76 食べてしまいたいほど可愛いから
ちぐはぐで不器用な恋模様をお楽しみください♡ 色々ぼかして書いてありますので、脳内補完をお願いします。
震えるばかりのうさぎから馨る、欲望を刺激する甘い香り。
以前のレナは、変化の丸薬の副作用により、発情香が漏れていた。
しかし今の彼女は、ありのままのうさぎ姿。
そもそも服用もしていないのだから、副作用なんて起こり得ない。
――つまりは、そういうことだった。
(あの夜は寂しい思いをさせてしまったから、仕方ないか)
レナが身を任せた夢の種類を、ラフィールがとやかく言える資格はない。
彼女の一途な愛情は、生きているだけで増えていく彼の傷を、いつでも癒してくれたから。
これまでも、そしてこれからも。それだけで充分だ。
プルプルプルプル……
ラフィールの感慨を他所にして、レナは相変わらず小刻みに震えていた。
(まずは落ち着かせなければ……)
寝起きの寒さが、彼女の思考を強ばらせているに違いない。
ラフィールは鼻先で、柔らかな頬をつついて誘いかける。彼の身体で温めてやれば、緊張もほどけるだろうと考えて。
ところが。
カ、カ、カ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
地震でも起こせそうなほどに、いよいよレナの震えが大きくなった。
――実はラフィールはレナに触れたとき、つい出来心で、美味しそうな頬を舐めてしまったのだ。
別に味見がしたかった訳じゃない。
単純に、食べたいくらい可愛いと考えていたら、いつの間にかそうしていただけ。
獣型は本能に弱い。
今回のことは、所謂不可抗力の範疇であり、責められるべき理由はラフィールにはない ――はずだ。
ラフィールは反省を置き去りにして、自分勝手に頷いた。
それにしてもレナの怯えようは目に余る。
ラフィールの堪え性のなさは愛の深さに比例するとしても、レナの態度には彼に対する愛が感じられない。
治療はあくまでも博愛の精神に基づくもので、狼がラフィールであろうとなかろうと、レナにとっては、特段切り取るべき事柄ではないのだろう。
(俺だと気が付かないこいつの方に、むしろ問題があるんじゃないか?)
ラフィールの耳と尻尾は、いつだって変わらない。
睦み合ってきた時間の中、良いところも何もかも、互いに知り尽くしていると思っていたのに……。
ラフィールが落胆のため息をつくと、その様子を見たレナが、またビクリと肩を跳ねさせた。
(これはお仕置き確定だな)
――それはともかくとして。
(レナにわからせてやる、何か良い方法はないだろうか)
怯える彼女に逃げられることだけは、ラフィールは絶対に許容できない。
(こいつがずっと握りしめている、巾着の中身はなんだ?)
ラフィールは、レナの首のあたりに着目した。
既に小瓶はなくなって、代わりにあるのは奇抜な柄の小さな巾着。レナはそれをしっかりと握りしめていた ――まるでお守りのように。
(この柄には見覚えがある。俺と出会ったばかりの頃、レナが身に付けていたエプロンと同じ……)
それは2人の距離が縮まった記念すべき日。
(レナは木苺やらチモ草やらを、エプロンに沢山包み込んで、こそこそと屋内に戻ってきたんだ。見つかったときは、今みたいに驚いて震えていたな。
雑草を抱えたレナが、あまりにも幸せそうにしていたから、俺が何の気なしに『お前は犬の獣人とは思えない』と言ったら、こいつは偏った知識で『レナは犬だワン。お肉よりお野菜が好きだワン』と答えたんだ)
だからラフィールは、エプロンの柄を忘れたくても忘れられない。
(しかし一体、何が入っているんだ? まだ丸薬が残っているのか?)
ラフィールは、レナが丸薬を湖に落としてしまったことを知らなかった。
それに彼は実際のところ、あの別れの日から何日経ってしまったかも、はっきりとはわかっていない。
けれどももし、巾着の中身が丸薬だとするならば、気密性に勝る小瓶からわざわざエプロンを縫い直してまで、移し変える理由は見当たらなかった。
(巾着に入る程度の、肌身離さず持ち歩きたい大切なもの ――例えば俺が贈った指輪とか……フッ、願望が過ぎるな)
しかし巾着の中身が仮に指輪だったとしても、もっと大きな疑問は残っていた。
なぜレナはここにいるのか。
なぜ館で待っていなかったのか。
その理由こそ詳しく聞きたかったが、この季節に防寒具無しで人型に戻るのは、間違いなく愚か者の所業だった。
回復力も獣型には大きく劣るし、人化には相当の集中力を必要とする。
レナを守りながら帰るなら、念のため、完全な状態にまで回復しておきたいところであった。
(今しばらくは、回復に専念すべきだ)
じっくりとレナを問い詰めるのは、館に帰還してからでも遅くない。どのみちカタリナのことについて、詳しく話すつもりでいたのだから。
(よし。とりあえずは……)
ブチッ!
ラフィールはレナに正体を悟らせるつもりで、器用に巾着だけを彼女の首から引きちぎった。
中から飛び出したのは、予想通り白金の結婚指輪。
(レナ……やはりお前は……!)
ラフィールが内心で、盛大に歓喜したのも束の間のこと。
ポカリ!
珍しく本気で怒ったらしいレナから、頭突きだか蹴りだか体当たりだか、判別不能の1発をお見舞いされた。
まさか今まで震えていたレナが、指輪を取り返さんがために、野生の狼に立ち向かうなんて!
(本当に……信じられない……。レナ……お前はなんて可愛いヤツなんだ……)
ラフィールの感動は止まらない。
そして着地を失敗したレナの方を心配する。
――尻餅をついて目をぎゅっと瞑っているその顔には、はっきりと「痛い」と書かれていたから。
(大丈夫か……?)
ヨロヨロと起き上がる姿を確認した後、ラフィールは近くに落ちていた指輪を回収した。
それから天地を失った恋人に対して、これ見よがしに掲げてみせる。
目の前の狼の正体に、気が付いてほしいと願いながら……。
* * *
(んー、寒いわ……。また……落ちてしまったみたい……)
狼が起き上がった拍子に、うさぎのレナは地面にコロリンと滑り落ちた。
でも落ちたのは、これが初めてのことではない。幸せな夢に夢中になっていた彼女は、この3日間で、何度も狼の背中から落ちていた。
少し鼻を鳴らせば、簡単に定位置に戻ることができるのも、いつものこと。
(だって大好きな人の匂いを、探せばいいだけなんだもの……)
温かい柱のようなものにぶつかって、レナはそれにしがみつく。
(よいしょ……よいしょ……)
ところがよじ登ろうとするも上手くいかず、突然ボールのように転がされ、それからツンツンと規則的な刺激が与えられた。
(何かしら……?)
レナはゴシゴシと、前脚で眠い目を擦る。
(え!?)
最悪の事態が発生したことを、レナは瞬時に理解した。
脳が一気に覚醒する。
(狼さんが……起きてしまったわ……)
黒い毛並みに、彼の匂い。
そして目覚めた瞳は琥珀色。
度重なる偶然にも、レナは狼の正体に気が付くことができなかった。
(こういう場合は……ど、どうしたら……?)
逃げるか、戦うか、死んだふりか。
身体が震えるばかりで、考えがまとまらない。
そうこうしているうちに、狼の鼻先が近づいてきて――
(ひゃん!)
舐められた。
(今、ペロッて! ペロッて! あわわわ……このままじゃ本当に食べられちゃう……!)
怖い。
たまらなく怖い。
レナは逃げ出すこともできないまま、棒立ちで震え続けた。
もともと速い動きが苦手なレナ。
狼に至近距離で睨まれている状態で、今更何ができるのだろう。
蛇に睨まれた蛙だって、もっと堂々としているに違いない。
逃げるか、戦うか、死んだふりか。
――もしくは神に祈るか。
レナはお守り代わりの巾着を握りしめた。
(ああ、ラフィールさま……。さようなら……。来世こそはご一緒に……)
愛玩動物のように癒しだった狼が、牙を剥き出しにするのを、レナは悲壮感たっぷりに見つめていた。
(愛していま……え!)
ブチッ!
(私の指輪! 返して!)
巾着から一瞬でも、前脚を離した自分が許せなかった。
レナは震えなんてどこへやら、不甲斐なさを力に変えて、狼に渾身の一撃を食らわせる。
でもそれは敢えなく失敗に終わり、臀部を強打して踞っていたら……。
狼が、薄暗い洞穴の中でも輝く結婚指輪を、口に咥えて高々と見せつけてくる。
(狼さんが、光り物を集めていたなんて……)
その結果、レナにもたらされたものは絶望の闇。
(うう……ラフィールさま……ラフィールさま……)
自慢するほど気に入られてしまっては、もう取り返すことは不可能だ。
きっと肉や骨といった他の宝物と一緒に、地面に埋められてしまうに違いない。
クスンクスン……
大切な愛の証を失って、レナは小さく丸まって泣き続ける。
そんな無防備な背中に、狼の顔が迫っていた――。
ラフィ「俺は別に光り物が好きな訳じゃない(怒) いくら毛並みが黒いからって、鴉と一緒にするな!」
レナ「う……ごめんなさい……。でも寒いのはわかってはいますが、短時間でも人型になってくだされば、色々な問題が一気に解決するのでは……」
ラフィ「今は無理だ。獣化は弱りきったときでも可能だが、人化にはパワーがいる。へなちょこのお前から、一発食らってしまった時点で、まだ全然本調子じゃないことはわかるだろ……」
★ 獣型の方が回復力に優れる理由は、省エネ型だからです。
★ エプロンのエピソード →17~19話。




