21、毒針ネズミの毒入り井戸水
「東の井戸というと、ニーナ婆さんの家が使ってる井戸だったね。俺はまだだけど、みんなだいたい食べてしまったんじゃないか」
子供達は、青ざめた顔で頷いた。やはり、さっきの違和感は毒か。味が変わるということは、わりと強い毒だな。
「あ、母さんは、ニーナ婆さんの所にいるんじゃなかったかい?」
「デルタ婆さんも、毒にあたったんだよ。毒消し草を飲ませたが、あまり効いてないみたいだ」
(あの婆さんの名はデルタか、初めて聞いたな)
「毒針ネズミの毒は、猛毒だから……」
「井戸の毒は、いま、中和剤を入れたから、朝には消えるはずだよ。それまでは他の井戸を使うように、言って回ってるんだけどね」
「ニーナ婆さんの肉料理、あちこちに配ってたね」
「そうなんだよ。この村には、あまり毒消し草はないから、どうしようか……」
知らせに来た女は、俺の顔を見た。なるほど、それが狙いか。なぜ俺が、毒の治療をしてやらねばならないのだ?
だが、あの婆さんも毒にあたったか……。シードルの人形なら死ぬことはないだろうが、ただの魔族の変異種ならわからんな。あの婆さんには、世話になっている。
(仕方ないか)
「わかりました。まず、この家の人達をなんとかしてから、ニーナさんの所へ行きます」
俺がそう言うと、知らせに来た女は、ホッとした顔をしていた。そして、よろしくと言い残して帰っていった。
「いや、でも、カールは今日はかなり魔力を使っただろう?」
マシューが心配そうな顔をしている。まぁ、確かに、呪具を使ったり、岩蛇と遊んだりしたが……。
「僕なら大丈夫です。魔力の回復は速いので」
(そういえば、確認していなかったな)
俺は、毒消し魔法を唱えようとしたが、やめた。団子は、この姿で問題なく作れるが、見せかけの魔力が減るのか、気になったのだ。
もし、見せかけの魔力が減るなら、見せかけの魔力残量がなくなると、また完全変化の呪いが発動するかもしれない。
(団子を作りすぎて気絶したら、バカだからな)
俺は、自分のサーチをした。そういえば、このガキの身体のサーチをするのは初めてだったな。
自己サーチなら、魔力は外に流れないから、誰にも気づかれないだろう。いや、あの婆さんなら気づくかもしれないがな。
サーチ結果は、二つ出てきた。一方は、意味のない数値だ。魔王カルバドスのすべての能力値は測定不能。サーチの限界値を超えているためだ。
そして、カールの能力値は、まぁ、思っていた程度だな。村の人達に比べるとはるかに高いが、魔族の中ではカスだ。
(配下に敵わないのは、当然だな)
能力値を表示しながら、俺は、白い『魔力だんご』をこねた。作り始めは、わずかに魔力が減ったがその後は変わらなかった。
弱体化魔法を発動するのは、ガキの見せかけの魔力を使っているようだ。だが、分け与える魔力の分は、見せかけの数値は減らない。
そういえば、変身の呪具は、人間ができないことには対応しないと言っていたか。
(ふむ、これならば気にする必要はないな)
「みんな、一つずつ食べてください」
俺は人数分の、白い『魔力だんご』が乗った手を差し出した。料理を食べていないマシューはいらないと言ったが、食べさせた。
井戸水なら地下で繋がっている可能性が高い。薄まった毒を摂取していたまま放置すると、弱いマシューは、すぐに体調を崩すだろう。
「井戸は、地下で繋がっているはずです。他の井戸にも薄い毒が入ってしまっているかもしれませんから」
「カール、ありがとう。うん、やはりこの団子は美味しいね」
「あれ? さっきみたいな白魔法の源みたいな感じがしない」
ビーツは、不思議そうな顔をしていた。
「ん? 私のは、なんか魔力が増えたような気がするよん」
「えー? 当たりはずれがあるのかよ」
やはり、シルルは魔力の感知ができているな。同じ色の団子は、同じ日に食べても能力増加の効果は一度きりだ。
いや、待てよ? シルルが食べてからまだ半日も経っていない。半日足らずで再び効果が現れるのか? もしくは、個体差なのだろうか。
(ふっふっ、まだまだ謎だらけだな、面白い!)
ビーツは、俺に説明を求めようとしたようだが、言いかけてやめたようだ。ふむ、一応、状況判断もできるのだな。今は、婆さんの毒消しが優先だ。
「みなさん、調子はどうですか。毒は消えたはずですが、新たに強い毒を摂取すると、またやられると思うので、飲み物には気をつけてください」
「カール、大丈夫だよ。飲み水は、昨夜、水瓶をいっぱいにしたばかりだからね。数日分はあるよ」
レイシーの目線の先には、大きな壺のような物があった。飲み水用の水瓶のだな。いちいち井戸に汲みに行くのも大変だから、こうして置いてあるようだ。
(魔法が苦手な人間の知恵か)
「じゃあ、僕、行ってきます。えっと、ニーナさんの家は、東の方にあるんですよね」
「俺がついて行くよ。ちょっとわかりにくい場所だからね」
マシューが案内をすると言いだした。まぁ、その方が助かるか。
「案内なら、私が連れていくよん。カールの魔力が切れたら、私が手伝うもん」
「シルルは、回復魔法を使えるのか?」
「うん! でもねー、一日2回しかできないから……あっ! もう今日は、2回使っちゃった〜」
小石を集めに行ったときに、怪我した子の治療をしたのか。母親が白狐なのに、魔力量は少ないのだな。もしくは、白魔法の発動方法に無駄があるのかもしれない。
(まぁ、俺には関係のないことだ)
「じゃあ、シルルに案内を頼もうか。シルルは、カールの世話をするのが楽しそうだからね」
「うん! カールって、ちっこいから、私がお世話してあげないといけないのよん」
(ちょっと待て、おまえの方が子供だろうが)
俺は反論したかったが、人間の子供らしい反論がわからない。ちっこいに反論すべきなのか、世話はいらんと言うべきか……いや、だが、ニーナの家がわからんな。
「シルル、カールが困った顔をしているよ。シルルの方が背は高いけど、カールの方がお兄さんじゃないのかい」
「ん〜、でも、私がお世話してあげないと……カールは、なんだか世間知らずだもん」
(ふむ、鋭いな)
「あはは、ここは田舎だから、カールの育った場所とは違うんだと思うよ。さぁ、早く行ってあげて」
「うん! じゃあ、カール、私についてくるんだよん」
シルルは、急に張り切って、俺の手を引っ張った。そんなに急かさなくても、毒針ネズミの毒は命にかかわるようなものでは……いや、人間にとっては猛毒か。
俺は、シルルに手を引かれながら、足早に村の東へと向かった。
まだ、人間がどれだけもろい存在かが、俺には理解できていない。人間に化けているのに、これではマズイ。
俺は不覚にも、少し慣れたことで気が緩んでいた。魔法も、いろいろと使いすぎたかもしれん。
俺は、光の柱の調査をするためにここにいる。アイツが、何のためにあちこちに石碑を立てているかを調べる前に、魔王だとバレてしまうわけにはいかない。
(慣れというものは、怖ろしい)
「カール、なんだか、すごい人だよん」
「着いたのか?」
「うん」
シルルが指差す方を見ると、古い大きな家があった。マシューの家の倍はありそうだ。その奥にはさらに大きな家がある。
「大きな家だな」
「うん、ニーナ婆さんは、村長のママだからね」
「なるほど、だから人が集まっているのか」
「うーん、わかんない、カール、いこ〜」
シルルについて行くと、俺に気づいた人が騒ぎ出した。
「カールが来たよ。助けておくれよ」
「大変なんだ、ニーナ婆さんの料理を食べてない人までも、吐いているんだよ」
「ウチの子は、井戸水を飲んでしまったんだ」
(すごい騒ぎだな)
「ちょっと道をあけてくださぁい。カールが通れないよん」
わっと詰めかけて来た人達が、慌てて離れていった。うむ、シルルはなかなかやるな。
ニーナ婆さんの家に入るとすぐに、食堂らしき場所があり、その先には広い居間があった。出入り口付近に調理場があるのは、マシューの家も同じだ。水の搬入のためだろうか。
調理場の一部から、妙な湯気のようなものがわき出しているのが見えた。その湯気には、わずかな違和感がある。
「カール、こっちだよん」
「うん、なんか、変な物が調理場にあるんだけど」
「そんなのは後だよ、みんな待ってるよん」
「わかった」
居間に入ると、大量の人がいた。こんなにも毒にあたったのか? 人間は、そんなに毒に弱いのか。
みな、俺を見て、嬉しそうな顔をしている。まだ何もしていないのに、助かったと言われた。
こんな大勢の人間に、すがるような目で見られると落ち着かない。人間は、俺を見ると真っ青な顔をして命乞いをするものだ。それなのに、安堵の表情を浮かべている。
(いや、今の俺は、魔王ではなく人間だ)
「皆さん、全体にサーチ魔法をかけていいですか? 危険な状態の人から順に手当てします」
俺がそう言うと、みな、おとなしく頷いた。俺は、精度の低いサーチ魔法をかけた。体力が色分けされる程度だ。これくらいなら、魔物でも使うサーチだから、問題ないだろう。
「シルル、手伝って」
「まかせなさいだよん」
俺は、症状の軽い人を食堂に誘導するよう、シルルに指示した。シルルは、ラクラクと俺が指示した人を食堂へと運んでいった。さすが、巨人族の血だな。
居間に残った重傷者は、ものが食べられる状態ではないようだ。
(団子が使えないか……)




