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22、怪しい湯気にも万能な『だんご』

 俺は、居間に残った重症者をまわり、順に、弱い毒消し魔法をかけていった。


 この程度の数なら、一瞬で全員を完治させる白魔法くらい、ガキの身体でも使えるだろう。だが、勇者は白魔法が得意でないイメージがある。手間がかかるが、弱い回復魔法だけで、治療をしていく方が無難だ。


(勇者ごっこに、こだわらなくてもいいのだが)


 そして、左手では、白い『魔力だんご』をこねていった。かなりの人数がいたから、とりあえず数は適当だ。


「シルル、食べられそうな人に、団子をひとつずつ配って」


「はいはーい。私がお手伝いしてあげなきゃね〜」


 シルルは、団子が無くなると俺のところに舞い戻ってきた。俺は、弱い毒消し魔法をかけてまわりながら、白い『魔力だんご』をこね続けた。


(うむ、シルルが配ってくれるから楽だな)



 だいたいの重症者に、俺は、弱い毒消し魔法をかけ終えた。だが、婆さんの姿を見ていない。


 シルルが、団子を取りに来た。


「シルル、お婆さんがいるはずなんだよね?」


「ん? あー、そういえば、二人とも居ないねー」


 俺は、精度の低い全体サーチ魔法を再びかけた。体力や生命力が低下している人を探した。すると、団子を食べたはずなのに、みんなジワジワと体力が減っていることがわかった。


(なぜだ? うん?)



 俺は、残りの団子をシルルに渡すと、調理場へと向かった。そこには、料理をしている婆さん二人がいた。


 さっき、俺が気になった湯気が出ている場所の近くにいる。その二人の様子は、おかしかった。何かに取り憑かれたかのような、うつろな目をしている。


 俺のあとを追いかけてきたシルルも、その異変に気付いたようだ。団子で完治した他の人も、何人か様子を見にきた。


「カール、なんだか変だよ」


「あの湯気のせいかもしれない。団子で回復したはずなのに、みんなの体力がジワジワと減っているんだ」


「やっぱり? 私もだんだん身体が重くなってきたよ」


「シルルも、ひとつ食べておいて」


 すると、シルルはすぐに、手に持っていた団子をパクリと食べた。


「うん! あれ? 身体の重さはなくなったけど、食べても魔力が増えないかも」


「ふっ、その効果は一日1回だけだと思うよ。シルルの場合は、半日ごとかもしれないけど」



 俺は、二人の婆さんに近づいていった。デルタは、俺の方をチラッと見たが、俺だとは気づいていないらしい。元気が取り柄の婆さんなのに、ただの老婆のように見える。


「坊や、もうすぐできるから、待っていてね」


 ニーナ婆さんは、そう言ったが、その目はうつろだった。焦点が合っていない。


(ふむ、妙だな。まさか、シードルが操っているのか?)


 俺は、二人の意識を覗いた。黒い何かが纏わりついているようだ。なんだ、シードルじゃないのか。それなら、気にしなくていいか。



 バン!


 乱暴に扉を開けて、初老の男が飛び込んできた。


「ちょっと、お母さん、どうしたんだい」


 この男は村長なのか? シルルを見ると、うんと頷いた。俺が聞きたいことがわかったのか?


 少し遅れて、高価な魔導ローブを着た男が入ってきた。いかにも高位の魔導士風だが、見た感じでは、たいしたことはなさそうだ。


(サーチをしてみたいが……)


 魔導ローブを着た男は、家の中に入って、ぐるりと見回した。そして、ニタっといやらしい笑みを浮かべた。


「村長、話が大げさだったんじゃないですか? 倒れている人なんていない。でも、約束の報酬はいただきますよ? わざわざこんな田舎まで呼び出されたんだからな」


「導師様、もちろんお支払いします。でもいったい……」


「村長さん、まだニーナ婆さんとデルタ婆さんがおかしいよ。導師様、二人を診てくださいよ」


 導師と呼ばれた魔導ローブを着た男は、自分に話しかけてきた女性を睨みつけていた。ほう、直接話しかけてられるのが嫌いなようだな。女が苦手なのか?


(なんだか面白くなってきたな)



「おい、村長! この無礼な者は、どう処分するのだ? まさかの下民の分際で、私に命令するだと?」


(命令だったか?)


 男は、ガラリと態度を変えた。


「申し訳ありません、導師様。この村の者は、みな毒を受けて少し混乱しているのです」


「毒で頭が腐ったか? それなら全身が腐る前に焼却してしまう方がよいのではないか?」


(この男、頭は大丈夫か?)


「お許しください。報酬はこちらに。あの、そこの二人は、私の母と、その親友なのです。助けていただけませんか」


 男は、皮袋を受け取ると、ニヤッと笑った。


「そうでしたな、村長を産んだ母親はどちらですかな」


「鍋の前に立っている方ですが……」


 すると男は、ニーナ婆さんに向けて、白い光を放った。訳がわからん。なぜ、浄化魔法をかけているのだ? 

 この男は、魔導士ではなく、呪術士か祈祷師か。まさか、教会の牧師じゃないだろうな。


「これで、この者の魂は浄化された。生命エネルギーは活性化し、妙な毒も勝手に抜けていくだろう」


「導師様、ありがとうございます。あの、もう一人の方は」


「その婆さんは、うつろな目をしておる。おそらく寿命だ、迎えが来たのだろう。静かに旅立たせてやるがいい」


(は? 何をバカなことを。婆さんは不死らしいが)


「ですが、導師様……」


 おそらく村の人達も、婆さんの寿命が人間とは違うことを知っているのだろう。だが、この男に逆らうわけにはいかないようだ。


 報酬を取り、金を出した村長の身内だけを治したつもりか。だが、何の改善もしていないがな。



 ガタン!



「えっ? どうした? 大丈夫か」


 突然、俺の後ろにいた人が、床に倒れた。そばにいた数人が慌てて駆け寄った。俺が来たときには、家の外にいた女だ。団子を食っていないのだな。すぐに、シルルが団子を食わせると落ち着いたようだ。


「なんだ? 妙に身体が……」


 鍋の近くにいた、導師と呼ばれる男にも変化が現れた。顔に汗が吹き出しているようだ。そして、自分に治癒魔法らしきものをかけている。


 倒れた女は無視して、自分には魔法を使う様子に、シーンと静まり返った。


(やはり、鍋の湯気か)


 シルルが、俺に何かの合図をしてきた。それではわからん。俺は小声で問いかけた。


「シルル、何?」


「教会の人だから、お祈りしかしてないと思うよん」


「いま、治癒魔法らしきものを使ってたよ」


「あれは、魔法じゃなくて、祈祷だから」


(は? 祈ってもシードルは何もせんぞ?)



 このままでは、らちがあかない。元気な婆さんでも、あの妙な湯気にあてられていては辛いだろう。


「あの、僕がお婆さん達を診ます」


 俺がそう言うと、魔導ローブの男が機嫌を損ねたようだ。俺を睨んでいる。だが、なぜか俺の胸元を見て、チッと舌打ちをした。


 シードルの印に似せて作った呪具だが、確か、教会の洗礼を受けた証にもらうものだったか。


 男が、村の人を下民と言っていたのは、それか。教会の関係者には、妙な価値観があるようだ。


(ふん、くだらん)



 婆さん達に近寄ると、二人は、料理はまだだと言った。強行突破してもいいが、今の俺は12歳の勇者の家系だと思われている人間のガキだ。子供らしくいくか。


「鍋の料理は何ですか? 待ちきれないです」


 俺がそう言うと、料理好きなニーナ婆さんは、嬉しそうな顔をした。デルタは、相変わらず焦点の合わない目でぼんやりとしている。


「坊や、これは秘密のシチューだよ」


「何が秘密なんですか?」


「誰かが、家の前に置いていってくれた珍しい肉を使っているんだよ。もう少しだから待っていておくれ」


 そう言いながら、調理用の大きなスプーンで鍋の中身をかき回した。俺は、鍋を覗くフリをして、鍋の中に、白い『魔力だんご』を落とした。


 すると、立ち上る湯気が変わった。少し甘い香りになったが、妙な違和感は消えたようだ。


(ふっ、団子は、万能じゃないか)



 湯気の違和感が消えると、二人は急に体調が悪くなったようだ。いや、違うか。これまで、気づいていなかったのだろう。


「お婆さん、これ食べてください」


「おや! カールじゃないか。いったいどうしたんだい?」


「やっと僕がわかりましたね。何かの毒にあたったみたいですよ。とりあえずどうぞ」


「私は平気さね。いつも通りだよ」


 すると、シルルが近寄ってきた。


「食べるのよん。ここにいるみんなが、毒にあたったの。誰かの身体に残っていると、弱い人に移っちゃうかもしれないよん」


「えっ? そうなのかい?」


「はい、井戸水が猛毒に汚染されたみたいです」


「そうさね、それならいただくよ。一度食べてみたかったんさね」


 婆さんは、遠慮していたのだろう。だが、嫌がっていると勘違いしたシルルに、強引に、口に放り込まれていた。


「思っていたよりも、上品な甘さだね」


(甘さが足りないのか)


「そう、ですね。あ、ニーナさんもよかったらどうぞ」


「カール、ニーナ婆さんには、もう食べてもらったから」


「えっ? いつの間に?」


 そう言うと、シルルは誇らしげに胸を張っていた。ふむ、そういうお調子者なところは、マルルに似ているな。


「坊やのお団子、不思議だねぇ。優しい甘さで美味しかったよ。それに、ポーションを飲んだときのような感じがしたんだけど……」


「ニーナちゃん、これは、カールの家に伝わる秘伝らしいさね。ポーションみたいなもんらしいよ」


「へぇ、やはり坊やは……あ、いや……」



 魔導ローブの男が、俺のすぐそばで、仁王立ちしていた。それを見て、ニーナ婆さんは、話せなくなったようだ。


「ガキ! おまえ、何者だ?」


(はぁ、面倒だな)



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