恋道 Ⅳ
うーん、牛乳、オレンジジュース、コーヒーはいいとしても、紅茶がな。ティ―バックってのがどうもいただけない。しかも、ネカフェとかにある廉価版だし。
だが、ひとパック5円のティーバックであろうと、おいしい紅茶を入れるのがマニアというもの。
あたしの紅茶マニア魂は、ごうごうと燃えさかっていた。
「ちっ、このカップ、コーヒー用じゃん」
それでも、おいしい紅茶を飲まねば、朝食は終えられぬ。
すでに、カップの温めは完了。
「あっ、すいません」
厨房のオバちゃんから薬缶を受け取ったあたしは、沸騰したお湯を注いだカップに、ティーバックを滑らせるように入れ、すかさずソ-サーで蓋をした。
そして、3分ほど待った後、適量のミルクと砂糖を入れれば、お安いティ-バックであろうとおいしい紅茶が飲めるのだ。もちろん、使用済みのティ-バックは取り出してね。
「やっぱ香りはないなぁ。でも、まぁ、及第点ってとこか」
あたしは、ミルクティーを一口飲んだ後、してやった感ににんまりと笑った。
「あんた、何してるわけ?」
めっちゃ尖りまくった声に後ろを振り返ると、冴子委員長様が目を三角にして立っていた。
「お嬢様、ティータイムの時間でございますよ」
『謎解きはディナーのあとで』の桜井翔の真似をしながら返すと、
「何が、ティータイムよ。みんな、待ってるんだからねっ!」
と、冴子が噛みつくように言った。
ははは、そうでした。朝食の後、諏訪大社に参拝するんでした。
「ごめーん」
「まったく、騎士様のお陰で遅刻グセがなくなったと思ったら、すぐこれなんだから~」
あたしは、冴子にマフラーをぐいぐい引っ張られながら、あれよあれと言う間に食堂から合宿所の外に出されていた。
「まだ一口しか飲んでなかったのに~~~~」
そう悲しげに吠えたあたしの言葉がみんなから無視されたのは、言うまでもない。
* *
これからご参拝する諏訪大社は、全部で4宮からなる神社で、全国に1万社あるとされる諏訪神社の大本山だ。祭神は、建御名方命とその妃・八坂刀売命。もちろん、信濃一の宮であり、神位は正一位。
建御名方命は、因幡の白兎で有名な大国主命の息子で、非常に神格が高い。
鎌倉時代、元寇を追い払った神風を吹かせた竜神でもある。
ぶっちゃけ、日本に国難が起こると、朝廷は、伊勢神宮(皇室の祖・天照大御神が祭神)と諏訪大社に祈願するらしいのだ。
あたし達、2―AHR一同は、そんなえらい神様が祀られているという諏訪大社・上社本宮へ向かってぶらぶら歩いていた。
「ねぇ、ここ足湯、出来るらしいよ。帰りに寄って行こうよ」
諏訪市博物館の『足湯出来ます』と書かれた看板を見た工藤友香がウキウキした様子で言った。
前回、竜神様に妹を攫われるというとんでもない目にあった友香だが、楽しめることはとことん楽しむが信条の前向きな女子だ。
「えっ、足だけじゃ寒くない?」
と答えたのは友香の親友、新宮優奈。
優奈の家は神社で、前回の竜神様の事件の時、守ヶ淵を率先して清めてくれたのが彼女の祖父だ。彼女の家は、白蛇を祀っている神社だから、竜神は眷属って考えてくれたんだろううね、たぶん。
北参道から入ったあたし達は、大きな石の鳥居をくぐり、土産物屋やお蕎麦屋さんが軒を連ねる中を歩いて行った。でも、拝殿までがけっこうややこしい道のりなのよ。
杉の巨木が生い茂る中、たまに迷いながらもあたし達は、拝殿までの道をひたすら進んだ。
「ねぇねぇ、あの人、イケメンじゃない?」
布橋の向こう側から歩いてくる白装束に濃い紺色の袴を着た神職らしき男の人がすれ違いざま、頭を下げていくのを見た友香がこっそり言った。
「ほんとだよね」
「めっちゃタイプかも・・・・」
「そうかしら?」
ちなみに上から、あたし、優奈、冴子のセリフ。
男性のああいった禁欲的な恰好って、イケメン度が2割くらいアップする気がするから不思議だ。
まぁ、不敬な話ですけど、男性に興味深々な年頃ですから、お許しを。
「あんたんちの神社のお婿に来てもらったら?」
「それ、いいんじゃない」
と、友香とあたし。
優奈んとこは、お父さんがサラリーマンになってしまったため、神社の跡取りは優奈なのだけど。でも、まだまだ女性宮司は少ないってのが現状である。
「こないだお祖父ちゃんと話したんだけど、女性宮司ってのをウリにしようと思ってんの。うちのお社、おんぼろだからそろそろ建て替えたいしね。
だから、お婿さんは誰でもいいんだ」
と、優奈は、くりっとした目を少しだけ細めて言った。
「そうね、優奈は可愛いから、宮司になった後、神社のHPでも公開したら? きっと参拝客が詰めかけるに違いないわ」
「ってことは、拝殿だけじゃなく社務所も建て替えられるかなぁ?」
冴子の言葉に、優奈が目を¥マークにしている。
「確かにあんたんちの神社、どこもかしこもおんぼろだもんね」
「失礼ね。由緒があると言って欲しいわ!」
ムキになって言った優奈の言葉に、あたし達はひとしきり声を立てて笑い、もう一度通りかかった禰宜さんらしきおじさんに「お静かに」と怒られてしまった。
そんなこんながあって、ようやく参拝を済ませたあたし達は、友香待望の足湯に入ることにした。
「うっわ~、結構熱くない?」
オーバーニーソックスを脱いだあたし達は、並んでお湯に足をつけたんだけど、これが熱いのなんのって。
熱いお湯がめっちゃ苦手なあたしは、3分くらいでそうそうに引き上げてしまった。
周辺をひとりでうろうろしていると、とある看板を見つけた。どうやら上諏訪温泉の縁起が書かれている様子。
『昔、諏訪大社の神様・建御名方命と喧嘩をした妃の八坂刀売命は、諏訪大社・下社へ移ってしまわれました。
その時に愛用している化粧用のお湯を綿に湿らせて持って行ったところ、途中でその綿のお湯が滴り落ち、そこになんと上諏訪温泉が出来ましたとさ』
へぇ~、気の強いお妃さまなんだな、八坂刀売命って。
考えてみれば、古代の女性皇族は、勇ましい方が多い。神功皇后にしろ飯豊皇女にしろ。
たぶん、男とか女とか関係なく、神の血筋である自分を誇っていたんだろう。何せ、日本の最高神・天照大御神は、女性だから。
あたしは、そういう女性が嫌いじゃない。たぶん、建御名方命も気の強いお妃さまをお好きだったんだろう。上社から下社へ幾度もお神渡りされるくらいだから。
それにしても喧嘩の理由ってなんだったろう?
あたしは、冴子に「緋奈、そろそろ帰るよ~」と、呼ばれるまでしばらく考え込んでいた。