第43話 「大川辰吉という侠客」
「それで、今度はどんな手を使って勝つ気なんだ?」
肩から血を流しながら、大川が桜田に近づいていく。
「動くな。これが目に入らねえのか?老いぼれヤクザ!」
「おいおい。まさか、まだ飛び道具を使うつもりか?俺は…」
大川が日本刀を投げ捨てた。
「手負いの、裸の、丸腰なんだがなあ」
「来るな、馬鹿野郎!」
逆上する。
撃鉄を起こして、次弾を銃身に送り込む。
引き金に指をかける。
「いいかげんにしろ。卑怯者!」
空からタライが飛んできた。
桜田には当たらなかったが、地面にぶつかってグワ~ンと音を立てる。
それが合図になって、えもんかけや茶碗などさまざまな日用品が飛んできた。
見上げると、松千代たち芸妓や女郎らが手にしたものを二階から放り投げている。
「みんな。辰さんを助けるんだよ。あんなトンチキに撃たせんじゃないよ!」
「こら。何しやがる!」
「辰さん!」
松千代が大川に向けて、手を振っている。
(二階でおとなしくしてろ、つったのに。だが、ありがとよ)
撃てる状況ではなくなった。
ほかの民同会連中にも、文鎮やら鍋やらが当たってうめき声を上げている。
大川の吉原での人望のたまものだった。
「民同会の唐変木!警察を呼んだぞ!」
「憲兵も来る、ってよ!」
「吉原から出てけ!」
多勢に無勢が逆転した。
今や、吉原中が大川の味方だ。
「退け、退け!」
「会長も、早く!」
屈辱に顔を歪める桜田を引っ張って、民同会は退却したのだった。
「なんだ。それを先に言えよ。総長は無事なんだな?」
「すいやせん。おやっさんは浅草の病院で肩を治療してるんで大丈夫です。ですが後藤のカシラが慌てふためいて、一家の幹部を招集したもんですから」
「今後の身の振り方、ってことだな…おっと!」
車が停まった。
エンジンが空ふかしする。
「どうした、天童?」
「パンクだ。この時代のタイヤはこれだから…まだまだだな」
「あん?いつの時代と較べてんだ?」
「なんでもねえ。悪いが、ここで降りてくれねえか?」
「ああ。オヤジが無事なら、何も急ぐこたあねえ。ここまで、ありがとよ」
浅草のあたりまでは来ていた。
坂崎と子分は車を降りて、一家の本部がある神田に歩いて向かう。
後部トランクに積んであるスペアタイヤを取り出し、星児は交換作業をする。
(今の話じゃ、大川辰吉はかなりの侠客のようだな。度胸の座り方が令和のマル暴とはレべチだ。こりゃあ手こずるぞ)
パンクしたタイヤを見る。
どうやら小さな釘が刺さっていたようだ。
(やつを討つには、外から攻めるのは得策じゃねえ。辿り着く前に、何重もの障壁が立ち塞がってる。坂崎のような手練れ、外からの応援団……)
釘を手に取って、転がしてみる。
(いっそ内側に入り込んだ方が、リスクは避けられるか?)
カフェ清流では、お見合い稽古が中断したよしこが佇んでいる。
「よっちゃん。もう片付けるから、どいてくれる?」
そろそろお昼時で、混み合って来るからだ。
「…素敵。素敵ですわ」
「ん?誰が?」
「坂崎さまよ。『オヤジさんが一大事だ!』って飛び出して行かれて。きっと、お父様がご病気か事故にでも遭われたのですわね」
「…いや。たぶん、そのオヤジではないと思うけど」
「あのような殿方でしたら、わたくしの両親のことも大切にしてくださるんじゃないかしら?」
「いや。あんた今度、同じ華族の男の人と見合いすんでしょ?ヤクザのちっちゃいあんちゃんのこと、考えてる場合じゃなくない?」
「あら。お言葉ですけどあなたこそ、そのヤクザとお見合いなさっていたのではなくて?」
「ま、そうだけど」
(あ、いや。待てよ。この状況、もし小百合ちゃんがちっちゃい人に気があるんだったら、よっちゃんと三角関係に?)
「かあいいヤクザさんとお付き合いするのも悪くはないのでは?そんな風に考えるあたくしは、なんて罪な乙女なのかしら?おーほっほ…げほげほ」
よしこがひとり、妄想の世界に埋没している。
(三角関係……おもしろそう!)
星児は凛音の婚約者なので、外から見ると四角関係になるということは忘れていた。
「……てなわけで、うちの賭場で民同会の川瀬とかいう男が粗相をしでかしたのよ。だから、俺はそいつを叩きのめして放り出したんだ。デモクラシーを侮辱したのなんのってなあフカシ(嘘)だ。難癖もいいとこなんだ」
その日の夜。
大吉一家の本部で、沢村組長が盆での一件を幹部たちに説明する。
「じゃあ民同会の連中は、難癖付けて喧嘩のネタを作ってから総長を襲ったわけか」
「はあ。仁義も作法もあったもんじゃねえな」
「ただよ。こんな話もあるんだぜ。愛国会の小沢会長がよ、民同会のシマの飲み屋でさんざんタダ飲みして『ツケは大吉一家に回しとけ。文句があるなら大川に言え。俺はあいつの兄貴分だ』って吹いて回ってるってよ」
小沢は大川に頭を下げて、大吉一家の名前だけでもいいから愛国会に貸してくれ、と泣きついてきた男だ。
その男が、大川総長の兄貴分気取りでいる。
「カシラ。いったいどうなってんだ?」
幹部連の眼が一斉に後藤に向けられる。
「いや。小沢さんは酒を飲むと軽口を言うひとだから、冗談のつもりでおっしゃったんじゃねえかな?」
「冗談で兄貴分になれるんなら、今日から俺もあんたを弟分って呼ぶぜ。後藤さんよお」
坂崎がかみつく。
貫目は後藤の方が上だが、実力は坂崎組の方が上という自負があるからだ。
「さ、坂崎。そりゃあ、冗談にも洒落にもなってねえだろうが」
「ああ。だから…洒落にならねえっつってんだよ!」
幹部の大半が坂崎と同じ気持ちだ。
総長を襲った民同会も許せないが、愛国会も信用できない。
「なあ、カシラ。この際愛国会とは袂を分かって、俺ら一家だけで民同会の連中と…」
「おう。邪魔するぜ!」
幹部連が、話に水を差した方を見やる。
本部の玄関先に現れたのは、浅草増田組と天童組の組長だった。
「天童?」
「よう、坂崎。さっきはパンクなんかさせちまって悪かったな」
「おめえ、何しにここに…」
「民同会と喧嘩する算段だろ?俺たちも混ぜてくれねえか?」
「はあ?」
「増田組と天童組も愛国会に入会するからよ」
つづく




