最強魔王、家出する 〜弱体化魔法が生み出す『魔力だんご』で、とんでもないことを始めた魔王の話〜

32、マルルは俺の代わりに……

「そうです、そうです。とても強い人達だから驚きました」

「うーん、そっかぁ」

　マシューの頭の中を覗いたくせに、マルルは完全に忘れているらしい。まぁ、チラッと会った人間のことなど、覚えていないか。

　俺のガキの顔を見たことがあるというのは、やはり、あの勇者に似ているから、か。昔のことを覚えているくせに最近のことを完全に忘れているとは……マルルは大丈夫なのか？

「坊や、あたしと会ったことあるー？」

「はい、広場で会いました」

「ふぅん、だから見たことある顔なのかなー？　きっと大人になったらイケメンになるね。お父さんはイケメンでしょー」

「さぁ？　父さんはいないので……」

「じゃあ、お母さんが綺麗なのね」

「母さんもいませんから」

「そ、そう……大変だね。でも勇者のたまごにはありがちかな。戦乱は終結したよ。でももう少し早く戦乱が終わったら、坊やの両親は元気に笑っていられたのにね……ごめんね」

「えっ？　どうして謝るんですか」

「うーん、戦乱がなかなか終わらなかったから」

（マルル、どういう意味だ？）

「ん？　お姉さんは関係ないのに」

「あちこちで、坊やみたいな勇者のたまごが泣いているんだぁ。きっと、その両親を殺したのは魔王軍だから」

「お姉さんは魔王軍の人なんですね」

　俺がそう言うと、短気な配下がマルルを守るように、マルルの前に出た。

　なるほど、各地でマルルは、魔王軍に向けられた恨みを受け止めているのか。やはり、勇者は魔王軍を、いや魔王を討つことを諦めていないか。

「また怖い顔してるーっ。ダメでしょー」

「はっ、ですが、このガキはどう見ても勇者の血筋を持つ者。両親がいないなら、なおさら……」

「だから、ごめんねって言ったじゃない。それに、坊やは、あたしに何かしようとはしてないよ。シードル様の神具のせいで頭の中は覗けないけど、それくらいわかるでしょーっ」

　俺は少し複雑だった。本来なら、俺がマルルのように、人々の恨みを受け止めねばならないはずだ。俺はマルルに、過大な負担をかけてしまっている。

「あちこちで勇者の家系の人達に会ったんですか」

「ん？　そうだねー。あたし迷い子を捜してるから、勇者の家系の人達にも会っちゃうよ」

「迷い子？」

（俺は、迷い子扱いなのか？）

「そそ。もうシードル様までもが、教会の人に探させてるから、坊やの耳にも入ってるんじゃない？　あちこちに魔王目撃情報が出てるでしょ？　ふらっと出かけて行ったままなのよね〜」

「魔王目撃情報、ですか。聞いたことあるような……」

　あれはマルルのいたずらじゃないのか。ということは、誰が何のために……いや、シードルだな。シードルが俺を捕まえるために、偽の目撃情報を流しているのか。

　マルル達は、それに踊らされて、あちこち駆け回っているということか。

「この近くのリンゴの村にはさっき行ってきたんだ〜。でも、その旅人はもう旅立った後だったのよねー」

（アプル村に来たのか！）

「そ、そうですか」

「あー、お嬢さん、それはカールの芝居ですよ。ちょっと変な人が村に入り込んでいたから、追い払うためにね〜。ふふ、とても上手だったよね」

　そう言うと、マシューは俺の頭をポンポンと叩いた。

（ちょっと待て。なぜバラすのだ）

「えっ？　坊やが、魔王さまなの？」

　マルルは、ジッと俺の顔を見ている。マズイ、眉間にシワを寄せてジッと凝視して……こいつ、本気の全力サーチをしているな。

　だが、いまバレると、シルルまで城に連れ帰られそうだ。まだ、黙っているべきだが、マルルはサーチ能力が高い。マルルの気をそらさねば……。

「えーっと……」

（ダメだ、何も言葉が出てこない）

　俺は、焦れば焦るほど頭の中が、真っ白になった。スーッと意識が飛びそうになる。こんな経験は初めてだ。

　そういえば、ごまかす言葉を考えて脂汗を流したあげく、失神した配下がいたが、アイツはこんな気持ちだったのか。

（ふっ、面白い！　だが、どうしたものか……）

　マルルにジッと見られると、威圧感が半端ないな。マルルの能力を知らなければ気にならないのかもしれない。そうか、気にしないフリをして、だな、それから……。

「マルル様も、ガキを固まらせてるじゃないですか」

　短気な配下が、マルルに反論した。ふむ、ナイスフォローだ。俺が城に戻っても、説教はナシにしてやる。

「あたしが？　どうしてよーっ」

　すると、マシューが、勘違い発言をした。

「お嬢さん、カールはあまり女の子に免疫がないみたいで……。距離が近いから緊張しているんだと思いますよ。広場で会ったときも、かわいいお姉さんって言ってたし」

（ん？　ほう、マルルのサーチは消えたな）

「あー！　思い出した！　あの素直な坊やじゃないっ」

「僕のこと、完全に忘れていたんですね」

「いや、あのね、ちょっとあちこち行ってるから、記憶の引き出しが整理できてなくって、とっ散らかっててねー」

（おまえは部屋の中も、とっ散らかってるだろ）

「ほら、マルル様、ガキが悲しそうですよ。知りませんからね。俺よりマルル様の方が酷いですよ」

「なっ！？　あたしは睨んだりしないよーっ。坊や、えっと、誰だっけ？　あ、そだ、カールちゃん、ちゃんと覚えたからね。泣かないようにっ」

「そんなことで泣きませんよ」

「そ、そう、強い子だね、さすが勇者のたまご。えらいよっ。うん、えらいえらいっ」

（ふっ、慌てておる）

　マルルは、慌てて俺をあやそうとしている。だが、それは、まるで幼児に対する態度だ。

　マルルも俺と同じく長い時を生きている。だから余計に、人間のガキのあやし方は、わからないのだろう。世代も種族も、あまりにも違いすぎるからな。

　短気な配下もその様子を見てニヤッと笑っていた。やはり、コイツは城に戻ったら説教だな。

「お嬢さん、この町にも魔王様の目撃情報で立ち寄られたんですか？」

「違うよーっ。ここに来たのは、毒を垂れ流してるゴミがあるって教会が言ってきたからだよ。でも、その神具を持つ旅人さんが、廃材からカシャンコを作ったんだよねー。毒なんてないじゃないって町長に文句言いに行ったら、そう教えられたから、ここの宿に来たのよ」

（教会が命令してきたか）

「カシャンコの確認ですか？　お嬢さんは、カシャンコをご存知なんですね」

「うん？　確認というか、遊びにというか……。この町のカシャンコは、あたしが知ってるカシャンコとは違うよ。あたしのカシャンコは、こんな風に壁に立てたりしないし、こんな機械と繋がってないもん」

「じゃあ、全然違うものなんですね」

「ん〜でも、音は同じかも。カシャンカシャンって鳴るからカシャンコなのよねー。魔王さまは、あたしの名付けがおかしいって言ってたけど、神具で作ってもカシャンコなんじゃない。あたしの名付けは正しかったのー」

（いや、おまえの呼び名をそのまま使っただけだが）

「名付け？　俺達は、カシャンコって知らなかったんですが、都会では有名な物なんですね」

　マルルとマシューが、妙な会話をしている。まぁ、放っておけばよいか。

　奥でシルルが手を振っているのが見えた。セロファン袋らしき束を持っている。こっちに来られて、団子の話をされるとマズイな。

「じゃあ、僕、失礼します」

「ん？　カールちゃん、放っておいたから拗ねちゃった？」

「いえ、友達が呼んでるので……では」

　俺は、まさかのマルルにペコリと頭を下げて、シルルのいる奥へと小走りで移動した。

　マルルが、シルルをサーチしているのがわかった。ヤバイ、シルルの頭の中を覗かれると、俺の正体がバレる。シルルは、いまきっと団子のことを考えている。

　だが、マルルは叫ばなかった。

（ん？　バレていないのか？）

　振り返ると、マルルは、俺を見てニヤニヤしている。なんだ？　その笑みは？　やはり、バレたのか？

　俺は、マルルが何を考えているか今すぐサーチしたかった。だが、そんなことをすれば一発で俺だとバレる。どうせバレているならいいか。いや、バレていないかもしれない。あー、もどかしい。

「シルル、奥へ行こう。すごい束だね」

「うん、セロファン袋、たくさん買ったよん。役所の人がいたから、カシャンコに使うと言ったら役所で払ってくれるって言うから」

「それで、そんなに抱えてるの？」

「うん、役所の人って、すぐに気が変わるから、くれるときにもらっておくのが鉄則なんだよん」

「ふぅん」

「あ、それから、さっき別の役所の人が、魔法袋を持ってきてくれたよん。素材を途中で取りに行ったんでしょ？　だから、素材集め用だって」

「えっと……それって、他の宿にもカシャンコを置くってことだよね。魔法袋って、安くないよね？」

「うん、高いよん。お願いするときは、私宛に郵便鳥を飛ばすって言ってたけど……カールじゃなくて私なの？」

「僕は、いろいろと道具を使うから、郵便鳥は僕の魔力を追えないと思うんだよね」

「何か持ち物を預けておかないと、郵便鳥を飛ばせないでしょー？　だから、私が家に置いてきた物を借りてもいいかって聞かれたよん」

「そ、そう。貸すの？」

「持ち出されたくないって言ったら、郵便鳥を使うときは、アプル村から飛ばすって」

「そっか」

「それより、先に晩ごはん食べちゃいなさいって、宿のおばさんが言ってるよ」

「それで、僕を呼んだの？」

「うん！　肉だって！」

（な、なんだ……団子のことは考えてなかったのだな）