姿をしているか楽しみだ。新たな種だからな。


 シルルは、ジッと見守っている。


 ピキッ、パリッ


 卵に大きな亀裂が入った。


 クゥ? クゥ、クッ、クゥ〜


 頭が出てきた。おかしいな、間抜けなツラだ。知能は高く設定したはずなんだが。


「頑張れ! 殻から自力で出るんだよん」


 シルルが、応援を始めた。ふっ、シルルの方が気合いが入っているじゃないか。この赤ん坊は、ボケーっとしている。まさか、自力で殻から抜け出す根性がないんじゃないだろうな。


 俺としては、新種のドラゴンを作り出したというのに、殻から抜け出す根性もないなんて認めたくない。失敗作じゃないか。


 クゥ〜、クゥ〜


 赤ん坊ドラゴンは、俺とシルルを交互に見て鳴いている。まさか、甘えているのか? ヘタレじゃないか。


 シルルが、赤ん坊ドラゴンの頭をそっと撫でた。すると、シルルの腕に頭をこすりつけている。


「カール、この子、かわいい〜」


「シルルに甘えてるね。ドラゴンなはずなのに、甘えん坊だなんて……そんなドラゴンいないよ。失敗したかな」


「そんなことないよん、かわいいからいいの。さぁ、頑張って、殻から出ておいでー」


 クゥ、クッ、クゥ〜


 赤ん坊ドラゴンは身体をバタバタさせた。すると、ようやく殻が完全に割れて、全身があらわになった。


 親は緑色だったはずだが、コイツは薄い黄色というか土色か。尾は白くて長い。体長は水筒くらいのサイズだ。ふむ、通常の小型ドラゴンの赤ん坊の半分以下だな。


「えらいよん。よく頑張ったね、クゥちゃん」


 シルルは、赤ん坊ドラゴンの頭を撫でていた。


「シルル、もう名前を付けたの?」


「うん、クゥって鳴くから、クゥちゃん。私の妹なの」


「あっ!」


 しまった……性別を忘れていた。俺は、赤ん坊ドラゴンをざっとサーチした。知能は高い。成功だ。だが、しかし……。


「カール、どうしたの?」


「それ、オスだよ……」



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