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古池 -月と箱舟より-

月と箱舟の古池です。

季節の小ネタ。

 父から譲り受けた僕の地盤は、首都圏からだいぶ離れた県にある。そこは父の一族と古くからゆかりのある土地で、国会議員を勇退した両親が終の住処として引っ込んだところでもある。

 相変わらず、高い建物が見当たらないその土地で見上げる空は広く、彼女が奉納された神殿(タカマガハラ)が薄い雲の向こうで霞んで見えた。


 この地方で一番大きな私立病院と中堅機器メーカーが提携し、医療用補助器具の本格的な開発が始まると地方紙をにぎわせたのは先日のことだ。


 鎖国政策が打ち出されて以降、外国人労働者などの国家間における人的資源の導入が制限――実質、禁止されていることもあり、どの業界も慢性的な人手不足である。

 その対策として、政府は<人的資源の維持>というスローガンを掲げ、取り組みのうちの一つとして、身体的に不自由な方々の自立支援、および社会復帰を提唱した。


 具体的には、事故などにより身体を欠損した人に、その部位を補う義手や義足を機械化し、脳と人工神経配線を繋ぐことで補う技術であるBMI(Brain-machine Interface)を用いることで社会復帰を促すのだ。


 政府主導のその企画は、それなりの規模の予算が付き、複数の民間企業が入札した結果、この地方の機器メーカーが落札した。そして、その機器メーカーが協力を仰いだのが、この地方で一番大きな私立病院――防衛大臣()の後援会会長が理事を務める病院だった。


 偶然である――わけがない。


 現在、秘密裏ながらも国が一番、技術革新ブレイクスルーを急いでいるのは、タカマガハラにまつわる技術である。その主幹が、BMIの延長上にある技術だからだ。

 歴とした国家プロジェクトなのである。

 巫女を輩出した(事情)一族が経営する(を知る)病院と、僕のお膝元だからこその業務でもあるのだ。


 その両者の顔合わせも兼ねた懇親会が地域のセレモニーホールで開かれることになり、僕はそのパーティに招待されていた。


「だいぶ道が空いていましたね。予定より早く着きそうです。どこかで時間調整いれましょうか?」

「うん……そうだ、近くに桜が有名な神社ありましたよね?」


 助手席に座る名取さんが、後部座席に座る僕に告げる。早くついても相手方を焦らせるだけなので、僕は適当に提案した。


「寄りましょう。ちょうど見頃ですし、この後の挨拶に地元の名所を話題にするのは好感だと」

「打算的だなぁ」


 思いのほか名取さんが食いついたので、呆れたように笑う。名取さんはすました顔で答える。


「打算なくご懸案頂けるとはさすが先生です。先代譲りの才でしょうか、」

「なんで素直にオレの才だって言ってくんないの、」

「言葉遣いに気を付けてください。普段からちゃんとしてないと、」

「はあい、」

「先生、」

「はい!」


 運転手さんだって、(先代)からの人なのだから気負うことはないのだけれども、僕は素直に良い子の返事をした――はずなのに、名取さんはバックミラー越しに睨みつけてきた。





 その神社は、地域では桜の名所と言うこともあり、それなりに人出が多い。境内では小規模ながらも縁日も開かれており、ちょっとした春のお祭だ。

 お参りをして御守を物色したいという名取さんを意外に思いながらも社務所に寄れば、小さな頃から懇意にしていた宮司の奥方に見つかってしまった。


「あら! 小池先生とこの豊成(とよなり)くん――先生、やだもう、豊成くんが先生なのよね!――先代はお元気? 今年はいらしてくださらないのかしら?」


 矢継ぎ早に問われて、僕は笑みを浮かべて応える。


「今日のいま、こちらに帰ってきたばかりなのです。父とは今夜会う予定ですので、こちらの桜が見ごろだったと伝えておきますね」

「やだぁ、上がってゆっくりしていってくださいな。一番の大きな古木は開放していない庭にあるの。ご存じでしょ?」

「ああ、その」

「時間はありますよ」


 助けを求めるように、ちら、と名取さんを見やれば笑顔で答えられ、さらに小声で「先生のウケが良い年代の方ですし、愛想を振りまいておいたらいかがです?」と突き放された。


「上がるほどでは、」

「それじゃあ、裏からお周りになって。縁側にお茶とお菓子をご用意しますので、」


 半ば強引に話を進められ、僕は仕方なく笑みを浮かべたまま裏手に回ろうと、名取さんを促そうとして、彼女たちがアイコンタクトしていたことを察する。


「私はお手伝いをしてきます、」

「わかった」


 名取さんはそう言い残して、奥さんの背中を追う。おそらく、彼女はこの神社の運営か何かについて相談されてくるのだろう。

 僕は一時の休息を求めて、裏庭へと向かった。


 地域で一番古い桜の木は、灰褐色の木肌と淡青色の空の境界を滲ませるように、薄紅色の花を咲かせていた。

 見上げれば、見下ろすように咲き誇る桜の花房。


 ふと思いついて携帯端末を取り出すと、差し伸べるように枝を伸ばす桜の花を写真に収める。そして、『今年の桜はこれで勘弁してください』と一言添えて、先日、桜の植樹を所望してきた藤谷先輩(時折、彼はよくわからない無茶ぶりをする)に写真を添付してテキストを送信した。


 意外にもすぐに既読が付き、返信が来るかと思いきや、呼び出し音とともに手の中の携帯端末が震えだす。


「はい、古池です」

『わ、』

「かけておいて、なんでびっくりするんです?」

『ワンコールで出るとは思わなかった……一人なのか?』

「ええ、少し時間が空いたので。先輩は会議室にいたんすか?」

『教授チームとの打ち合わせがちょうど終わったばかりだったんだ』

「ああ、なるほど」

『おまえが桜を写真なんかで誤魔化そうとするから、』

「映像いけます? 今まだ桜の前なんで、ライブでお届けしますよ」

『……そっちから掛け直せよ、履歴をおまえの責任にする』


 そう言って、ぶつ、と切った藤谷先輩に、専用のアプリを経由して呼び出せば、2コール後に先輩が出る。おそらく会議室に設置されたカメラではなく、ラップトップに内蔵のカメラ視点だろう藤谷先輩が携帯端末の画面に表示された。


『ネクタイ、どうなの、』

「地元特産の織物っす。この後懇親会なんですよ……お元気そうで何よりです」

『ゆうほど久しぶりでもないだろ、』


 僕のネクタイに悪態をつくわりに、彼は相変わらずの野暮ったい灰色のパーカに洗いざらしの髪。少し伸びているようだから切ればいいのに、と思いながら、自分の端末携帯を(アウト)カメラにすれば、画面の中の藤谷先輩はわずかに目を見開いた。


『桜が咲いてる』

「……満開までもう少しっすかね、上の方はまだ蕾みたいです」

『逆光、画面が暗くてみえない』


 カメラを上へ向ければ、藤谷先輩が不平を口にする。僕は桜を映しながら太陽を背にするように回り込む。その間も、あまり早く動かすと画面酔いするからゆっくり動け、などと注文が入る。僕は素直に彼の指示に従う。


「どうです?」

『まだ散ってないの? 地面映してよ』

「風もないですし、桜吹雪いてないですねぇ……」


 水を含む苔の濃い緑に散る薄い花弁はそう多くない。境内の喧騒は遠く、裏庭はひどく静かだ。


『そっか、じゃもう一回、桜を映して』


 先輩の声に促され、地面に向けていた携帯端末をゆっくりと上に掲げる。ちょうど肩より少し腕を上げたあたりで、『あ、ストップ』と彼が小さく声を上げた。


「どうしました?」

『その桜の枝に近づいて、その枝』

「はい、これですか、」

『や、もうちょい上……そう、それ。ちょっと固定して』

「何かあるんです?」

『いや、』


 彼の指示に従い桜の花房に画面を固定して腕を止める。

 自分に向けた画面の大部分には藤谷先輩、右上に自分のカメラに映る桜の花が映っているが、彼が何に注目したのかまではわからない。実物を見ようにも、自分の携帯端末が邪魔で、見ることは叶わない。


『動くなよ。手ぶれてる』

「や、だって気になる……」

『久しぶりの桜だから、ちょっとよく見てみたいだけだよ』


 傍若無人な先輩に僕は諦めて、素直に腕を固定したまま彼が満足するのを待つ――というか絶妙な高さで腕がしんどい。筋トレしてるみたいだ。

 先輩が早く飽きないかな、と、ちら、と画面の中の彼を見やれば、不自然に口元を隠している。

 僕は思わず声を上げた。


「あ! ワザとだ!」

『なにが?』

「逆光で太陽の位置確認できたから、地面を映させ後、角度を測りながら腕をあげさせましたね?」


 僕の指摘に、すっとぼけようとした画面の中の彼はついに声をあげて笑い出した。


『いやいや、まさかそんなこと、』

「腕がツラいんすけど! もう下げますよ!」


 彼はどうにか笑いを噛み殺して誤魔化そうとしているけれど、まったくの無駄な努力だ。少し怒って見せると、今度は猫なで声。


『待ってよ、桜が好きなのは本当なんだ』

「……」


 結局、僕は彼に逆らえないのだ。

 何よりもさっきの一瞬の光の角度で、固定が一番シンドイであろう腕の角度に誘導した彼の頭の良さに奇妙な感心と、その頭脳が無駄なリソースを使うことに義憤じみた苛立ちを覚える。


「……もう、いいでしょう? 今度、桜餅を差し入れしますから」


 甘いものが好きな彼に代替案を提案すれば、ふと、視界の端に名取さんが入ってきた。

 どうやら、画面の中の藤谷先輩にも彼女の姿が見えたらしい。


『タイムアップか、』

「みたいですね」

『桜餅、楽しみにしてる。仕事頑張れよ、予算とって来い』

「え? あ、はい」


 僕が返事を言い終わる前に、彼は通話を切る。

 暗くなった画面に、桜の影が映るのをしばし眺め、そして、僕は一つ大きく息を吐いた。

 ようやく下ろせた腕を少し回し、僕は携帯端末を内ポケットへと仕舞う。


「お電話中にすみません。そろそろ、お時間が」

「いや、プライベートのくだらない内容だよ」

「そうですか、」


 名取さんは訳知り顔で頷く。


「名取さん、桜餅っていつまで買えるの? 季節ものだよね?」

「贈答品ですか? 道明寺の方がいいとかあります? お相手は?」

「藤谷先輩」

「ああ、じゃあ、お伺いする日時が決まりましたら適当に用意しますよ」


 相変わらず彼女は先輩に対してあたりがきつい。

 そう思ったけど、名取さんが厳しいのは、何も先輩に対してだけじゃない。むしろ、ビジネス関係以外だと愛想がない人なのだ。

 しかし、先輩が邪険にされたことに対する不満が少し漏れてしまったらしい。

 それを察した名取さんは、少しだけ決まり悪そうに言い訳を口にする。


「あの方の味覚、結構、雑ですよね?」

「……まぁ、子ども舌っぽいとこは」


 その先輩にさらに雑だと思われてる僕の味覚はどうなんだ、とも思ったけど、口に出さなかった。


 一陣の風が吹く。

 ひら、と降り始めの雪のように、一片の桜の花びらが鼻先を掠めて落ちていった。

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