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帝都脱出

 





「不気味な程に静かね」


 帝都を進む一行は、誰もいない大通りを歩いている。

 非日常な光景を前に、セフィリアは身を硬くした。


「見られているけど、手を出しては来ない」


 次の言葉はレイチェル。テリトリーで確認した状況を二人に伝えた。


「帝国の密偵ね。それにしても…貴女、本当に凄いのね。彼らの存在には私でも気付けないわ」

「私は天才。比べても落ち込むだけだからやめとくことを勧める」


 どんな状況でもレイチェルは変わらない。

 皇女を誘拐するのは初めてだが、修羅場は幾度となく潜り抜けてきた。


「冗談はやめて、先へ進むわよ」

「…ホント」

「貴女達、よく今までうまくやってこれたわね」


 二人の戯れ合いにアメリアは変な関心を示した。



 そして行手を阻むモノのない三人は、帝都の外に出る為の門前へと辿り着いた。


「門が閉まっているのは想定内だったけど、アレは一体何?」


 先頭を進むセフィリアが門の前にいるナニカを指して二人へと聞いた。


「ったく。ここまで来ても邪魔をするのね…彼はこの国の貴族で近衛騎士団長の剣聖よ」

「…相性が悪い。パス」


 大陸有数のツールマスターであるレイチェルにとって、近接戦は大の苦手。

 特に一閃確殺流には苦い思い出があるのか、剣聖と聞いてすぐに白旗をあげた。


「大丈夫。戦いにはならないわ。なれば負けるもの」


 アメリアはここも逃げ切れると確信している。

 アメリア国外逃亡劇において最大の難関は剣聖テキサス・フォン・レイモンド侯爵。


 その剣聖が城にいないから作戦を実行したのだ。

 だが、帝都にはいる。

 これはアメリアが想定していた最悪の展開に比べれば対処可能な範囲。


 事実、剣聖の顔を見てもアメリアの表情に揺らぎは見られなかった。


「レイチェル。私が三秒稼ぐ。何とかしなさい」

「…気は進まない。けど、その時は仕方ない」


 二人のアメリアへの信頼は皆無。

 だが、信用はしているから何とかしなさいと、セフィリアは視線でアメリアへ訴えかけた。


 そんな黒装束から覗くセフィリアの瞳は、緊張からか小刻みに揺れていた。


「レイモンド卿。門を開けて下さるかしら?」


 帝都への入り口は四ヶ所。

 剣聖が偶々ここにいたとは考えられず、三人の居場所を確認して、ここへ来ることを予想していた模様。


「これはこれは。夜に見てもお美しい金色のお髪ですな、殿下。しかし殿下と言えどそれは叶いません」

「開門のルールかしら?」

「左様。帝都の門は日没以降、開くことはございません」


 これは半分嘘で半分本当。

 本当の部分は貴族と平民は、ということ。

 嘘の部分はそれに皇族と急使は含まれない、ということ。


「この者たちは邪魔をしなければ私を殺さないと約束しました」

「殿下はその様な者達を信じるので?」

「まさか。でも、ここで殺されないだけということくらいは信じているわ。

 それで十分ですもの」


 関係者以外に首が晒されなければそれでいい。

 それが皇族としての威厳を保つ最低ラインだと剣聖へ伝える。


「…私なら、その者達を一瞬の内に殺せましょう」


 剣聖は油断なくそう考えている。

 事実、間合いにさえ入れば不可能ではない。


「私の首元には気付いているでしょう?」

「…不似合いなネックレスですな」


 剣聖はバトルツールの造詣が深い訳ではない。

 それでも見覚えのある形。

 そしてその物体から放出されているオーラ。


「爆破のバトルツールよ。爆破範囲はわからないわ。彼らに聞いても答えてくれないし、事実彼らも知らないのでしょう」

「………」

「唯一知っているのは、二人が私から離れた場合。もしくは、死んだ場合に爆発するということ。

 私は既に死を覚悟していますが、無辜の民を巻き込むことは許せません」


 アメリアは尚も皇族としての在り方を侯爵へと説き続けた。


 レイモンド侯爵の弱み。

 それは忠誠心の高さ。


 それが自身より弱き者に仕えた代償だと、アメリアはその隙をついた。


「お父様がここにいたら、(私ごと)殺せと命じたかもしれませんね」


 これがトドメ。


「殿下!陛下は…陛下はその様こと…出来ませぬ…」


 絶対である皇帝。

 忠義の対象である皇帝。

 その皇帝に出来ないことがあると告げた。


 それは不義なのか、はたまた忠誠からの言葉か。


「ありがとう。貴方からそれが聞けただけで、私は十分よ」

「…殿下」


 剣聖レイモンドは帝国において剣と忠義の象徴。

 その生涯の殆どを皇帝と剣に捧げてきた為、腹芸は苦手だった。


(勝てないなら、勝てる土俵で勝負すれば良いのよ?)


 アメリアは剣聖を手玉に取り、それを確認したレイチェルは右手を門のある方へ翳した。


「むっ…」

「レイモンド卿、退きなさい」

「……はっ」


 この瞬間、レイモンドは死罪を覚悟した。

 皇女が目の前にいながら、助けることを諦めたのだから。


(殿下は帝国の為に死を覚悟なされている。その想いを踏み躙るなど、どうして出来ようか?)


 ドォォンッ


 レイチェルの右手から閃光が走ると、それは門に衝突して爆発を起こした。


 外からの攻撃には強いが内からの攻撃を想定して造られていない城門は、木っ端微塵に吹き飛んでしまう。


「ありがとう。貴方との稽古、中々に刺激的だったわ」


 剣聖の真横を通り過ぎる瞬間、アメリアは別れの言葉を伝えた。

 それを無言で見送った剣聖だが、去り際に言葉を残す。


「黒装束達よ…お前達は我の大切なものを奪い、そして汚した。

 近い将来、地獄が待っていることを肝に銘じておれ」


 まるで地獄から聞こえてきたかの様な憤怒と呪詛が混じった声と言葉。

 セフィリアとレイチェルは心臓を鷲掴みされた気分になり、足が震えて満足に歩けない。


 それを気取られぬ様、傍目から抱えられている方のアメリアが二人の歩みをサポートした。


 徐々に遠ざかる城門。


「はあ…はぁはあ…」

「ひっ…ひ…」

「二人とも、大丈夫…?」


 剣聖の殺気が向けられていたのは二人だけ。

 それがどれ程のものなのか、アメリアにはわからない。


 わからないが、この二人を見ていれば想像はつく。

 決して受けたいとは思えないモノだと。


「…死ぬかと思ったわ」

「私は死んでた」

「…ごめんなさいね?少し考えが甘かったわ」


 無傷で脱出出来たが、それでも不完全だったことを謝る。


「さ。時間はないわ。急ぐわよ」

「あんなのに追いかけられたら、精神的に死ぬ…」

「レイチェル、疲れても止まらないわよ!」


 密偵の気配は帝都の中。

 三人は身を隠せる場所まで移動した後、身体強化全開でアメリアの指示する場所へと向かった。









「着いたわ。レイチェルはオーラツールを使ってその木の根本を掘り起こして」


 ここまで全力で駆けてきた三人は疲労困憊。

 それでも立ち止まるわけにはいかない。

 鬼が後ろから追ってくる可能性が高いからだ。


「アレ…大丈夫なのよね?」

「さあ?アメリアを信じるしかない」


 ここまで来たら、一心同体。

 沈む時は沈むのだから、助かると信じて行動するしかないのだ。


 二人の前に立つアメリアはテリトリーを伸ばす。

 それを見守るセフィリアとレイチェルが持っているのは土の中から掘り起こした革製の鞍。


 ここは数年前、アメリアが課外活動に来ていた森。

 三人の視線の大分先では、白色の大きな狼が寝ている。

 その白狼の周りには篝火が焚かれ、煌々と辺りを照らしていた。


「やっぱり…美味しそう。後で交渉する」

「レイチェル…隠した意味ないじゃない」


 レイチェルの隠し事は勿論吸血種について。

 これはアメリアにまだ伝えていない。

 そもそも、信頼出来ないのだから伝える気がなかったのだ。


 それが変わったのは剣聖レイモンドに会ったから。


 どうせ死ぬなら後悔しないように死にたい。

 それとも、死線を共にしたことで変化があったのか。


 どちらかはわからないが、兎に角レイチェルはアメリアへ伝える気だ。


「今日は月に一度の森へのお泊まりの日。半年前から習慣にしていて良かったわ」


 白狼はアメリアの従獣(ペット)のスザク。

 以前見た時よりさらに大きくなっている。


 そのスザクを毎月森へ泊まりがけの散歩に従者達が連れて行くことをルーティンとしていた。それは今日の様な日がいつきても良いようにという、アメリアの用意周到さがさせたこと。


 それにより今日の作戦が疑われることもなかったのだ。


 そして従者達に気付かれないようにアメリアが伸ばしたテリトリーは、スザクの元まで辿り着いた。


 クン…クンクンッ


 寝ているスザクの鼻が動くが、周りの者達は何も気付かない。

 これまでの森での泊まりがけの散歩で、異変は一度も起こらなかった。


 スザクがいるお陰で魔獣も寄って来ず、平和そのものだったのだ。

 つまり、丁度油断しだす時期。



 篝火周辺で人が騒いでいる。

 三人の元までそれは聞こえないものの、慌てふためいている姿は確認出来た。


 ハッハッハッハッ


「さあ。乗るわよ」


 白狼スザクは慣れ親しんだ主人(アメリア)のオーラに触れ、その出所であるここまで駆け寄ってきた。

 これもアメリアがスザクへ課した訓練の賜物。

 城での散歩も全てこの日の為だったのだ。


「噛まない?」


 レイチェルは自身を丸呑みに出来るだろうスザクを間近に見て固まってしまう。


「さっきの剣聖に殺されるわよ?」

「よし!さ。アメリア、出して」


 セフィリアの言葉を聞いて、レイチェルは躊躇なくスザクへと飛び乗った。

 この変わり身の早さも長生きの秘訣なのかもしれない。


「え、ええ」


 その光景を見て、珍しくアメリアが引いていた。


「スザクーっ!?どこですかー!?」


 従者達の声が近付いてくる。


「スザク、あっちよ」

『グルルルルッ…』


 三人を乗せてもまだまだ余裕のある大きな体躯のスザクだが、まるで山猫のようにしなやかに身体を動かし、瞬きの間に森の奥へと姿を消すのであった。

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