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ハイネとシルフィ 1

「ごきげんよう」

ヨシローは声のする方へ目をやった。しかし、何も居ない。確かに声のした辺りは目の届く位置であるはずなのに姿は見えない。

おっとりした女性の声だ。

木々に隠れているのか、茂みに潜んでいるのか。

ヨシローは立ち止まって、目を凝らして一周見渡した。


「ダメだぜこいつ。見えてねぇ」

今度は男性の声。高圧的ではないが、ただ口が悪いだけの、いや彼の声は昨日聞いた声だ。


魔法に関係するものなのだろうか。ヨシローは魔法が使えない。魔法といえば村人のなかには何人か使える人がいるが面識がない。

リオットの火の魔法。思い浮かんだのは嫌な思い出だ。


「誰かいます?」

変な気分だ。ヨシローは言葉が状況に適切かもわからないでいる。

「はい、あなたの目の前に」

「おれは、てめぇの周りをビュンビュンしてるぜ」

二人分の声がした。きっと目に見えない何かが二人いてヨシローを見ているはすだ。三人目はいない。気配すら感じとれない。人生詰んだのか。この状況が危険なことなのかもわからない。


逃げようかと思った。魔族の中には人を捕食するのもいるという。だが満身創痍のこの身体では襲われてしまえば逃げるのは無意味だ。

言葉じりをとれば脅威はない、はず。


「おい、ゼンマイ切れか?うごかねぇぜ」

「あら、大変」

「ハイネぇ。こいつは相手になんねぇぜ」

「努力中なのかしら」

「なんのだよ」


声は聞こえるのだ。姿が見えるように何か必要な工程を踏まなけれならないのか。ヨシローは試行錯誤を繰り返して、たとえばまばたきしたり、視線を遠くに伸ばしてみたりと視覚にヒントがあると思い悩んだ。


「こいつのゼンマイってよぉ。どこだ?」


あぁ。シスターだ。昨夜おまじないの前に祈りのような言葉を唱えていた。傷口に手を当てて一瞬光って。

それから何があった。痛みが和らいで、見るに堪えない傷痕がおさまって。シスターの手にぬくもりを感じた。他に何か形容し難いものがあった。多分それなのだろう。


「ゼンマイじゃねぇ。スイッチだ。どこだよ。さがすぜぇ」

「シルフィ。チャチャを入れるのはおやめなさい」


もし。自分に魔力というものがあったなら、きっと見えるのだろう。魔力を動かす。力を込める。どこに?集中する。何に?唱える。文言は何?


「怪しいのはここだぜぇ」


ふと目の前に、女性が倒木に腰を掛けてこちらを観察していた。淡い青の長い髪。みずみずしい白い肌。ゆったりした衣をまとい笑顔で

「芽吹きましたね」

そこには確かに誰もいなかった。だが、今はずっとそこにいましたよといわんばかりに存在した。

「シルフィ」


「これレバーだぜ。まだあげてないぜ、おれはよぉ。ズボン脱がさなきゃよぉ。邪魔だぜぇ」

ヨシローの股間にぶらさがっている小さな人でない生き物がいた。思わず股間を両手で隠した。

「おいおい。おれをつぶす気かぁ。つぶせねぇけどもよぉ」


「シルフィ。こちらへ」

折れたとんがり帽子に大きな瞳、4枚の羽を持つシルフィと呼ばれる生き物はハイネの方へ振り向くと一直線にハイネのもとに飛んでいった。

ハイネの膝にちょこんと座ると足をパタパタさせ子供のようにおとなしくなった。


「ようやく、はじめまして」

「シルフィだよぉ」

「ハイネと申します」


「ヨシローです」

「てめぇ、ずっとよぉハイネが声をかけてんのに無視しやがって。おれはよぉ、どうでもいいって言ってんのによぉ」

シルフィが言うには、くる日もくる日も仕事でこの辺を歩くたびにハイネが言葉をかけていたみたいだが無視されていたらしい。魔力がないんだから仕方ないと思っていた。


「あなたが利用する川のさらに上流に登って行ったことがあるでしょう」

ヨシローは思い当たる節がある。確かに上流に行ったことがある。滅多に行かないが、その前に大雨が何日か降り注ぎ風も強い日があった。後日川が増水するはずと予想したのに川が枯れかけていたのだ。

不思議に思い川を上へ辿って行くと雨風で薙ぎ倒された木が幾重にも積み重なって川を堰き止めていた。

必死に斧を振った記憶がよみがえった。


「思い出しました。だけど何か関係がありましたか?」

「おれはよぉ、てめぇに興味ねぇぜ」

「シルフィ」

ハイネはシルフィの口元に手を押し当て黙らした。


「それだけの魔力をお持ちで私たちの存在が気づかないなんて。正直困りました。私、あなたとお話がしたいとずっと思ってましたの」

「おれはよぉ、やめときなって言ってたんだけどよぉ。ハイネのことが好きだから付き合ってんだよぉ」

シルフィがハイネの手を振りほどき喋りだしたがすぐにハイネに口を押さえられた。


笑顔でシルフィは立ち上がり

「とっておきの場所がありますの。ご案内してもよろしい?」

「暗くなる前に帰らないと」

「まだよぉ、陽がてっぺんまで登ってもねぇのに。帰りの心配かよぉ。先が思いやられるぜぇ」


「ご心配なく。時間を忘れてしまうくらい時間はありますから」

ヨシローは誘われるまま二人について行くことに決めた。悪意も敵意もない。それだけが頼りだった。ヨシローは立ち止まった。


「だめだせぇ。おれたちをよぉ、見失っちまってるぜぇ。今日はやめときなよぉ。ハイネぇ」

「一朝一夕で魔力を使いこなせるはずありませんものね。少し様子を見ましょう」


「おい、さっきは驚いたぜぇ。ハイネのおさそいを棒に振るなんて、生かしちゃおけねぇからな」

なんとか二人を再び見ることができた。消えた瞬間焦った。何をして見えるようになったかは未だわからず、ただ感覚的に見えるように戻っていまに至る。


シルフィがヨシローの目の前を煙たいくらい飛び回る。

「どんぐりをよぉ、拾ってこい。おれたちをよぉ、また見失ったら投げてやる」

「シルフィ」






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