第13話 弱気×強気
食堂の人だかりから離れて隅の円卓に座ると、ティアナが今まで堪えてきた嗚咽を漏らす。
「あっ……」
ティアナは口元にあてた手をふるふると震わせて、涙を流した。
「イザベルが……」
二人の尋常じゃない様子に何かあったことは察していたが、状況がつかめないエルがジークベルトの膝の上で、顔を上げる。
何があったのだ?
視線で訴えたエルに、ジークベルトが囁く。
「彼女の耳の下に腫れものができていた……」
動揺を表すようにエルの目が見開かれ、耳がピクピク揺れる。
「いちお、イヴァン医師に渡したのと同じティアの薬を飲ませたから効いてくれるといいが……」
「ダメよ……」
ティアナが世の終わりでも見た様な沈痛な声でもらす。
「ティア……?」
ジークベルトが眉間の皺を深くして、ティアナを見る。
「あの薬では、せいぜい死期をのばすだけ……完治させることはできない。わっ、私がビュ=レメンに行きたいなんて我が儘を言わなければ、イザベルが疫病にかかることもなかったのに、私のせいで……」
そう言ったティアナは肩を震わせ、わっと円卓に泣き伏した。
「ティア、お前のせいじゃない。城に居ても、いずれはこの疫病が蔓延してただろう……」
苦虫を噛み潰したように眉根を寄せて、ジークベルトが言う。ティアナの肩を支え、起こそうとするが、ティアナは首を左右に振り、拒絶する。
「いいえ、いいえ。私が……」
そう言った時。
すりっ。
ティアナの足にエルがすり寄った。頑なに顔をあげることを拒んでいたティアナは、視線を足元のエルに向けて、そっとエルを抱えあげる。
「エル……?」
涙にぬれた弱々しい瞳で、消えそうにかすれた声で尋ねるティアナ。
「瞳を輝かせて城を出たティアナ様はどこですか?」
エルが夜空を想わせる深い深い蒼の真剣な眼差しをティアナに向ける。
「夢があるとおっしゃっていたティアナ様はどこですか? そのように自分を責めて泣いているのは、この数日、私が一緒に旅をしてきて何事にも前向きなティアナ様ではありません。泣くことはいつでも出来ます。自分が悪いとせめて起きてしまったことをただ悔いるのは、責任を投げ出した者がすること。あなたは、そんな方でしたか? 今はもっと他にやるべきことがあるのでは?」
「他に、やること……?」
「はい」
確固たる意志を待った瞳でエルが頷く。
「まずは、もう一度王都に至急の連絡を。それから、過去に起きた疫病ならば、必ずどこかに文献があるはずです。それを探して、病を治す方法を探しましょう」
さっきまで陰っていた瞳に輝きを取り戻したようにティアナが頷く。
「わかったわ、まずは王都に出す早馬の手配を」
そう言って宿の外に向かおうとしたティアナの膝からするりと降りたエルは……地をはうような自虐的な声で囁いた。
「このままではいずれ我々も病に感染すると言うならば……最悪、どんな代価と引き換えにしてもいいから……アイツと悪魔を契約させてみせるさ……」
その声は誰にも聞こえないような低く小さな声で、ティアナは気づかずに宿屋の出口に向かっていたが――、一人、聞いてしまったジークベルトがじっと、ティアナに続くエルの後ろ姿を見つめた。