第14話 小さなレーナ
エルの助言で王宮仕えの“アウトゥル”という人に早馬を出したティアナ達は、薄闇の大通りを宿屋に向かって歩いていた。
さてと、次は過去に起きた疫病の文献探しだけど、どこに行ったら見つかるかしら……
そう考え事をして歩いていたティアナは、ドンッと角から走り出してきた子供にぶつかって、後ろに転びそうになったところをジークベルトに支えられる。
「おっと、危ねえ……大丈夫か?」
ジークベルトのおかげで転ばずにすんだティアナの向こうには、少女が尻もちをついていた。
「大丈夫……?」
手を差し伸べたティアナを見て、少女が縋りついて泣きだした。
「母さんを……母さんを、助けて……!」
少女の横にしゃがみ、立つのを手伝いながらティアナが聞く。
「お母様がどうしたの?」
少女は立ちながら、瞳に溢れた涙をぬぐい、嗚咽の漏れる声で必死に喋る。
「母さんが病気なの……」
その言葉に視線を合わせる二人と一匹。
「医者には見てもらったか……?」
様子をうかがいながらかけたジークベルトの言葉を遮り、少女は首を激しく振りながら叫ぶ。
「長屋に住んでたお医者様はどこかに行っちゃって……! 最初は弟が病気になって、その次に母さんも同じ病気になっちゃって……」
「医者は逃げたのか……」
エルが厳しい表情で、囁いた。
「弟は一週間で死んじゃった。他にもたくさんの人がこの病気で倒れて、死んで……! 元気な人は移るのが怖いからって家から出てこないし……。ねえ、お姉さん、服装が違うから……異国の人でしょ? お姉さんには治せない?」
真剣な瞳で見つめられて、ティアナはもう一度ジークベルトに視線を向ける。ジークベルトは少女の前にしゃがんで目線を合わせて尋ねる。
「君は、どこの長屋に住んでいるんだ?」
「西の長屋……」
顎に手を当てて考え込んだジークベルトの足元でエルが囁いた。
「行ってみよう……」
そう言ったエルをジークベルトが抱き上げ、少女に聞こえない様に囁き返す。
「今は行っても、仕方がない。おそらくこの子の長屋に広まってるのもあの病だ。まだ、病を治す方法も見つかってないのに、近づくのはリスクが大きすぎる……」
「ならば、私だけでも行こう……」
エルは頑なに意見を譲らない。
「ティア、どうする?」
エルの頑なな態度にため息をついて、ジークベルトがティアナに囁く。
「エルを一人で行かせるわけにはいかないわ。何もできないかもしれないけれど、行ってみましょう」
「ティア……!」
ティアナは、止めようとしたジークベルトの言葉を彼の口元に手を当てて遮り、微笑む。
「“困っている民を見捨てず――”」
そう言ったティアナの瞳は、一瞬悲しみに揺れて。
「マグダレーナ様はいつもそうおっしゃっていたわ。それに、こんな夜中に助けを求めて街を走り回っている小さな子を見捨てるなんて……人として、王族として、できないわ」
真摯な口調で言うと、ふっと微笑んだ。その顔は王族と言うよりも、年相応のあどけない少女の笑顔だった。
ティアナはどんな気持ちで言ったのだろうか――と、ジークベルトは思う。
「私の名前はティアナよ。何もできないかもしれないけど、あなたのお家へ案内して頂戴。お母様の様子を見させて」
ティアナが言うと、少女はぱっと顔を輝かせて笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん。私はマグダレーナよ」
ジークベルトとティアナは瞠目し――
「こっちよ」
そう言って歩き出した小さなマグダレーナの後について歩き出した。
マグダレーナに案内されて、大通りから小さな道へ、さらに小さな道を進んで西の長屋街に辿り着く。
夜中ということもあって、長屋街はしんっと静まり返っているが、そこここの家から咳き込む声が時折聞こえる。
「お姉ちゃん、こっちよ」
マグダレーナはそう言って長屋の一つの扉を開けて中に入って行った。その後に、ジークベルト、エルを抱えたティアナが続く。入ってすぐのところは土間、その奥に小さな部屋が二つあって、右の部屋に四十歳ほどの女性が横たわっていた。
ティアナが近づこうとすると、ジークベルトが腕を掴んで止める。
「ティア、これを」
そう言ってどこから取り出したのか、昼間、イヴァン医師の診療所で使ったタイムの葉が巻かれた布を手に持っている。
「どうしてこれを……」
「今更、手遅れかもしれないが、念のために」
そう言ってジークベルトから渡された布を受け取るとティアナは、先に女性の枕元に行っていたマグダレーナに近づき、その小さな口と鼻を隠すように覆ってあげた。
「お姉ちゃん?」
不思議そうに見上げてきたマグダレーナに、優しい微笑みをむける。
「安心して」
布を巻いていたために少し遅れて奥に来たジークベルトとエル。マグダレーナが布を巻いているのを見て、声を落としてジークベルトが言う。
「ティア……」
いいのよ。
そう視線で語ったティアナ。
その時、マグダレーナの横で眠っていた女性がかすかに目を開けた。
「レーナ……?」
一斉に女性に視線を向ける。マグダレーナは横たわる母にさらに近寄り、声をかける。
「母さん、具合はどう?」
「ああ、今はだいぶ気分はいいよ。レーナ……心配かけてすまないね……」
そう言って、マグダレーナの頬に手を伸ばした女性は、ごほごほっと咳込みだした。
「マグダレーナ、お母様の背中に藁を敷いて、少し起して上げて。その方が、少しは呼吸が楽になるわ」
「うん、わかった」
マグダレーナは立ちあがり、土間の端に積んであった藁を運んでくる。その間に、ティアナがスカートから例の薬を取り出すと、その薬を取り上げてジークベルトがティアナに先に外に出るように促した。ティアナはその場に留まろうとしたが、強く視線で促され、渋々といった様子で入り口に向かう。
マグダレーナが運んできた藁を女性の背に敷くのを手伝ったジークベルトは、数粒の薬を渡し、飲ませるように言い、外へと向かった。




