物書きの杞憂11
「あ、いらっしゃい…。」たった今出掛ける手筈でしたと、雄弁に語る身頃に引き返しかけるが、それを困惑しているだろう張本人が止めた。「まあ休日だし、暇だから上がって」と靴紐を解き始める、和風な気配がしていたが日本独自の習慣に倣うようだ。ヴェルツエも気は引けるが諦めたが最後、あの婆さんが何を仕出かすか解らない未知なる恐怖に震えていた―無論心の中で―から、これ幸いと彼女に倣って靴を脱いだ。
だが成り行きで訪れたものの、やっと太陽が通りを照らし出したくらいだ。手土産に出来るような売り物は何も、店だって閉まっていたし。共通の話題も近所の誼みでと言ったって尽きてしまう、それほどまでに互いのことは知らなかった。ふと彼女が立ち上がる気配がする、飲み物の御代わりだろうか?けれど、未だ彼女の分は半分しか減っていない。
人嫌いのヴェルツエが方々尋ねてきたのを、久野瀬は驚いていた。ちなみに本と夢で、彼の知り得た素性は名前くらい、年齢は不確かだが年上のような気がすると言った非常に不安なものだ。本を入手した当初から過ぎた時刻はあくまでも体感のもので、せいぜい変声機の電池がさきほど切れてしまったくらいだ。丁度買いに出ようとして、集合住宅の前でぼんやり立ち往生する彼を見つけたのだった。
取り敢えず引き入れたものの如何誘導しようか。久野瀬はそればかり考えていた―知りたいことは相手の口を割らせ、それと気付かせずに持ち去るもの―印象に残るのは高が黒髪の男だ。しかし、今回は女子と割れてしまったわけだし、けれど人嫌いらしいこの人のこと大丈夫ではないか?と俯いているのを観察して気付いた。不恰好に防寒だけを目途にして、羽織ったらしい上着の帽子に何か可愛らしい小物がちらと覗く。自然に釣られるように赴いていた、
久野瀬が何やら自分の上に屈んでいるらしいのを影と、膝立つ脚でやっと見分けた。俯いているので理解に及ばないが何か、カサコソと音を鳴らしている。少し首が上着に引かれるような気持ちがする、「ほい」と謎の言葉と彼女の手に乗った婆さん御手製の菓子詰め合わせの小袋が華奢な装飾で包まれていた。
『これは気持ちばかり、孫ディアーリと仲良くしてね by. Grandma 』
何が御祖母ちゃんより、だよ!未だ彼女は身内でも何でもないぞ、あからさま過ぎるだろう。こんな白々しい展開があるか、泣きそうなヴェルツエを何故か労わるような目で見る久野瀬は片手で菓子を頬張りつつ、もう一方でヴェルツエの頭を撫でた。
「何か宰相が婆のこと、魔術師って言った意味が解った…。」