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ビュ=レメンの舞踏会 ―はじまりの招待状―  作者: 滝沢美月
第2章 忘れ去られた恋の唄
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第18話  北の魔森



 チェの街から北北東の位置にある北の森の最奥・北の魔森。その開けた場所に降り立ったフロッケの背中から降りたティアナとジークベルトは、魔森の奥へと進んでいく。ティアナは背中に大きな籠を背負い、ジークベルトは漆黒の長いマントを風になびかせ腕に付けた無数に付けた魔法石の腕環を無意識に触り、道なき道を進んでいく。

 パナン、ジュニーベル、プチグラン、リアウリ、カユプト……よく使う薬草は、魔森に入ってすぐに見つかったが、肝心の雪のかけらだけが見つからない。


「俺は風と水の属性の魔法は得意だが、他の属性もいまいちだし、精霊の声は聞こえないし……こうゆう時、水の精霊の声が聞こえれば一発で冬の花が咲いてる場所が分かるんだが……今はとにかく、奥に進もう」


 ジークベルトの鼻と勘を頼りに、季節狂いの場所を探す。魔森を奥へ奥へと進むにつれ、高く生い茂った木の葉が天をも隠し薄暗く、じめっとした空気が漂ってくる。

 ヒューと冷たい風が吹き、分け入った草の先は一面の銀世界だった。


「わぁー、雪……」

「急に冷え出したと思ったら……ここが季節狂いか……」

『そのようだ、後ろを振り返ればすぐそこに春の花、夏草、秋の花もあるぞ』


 フロッケの言葉に、初めて季節狂いの場所に足を踏み得れたティアナとジークベルトは、ぞくりと背筋を震わせる。


「やばいな、背中がぞくぞくするぞ……」

「私は動悸が……」

『季節狂いは、磁場の歪んだ場所だ。つまり人間界と魔界の狭間だ』

「なっ、それを早く言え! フロッケ! ティア、やばいぞ。こんな場所に長居したら、気が狂うか、一歩間違えれば魔界に落ちる。早く、薬草を探せ!」

「うっ、うん!」


 切羽詰まったジークベルトの言葉に、ティアナは頷き早足に辺りを見回す。

 暗い森の中を歩いてきたせいで時間の感覚が鈍ったのか、ここが季節狂いの場所だからか、いつの間にか日が昇り始めていた。

 いつの間に、夜になって、明け始めたの……!?

 じわりと額に浮かぶ汗を袖で拭い、ティアナは朝日に照らされてキラキラと反射する雪野原に目を細め、必死に雪のかけらを探す。

 確か、雪のかけらは、冬に咲いて、場所は……そうだ、断崖絶壁の岩肌に……

 そう思った瞬間、目の前に断崖絶壁の崖が現れ、その割れ目にゆらゆら揺れてる小さな白い花を見つけた。


「あれっ……!」


 そう言ってティアナが崖に向かって駆けだした時。

 グラリっ!!

 地面が大きく揺れて、ティアナは体勢を崩して崖に投げ出された――



  ※



 地面が揺れた瞬間、辺りに霧が立ち込め、視界を遮られる。


「ティアっ!」


 さっきまで、すぐ側にいたティアナが見当たらなくて、ジークベルトは大声で叫んだが、返事は返って来なかった。


「フロッケ!」


 そう叫ぶと、背後から声が聞こえるが、その姿は見えない。


『ジーク、ここに』

「フロッケ、無事か? こっちに来られるか?」

『無事だが、そちらには行けそうにない……』


 フロッケが感情の読みとれない静かな声で言った時、ざわりと不気味な笑い声が響く。


『クックックッ……久しぶりの人間だ……。ん? お前、魔導師か……?』


 その声に、ぴくりとこめかみを揺らし、ジークベルトは唸るような低い声で言う。


「霧に隠れてないで、姿を現せ。お前が妖魔だということは分かっている! 霧を出したのもお前だろう!」


 言うと同時に短い呪文を詠唱し、魔法石の腕輪をはめた左手を声の聞こえる前方に突き出す。瞬間――

 ぶわーっと風が吹き、霧が晴れ、前方に茶色い毛皮の下半身が牡鹿、上半身が狼、頭には二本の角、炎の尾が生えている妖魔の姿が現れた。


『おー嫌だ嫌だ、これだから魔導師は物騒で困る。俺は人間の気配がしたからちょっくら挨拶しようと思って出てきただけなんだがな……』


 そう言って後ろ足で立った妖魔はにんまりと口をゆがめた。


「お前は……天候を操る妖魔、フルフルか?」

『ふっ、俺もそこそこ有名のようだな』


 フルフルと呼ばれた妖魔は、炎の尾を振りまわし、前傾姿勢で構える。すかさず、ジークベルトも戦闘態勢を取る。その時。


『フルフル、こいつは煮ても焼いても食えんぞ』


 ジークベルトの背後、霧で見えないところにいるフロッケの低い声が響いた。ふっとフルフルが息を吹くと、ジークベルトの背後に漂っていた霧が晴れ、フロッケが姿を現した。


白鶏(ビャッケイ)か? 白鶏をお前が使役してるのか……?』


 フルフルは言い、目を見開いて、ジークベルトを見つめた。


「そうだ、白鶏(フロッケ)は俺が召還した。フルフル、お前はどうしてこんなところをうろついている? この森で迷って帰って来ない人間がいるそうだが、それはお前の仕業か? 魔物は人間界での勝手な悪さを、許されてはいないはずだが?」


 ジークベルトは鋭い瞳で、戦闘態勢を崩さないまま、フルフルを見据える。


『ふっ。ここは、季節狂いの森。人間界であり、また、魔界でもある。つまり、ここは俺の縄張りだ! 迷い混んだ人間が悪いのさっ』


 言うが早いか、フルフルの炎の尾が広がると、朝日が輝いていた空に灰色の雨雲が立ち込めゴロゴロと鳴り、雷がジークベルト目がけて落ちてきた。


『白鶏を使うめずらしい魔導師だ。生かさず殺さず、魔界に招待してやるさっ』


 ジークベルトは光速で落ちてくる雷をすれすれのとこで体をそらして避ける。


「何が目的だ!? なぜ、人間を襲う?」


 そんなジークベルトの問いに、フルフルは答えず、笑い声を響かせてジークベルトめがけて雷を落とし続ける。

 逃げ回るジークベルトに追いついたフロッケは言う。


『ジーク、問い詰めるだけ無駄だ。ヤツが本当のことを言うはずがない』

「しかし、妖魔が悪さをしているのを放っておくわけには……」


 ジークベルトは歯をかみしめ、再び襲ってきた雷を寸前で避ける。


『正義的な行動はお前らしくないぞ、ジーク。彼女(・・)の影響か……?』


 フロッケのその言葉にちっと舌打ちをして、腕環にあてたままだった右腕を外し、腰の剣に手を伸ばす。


「フロッケ!」


 叫ぶと同時に引き抜いた剣を正面にかざし、短く詠唱する。すると、ふわっとフロッケの体が光り剣にすいこまれるように消え、ジークベルトは木を切るように剣を振り下ろした。その瞬間。

 フルフルの呼びだした雨雲から降りだす大粒の雨と雷が、ジークベルトの起こした風に渦巻かれ、まるで竜のように唸り声をあげてフルフル目がけて駆けだした。ジークベルトの風の魔法で操られた雷は、フルフルの体を縛り上げ、ゴロゴロと爽快な音を響かせた。雷に捕まったフルフルは、苦々しい顔で叫ぶ。


『離せ! やめろっ!』


 ジークベルトは一歩、また一歩と豪雨に打たれ溶けかけた雪を踏みしめてフルフルに近づき、冷えた低い声で問い詰める。


「言え。人間を襲ったのはお前か?」


 フルフルは、消えかけた炎の尾をしおれさせ、震える声で言う。


『そっ、そうだ。どうせ、季節狂いのここに迷い込んだ人間は気が狂っておしまいさっ! だから、俺がどうしようと、うわっ――!』


 最後まで言い終わる前に、フルフルは悲鳴を上げた。ジークベルトは、魔法石の腕輪をつけた左手をフルフルに向けていた。フルフルの体を締め付ける雷がきつくなり、フルフルの表情が険しくなる。


『やっ、やめろ。殺さないでくれっ!』

「殺しはしない。だから、誓え。今後、この森で人間を襲わないと」

『そっ、それは……』

「お前の言う通り、ここは、季節狂いの森。魔界であると同時に、人間界でもある。人間界で悪さをすることは、許さない!」


 そう言ったジークベルトの瞳には威厳と誇りが宿っていた。

 その迫力にビクリっと体を震わせたフルフルは、しおれた尾と同様、小さな声で言った。


『わかった……わかった……もう人間は襲わない。だから、離してくれ……』




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