77 狼の愛情表現とうさぎの誤解
想像は自由です( ˘ω˘ )
指輪を奪われ、うちひしがれていたレナに与えられたのは――
(きゃっ?!)
身を任せていた、夢の先。
狼の顔がゆっくりと近づいて、レナの背中を舌でなぞる。
驚いて振り返ると、そのままの勢いで仰向けに転がされた。
他の部位よりも一層柔らかな天鵞絨の腹の、自分では普段触らないようなところまで、ざらりとした熱い舌に塗りつぶされる。逃げようと四つん這いになれば、後ろ脚を押さえられ、尻尾の辺りを散々に弄ばれた。
(私は今、何をされているの……?)
狼が目覚めたとき、レナは「死」を覚悟したのに。
それなのに、子どもが与えられた飴玉を、いつまでも舌の上で転がして味わうように、牙を突き立てられることもなく、長いこと舐められているのはなぜなのか。
大好きな人と同じ匂い。
瞼を下ろせば、レナは彼に愛されている夢を見る。
身体の奥に灯された火は、容易くレナの小さな身体を支配して――
(どうして私のことを食べないの……?)
疑問が彼女の中で燻った。
自分はうさぎ。彼は狼。
その彼が、もはや無抵抗のご馳走を、食べないでいてくれるという摩訶不思議。
(もしかして……これって……)
戸惑うレナが思い至ったのは、ある1つの可能性だった。
(毛繕い……?)
もしレナの声が狼に届いていたならば、彼はがっくりと肩を落として、こう呟くことだろう。
――『それは違う』と。
綺麗好きのレナは、朝晩かかさず雪の上で転がって清潔を保っていた。
人間としてのお洒落には、ちょっぴり疎いところもあるけれど、野うさぎとしては全力で、毛繕いを頑張っている自負もある。
しかし本来群れで生きる狼にとって、毛繕いは身だしなみを整える目的のほかに、仲間との絆や信頼関係を築くため、積極的に行うべきものらしい。
(この子は、私が治療してあげたことを知っているんだわ。『ありがとう』の気持ちを、私に伝えようとしてくれているのね)
恐怖は潮が引くように、あっという間に和らいだ。
(この狼さんは、本当に可愛いわ)
狼は怪我から生還したばかり。
それでも一対の琥珀には、レナが持ち得ない強さと自信を宿していて――。
レナはどうしようもなく、その瞳に惹かれてしまった。
(ラフィールさまと、同じ色……)
トクントクン……
鼓動の主張に慌てたレナの、とびきり可愛いうさぎ耳が、感情を受けて繊細に揺れ動く。
パクッ!
(え……!)
狼に耳の先端を食べられた。
咥内の熱さを敏感な感覚が拾うから、おかしくなってしまいそう。
狼と恋人とを結びつける糸はプツリと切れて、レナは何も考えることができなくなった。
(もう終わりにして……!)
狼の鼻を前脚で、タシタシと何回か叩いてみる。
すると狼は名残惜しそうにしながらも、要求をすんなりと受け入れてくれたのだから助かった。
そして落ち着くとまず考えてしまうのは、ラフィールからもらった指輪のこと。
(ねぇ、狼さん。指輪をどこに隠したの……?)
言葉の代わりに見つめてみても、狼は知らぬふりを決め込むだけ。
(仕方ないわね……)
レナは指輪が見つかるまで、しばらく狼の側に止まることを決意した。
* * *
日毎に狼は回復し、寝ている時間よりも起きている時間が多くなった。
「おはよう」から「おやすみなさい」までの大半を、指輪探しとお世話をしながら、レナは狼と共に過ごしている。
狼も、フラりと外に出たとしても、すぐにまた帰って来るといった具合で、まだ本調子とはいかないようだ。
――しかしレナは知っている。
狼が夜な夜なこそこそと、レナの地図を勝手に広げていることを。
ちなみにレナはそんなとき、地図を挟んで仁王立ちし、不満を示すために後ろ脚をダンダンと激しく鳴らしてみせるのだ。
大事な地図に悪戯されては困るし、温かい狼とくっついて眠れないのは、もっとずっと困るから。
そうするといつも狼は、すぐに地図で遊ぶのを切り上げて、レナと一緒に寝てくれた。
レナはそんな狼のことが、ますます好きになっていく。
今のところ、あくまでも愛玩動物として。
あってはならない感情を無視するためには、その方が都合が良かったから。
――端から見れば完全に、レナの方が狼に飼われている、愛玩動物そのものなのだけど。
それから新たな問題も発生した。
狼はレナの何倍もよく食べる。
院長からのお餞別 ――狼と大切に分け合っていた赤い果実が、早くも無くなりつつあった。
狼はまだ狩りに出る様子もない。
レナが彼の代わりに、獲物を捕ってきてあげることも不可能だ。
なので赤い果実はすべて狼にあげることにして、レナは自分の分を確保するために外に出た。
雪は夜に降るだけで、この季節特有の弱い日差しが、積もった雪をキラキラと照らしている。
こんな日は食べ物を探しやすい、とレナは思う。
静寂の森に雪を踏みしめる音が微かに響き、小さな足跡がお行儀良く列をつくる。
こんな日は狼にも見つかりやすい、とレナは気を引き締めた。
幸いなことに洞穴からそう遠くないところで、柔らかい樹皮をもつ貴重な木と、雪の下で暖かい季節を待つ、ほろ苦くて美味しい植物を発見した。
両方とも、うさぎのレナの好物だ。
(毛皮が白ければ良かったのに……)
雪に浮かぶ身体を残念に思いつつ、レナはせめて木に同化しようと、淡い茶色の背中を太い幹にくっつけた。
モシャモシャモシャモシャ……
レナは必死に食べ物を頬張った。味わっている暇はない。
何回も食べ物を求めて外に出るのは危険だから、今日1日分の栄養を、まとめて摂取したかった。
さっさと食事を済ませて安全な場所 ――彼が眠る洞穴に帰らなければ。
(う……コホコホッ……欲張って、口に入れすぎちゃった……)
余裕がない食事時間の最中でも、レナは気づいてしまったある事実に、少しショックを受けていた。
(赤い果実の方が美味しかったかも……。狼さんとシェアしたから……? ケホッ……)
大好きだったはずの植物が、肉風味の果実に負けた。
その信じられない変化に、レナはほんのりと感傷的な気分になる。
(ゴホゴホ……)
レナが涙目になって咳き込んでいると、ふと頭上から視線を感じた。
恐る恐る顔を上げる。
愛玩動物の彼以外の狼がいたら、今度こそ食べられておしまいだ。
(あ……!)
――そこには、レナより大きい、真白い1羽の野うさぎがいた。
レナ「獣型とはいえ、夜中に地図で遊んじゃダメですよ」
ラフィ「現在地と帰り道を確認していた」
レナ「わかりましたか?」
ラフィ「(首を横にふる) お前がいつも邪魔してくるから、まったく集中できなくてな。『毛繕い』発言も微妙だったし……。これはもう、お仕置きを増やすしかない」
レナ「ところでその……お仕置きって、何ですか……?」
ラフィ「俺から離れられなくするだけだ。そんなに怖いことはしない、我慢は沢山させるけどな」
レナ「R15な予感がします……((( ;゜Д゜)))」
★ 本編では、レナは黒い狼がラフィールだと、まだ気が付いておりません。




