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十弐 敵対


 二人が部屋に戻ったのは夜明けから大分経った頃だった。

 アクラブは初めて空中庭園なるものを見たし、そこには異国の花が沢山咲いていた。

 なんでも、ローザの為にシエスタの王子が作らせたものらしく、ハウルのものではない特殊な技術が使われているらしいが、アクラブにその理論は理解できなかった。

 夜明けまで庭で植物の薬効について語る彼女にハイヤトゥンは呆れつつも笑って付き合ったし、アクラブもまた彼の語る国の歴史に耳を傾けた。

 空中庭園はローザ以降殆どの王族が足を踏み入れることは無かったが、彼にとってはとても特別な場所らしかった。

 部屋に戻ったのはターシャの悲鳴が聞こえたからだった。

 どうやら彼女は廊下の血の痕を見て、慌てて部屋に入ったが、護るべきはずの二人の姿が無く驚いたらしい。

 

「なにか一言書置きだけでも下さればいいのに……」

「すまぬ。すぐ戻るつもりだったが、アクラブがあまりにも可愛らしくてな」

 ハイヤトゥンは笑ってターシャの説教を聞き流す。

 妙な慣れがあるらしい。

「それで? 奥様とは、その……」

「ん?」

「少しは進展があったのでしょう?」

「そうだな。アクラブが相当博識なことは分かった。植物に対してのみだが。読み書きができない割には随分詳しい。あの両親は医者でも目指していたのだろうか」

 彼は笑う。

「母が魔術師だったもので」

 アクラブは適当に答えた。

「魔術師? 彼女が?」

「ええ、随分前に止めてしまったけれど、薬については相当詳しいですよ」

 ターシャは溜息を吐く。

「ハイヤトゥン様……もう少し頑張ってくださいませ」

「何をだ?」

「ですから……このままでは奥様に逃げられてしまいますよ?」

「それは困るな。ターシャ、アクラブが逃げぬよう見張っておけ」

「……奥様。本日は私と刺繍でもしませんか?」

「私、ちまちました作業は嫌いよ。それよりさっきの庭にもう一度行きたいのだけど駄目でしょうか? 見たこともない植物がいっぱいあって……ああ、あの鳥兜の美しさが忘れられないわ……」

 アクラブはうっとりと言う。

 紫陽花に鈴蘭、水仙、馬酔花。

 有毒植物も随分とあった。

 大半は薔薇で埋め尽くされているが、ローザは随分愛されていたのだろう。異国の花もたくさんあった。

「……ハイヤトゥン様、本当にこの方でよろしいのですか?」

「アクラブの他に我が妻は居ない」

 ハイヤトゥンはきっぱり断言し、仕事があると部屋を出た。

「奥様は毒がお好きなのですか?」

「私にぴったりでしょう?」

 アクラブは笑う。

「蝎だから?」

「それもあるけど……。毒って綺麗だもの」

 アクラブはそう言って小瓶を眺める。

 もう、中身は無いが日光が反射して美しい。

「小瓶って不思議ね」

「え?」

「とっても綺麗」

「では、奥さまの為にいくつか取り寄せましょう。香水の瓶などはとてもさまざまな形があって楽しめるかと」

「本当? 嬉しいわ。あ。でもあまり高価なものはいらないわ。もし、誰かがいらない香水の瓶なんかの処分に困っているようならそれを頂戴」

「……では、そのように」

 ターシャは溜息を吐く。

「ターシャ、あなた、私のこと嫌いでしょ」

「え?」

「安心して。私もあなたのこと嫌いだから」

 アクラブは寝台に寝転んで言う。

「あなた、私の欲しいもの全部持ってるもの。大嫌い」

「なっ……それはあなたでしょう?」

 ターシャはアクラブを睨む。

「ハイヤトゥン様にあんなにも愛されているのになにが不満なんです」

「愛されていることが不満よ。私は消費されたい。あなたのように。いっそ逆ならいいのに」

 彼の腕はとても逞しくて、抱きしめられれば安心する。

 懐かしくさえ感じるそれはきっと錯覚。

 都合のいい妄想でしかない。

「このアクラブ・ギフトには正しいと信じる夢がある。国王陛下の為にこの命を消費させることよ」

「ハイヤトゥン様はそれを望まれないわ」

「ハイヤトゥン・ハウルが望むか望まないかは私にはどうでもいいの。私はただ、この国の一部になりたい」

 そう言って、アクラブは気付く。

 私は何を焦っているのだろう。

 ああ、そうか。

 私の血はこの国の外のものが混ざっている。

「あなたはこの国の人間でしょう?」

「勿論。だからこそハイヤトゥン様は私をここに置いて下さる」

「ほら、あなたは私の欲しいものを持っている」

「え?」

「ギフトなのよ」

 アクラブはそう言って起き上る。

「絹って嫌いよ。これ、凄く縫い辛いの。知ってる?」

「え?」

「こんなの着て喧嘩なんて絶対出来ないわ」

「一体どなたと喧嘩するおつもりで?」

「勿論、あなたと。麻の服は無いの? 思いっきりやりあえばお互いすっきりしそうなのに」

「……私、あなたが大嫌いです。卑怯よ。護衛の私があなたと取っ組み合いのけんかなど出来るわけがない。あなたが勝ってもあなたに怪我をさせても私の首が飛ぶわ」

「大丈夫。証拠隠滅は得意なの。骨も残さず融かしてあげる」

 アクラブは笑う。

「妙なところだけハイヤトゥン様とよく似ていらっしゃるのね」

 ターシャは深い溜息を吐いた。

「それで? やるの、やらないの?」

「勿論。お断りです」

 ターシャは掃除道具を手にする。

「誰かさんが汚してくれた廊下の片づけがありますので失礼します」

「文句はクーヘン・レープに言ってちょうだい。あの男、血を見るとすぐに騒ぐの」

「知り合いですか?」

「不本意だけど」 

 今度はアクラブが溜息を吐く。

 それをターシャは思い切り睨みつけた。

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