前田 -05-
我々は管理されている。
この世に生を受けた瞬間に与えられた番号によって、我々はこの国の民として認識され、<健康で文化的な最低限度の生活>が保障されるのだ。
このシステムが完成したのはいつかわからないが、私が生まれた時にはもう、現在の管理システムは運用されていた。
「前田2佐 、ご足労すまないね」
「いえ、」
目の前の防衛大臣に向かって敬礼をする。大臣は執務机から応接セットのソファに移動すると、深く腰を下ろして腹の前で手を組み、私にも腰を下ろすように勧めた。
素直に従い、高級そうな革張りのソファに浅く腰かけた。柔らかすぎる座面が正直落ち着かない。
足音を吸い取る分厚い絨毯に、重厚な室内調度品。
本土に帰島そうそう呼び出された先は、防衛大臣の執務室だ。今は人払いされていて、この部屋にいるのは防衛大臣と私の二人きりである。
ウラシマ配属から本土にある本部配属へ、私の異動辞令が出されたのは、彼が問題行動を起こした翌日――一昨日のことだった。
急かされるように引継ぎなどのもろもろの手続きを済ませ、昨日、私は本土へ戻ってきたのだ。
「昇進おめでとう」
「……ありがとうございます」
「腑に落ちない顔をしているね?」
「一年経たずに本土に戻ることになるとは思いませんでしたし、正直に言えば、降格も覚悟していました」
半ば皮肉のように口にした私の言葉に、大臣はふっと口の端を持ち上げた。こうしてみると、人好きのする色男だ。彼を支持する層にご年配の女性が多いというのも頷ける。
「降格? どうして、」
「彼の問題行動を阻止することができなかったからです」
反省の弁に大臣は今度こそ笑みを浮かべた。
「あの人を止めることができる人間なんて、地上にはいないよ」
自嘲じみた口調の大臣の言葉に、地上じゃなければいるのか、と尋ね返すのは野暮だろう、と私が口を噤んだままでいれば、大臣は気を取り直したように、組んでいた手を解いた。
「まぁ、昇進した上に早めに帰れたんだ。お子さんは喜ぶんじゃないか?」
「そうですね、会うのが楽しみです」
せっかく本土に戻ってきたのに、まだ家に帰るどころか、家族には連絡すらできていない。事件以降のここ2日、私自身が監視下に置かれているのだ。
「それで、君は――どこまで聞いたのかな?」
「ボイスキャンセリングが作動したので、彼の発言は何も聞き取れませんでした」
「――そうだね。インカムが正常に作動していたのはこちらも確認している」
防衛大臣は政治家が良く浮かべる類いの表情を浮かべている。
「あの人の問題行動についての説明は?」
「彼はテロを先導した事案を鑑みても、人を洗脳するカリスマ性があると聞いています。また、彼との会話も傍聴録音する前提でインカムを配布されていましたし、事前に彼が私を惑わすことが起こる可能性があると説明を受けていました」
淀みなく答えれば、防衛大臣は満足そうに目を細めて見せた。
「そうか。何か質問はあるかな?」
「ありません」
私の即答に、防衛大臣は感心したように嘆息した。
「なるほど、君は優秀だ。何より清濁が併せ呑めることはこの先に必要な資質だ。おそらく今の君が持つ疑問は、今後君が昇進するにつれ、解消されていくだろうね」
未来を約束する言葉に、何故か、嬉しさや誇らしさよりも、奇妙な反発心を覚える。何故だかはわからない。まるで子供じみた感情だ。
「……一つだけ質問よろしいでしょうか?」
従順な私に満足する防衛大臣に、意趣返しをしたくなったのだ。
防衛大臣はふっと表情を引き締めると、警戒しながらも、私の言葉を促した。
「彼が言っていたのですが、ウラシマに配属されるのは<守るもの>があるものだけだ、と。そうであれば、愛国心を試されているようで気分が悪いなと」
「は?」
意図が伝わらなかったのか、防衛大臣は怪訝そうに眉をひそめる。
「もし、私が彼に惑わされるようなことになったら、家族に何か不幸が起こったりしたのでしょうか?」
「……ああ!」
ようやく合点がいったものの、本当に意外だったらしく、大臣はびっくりしたのように目を見開いて見せた。
「彼の存在は秘匿されているから、私はどのような罪状になりましたか? その場合私の家族は、」
「なるほど、人質を取られている気分だったか」
「そうでなくとも、守るものがあるから、現状維持を望む人間を選別したのかと」
はっきりと口にすれば、防衛大臣は、人の悪い笑みを浮かべて見せた。それこそ、作り話出てくるような悪い政治家さながらに。
「いや、現代日本は連座(※1)を規定していない。しかし、あの人の存在を公にできない以上、君が1階級特進(※2)して、家族とは会えなくなるかもしれないな」
「それは……彼と一緒に過ごすことになるのだと解釈しておきます」
冗談なのかわからないが、笑えないことだけは確かだ。
彼もそうだが、大臣のユーモアも相当に悪趣味である。
「それに、」
大臣は、ふむ、と顎に手を当てた。そして、私の様子をうかがうように、ちらり、と視線を投げてくる。
「どうしました、」
「君、これはしてる?」
大臣は自身の耳元を指さした。おそらくインカムのことだろうと思い、私が「電子機器の類は、この部屋に入る前にすべて秘書の方に預けました」と告げれば、大臣は小さく顎を引いて「そうか、」と言った。
そして、気を取り直したように口を開いた。
「君、あの人のこと、どう思った?」
「どう、とは?」
「子どもみたいだ、と思わなかったかい?」
「え、は? まぁ、そういうところもあるかな、とは思わなくもないような、あるような」
わざわざ内緒話をするのだと思って、身構えた私は、予想外の言葉に思わず声が裏返る。防衛大臣は、正しく憧憬の表情を浮かべてみせた。
「いや、いつまでも青臭くいられるのは一種の才能だよ。だからこそ、あの人は一途に、使命感を持って自分がなすべきことに取り組んでいる。そういうところにも憧れているし、尊敬もしている」
「はあ、」
「だけど、まぁ、駄々っ子みたいなところがあるのも事実だ」
深いため息。そして、私を眺めて言うことには。
「だから、あの人のお世話をするのは必然的にパパやママになる」
尊敬しているといったその口で、辛辣な評価である。
「それ、今度本人に言ってみてください」
「……無茶を言うな、私にとってのあの人は敬愛する先輩なんだよ。ずっとね」
そう言って、防衛大臣が浮かべた表情は、それこそ、少年のような笑みだった。
※1 連座:刑罰の一種。罪を犯した本人だけでなく、その家族などに刑罰を及ぼすこと。
※2 1級特進:階級制度がある職業において、業務上過失致死の場合、在職階級から1段階昇任させる制度または慣行。なお、名誉・叙勲・その他の遺族に対する補償も特進した階級に基づきなされる。




