40 娼婦か処女か
ラフィールはまったく意味がわからなかった。
首から下げて、後生大事に抱え込んでいる黒い丸薬。危険薬物の可能性を考えて没収したら、レナは震えながら取り返しに来た。
あの必死な榛色の瞳に嘘はなさそうだが、うまく話が繋がらない。
「奇病から命を救う薬ではないのか?」
ラフィールはレナの症状を詳しく説明しながら、ロディにそう確認した。
身体の特徴を一時的に変え、発情全般に関する機能を増強促進させることができ、更には避妊効果もあるとなれば、大変に珍しい薬であることは間違いない。
しかしそんな薬を、レナが服用する意味はあるのだろうか。
ロディは緩く首をふった。
「娼館で使うために作っていたみたいだから、命に関わるというよりかは、主に性的な方面で生活の質を良くするための薬みたいだよ。その女の子の深刻な病気を治せるようなものじゃない。
でもまぁ、容姿を変えられるうえ、媚薬的な効果も期待できるとなれば、娼館のお姉さんたちが使うのも納得だ。……そうだろう、ラフィール?」
ラフィールはこめかみを押さえて目を瞑った。
「待ってくれ。意味がわからない。どうして、あいつはそんな薬を飲んでいるんだ……?」
ロディは同情めいた視線を送ると、また一口お茶を啜った。茶葉の良い香りが鼻から抜ける。
「君みたいな男が娼婦にハマるなんて。モテ過ぎると一周回って、そこに行き着くもんなのかな」
頭痛がする。レナの可愛らしい笑顔が甦ると、さらに胸までズキリと痛んだ。
「いや、あいつは男を知らないはずだ。彼女を娼婦扱いするな」
自分でももどかしくなるくらい、ラフィールは彼女を優しく導いていた。大切に愛して咲かせようとしている花を、たとえ言葉であっても安易に汚してほしくない。
「じゃあ、何でそんな薬を飲んでるんだよ? 娼婦とまではいかなくても、処女のふりをして君を誑かそうとしている毒婦なのかもしれない。君ほどの男が、迷いの森から来た怪しい女に、随分と入れ込んでいるのは事実じゃないか」
実際フォレスターナ王家の後継争いは混迷を極めていて、地方領主までも巻き込む事態になっている。中央ではハニートラップも含め、何でも有りの状況になっていると、ラフィールでさえも聞いていた。
しかしラフィールは辺境の地を守る一介の騎士。彼を誘惑したところで何もない。
「レナはそんな女じゃない」
「ふーん」
「「…………」」
そこまで話して黙りこんだ。
「ふ」
「ははははは」
ほぼ同時に、乾いた笑いが込み上げてくる。
「バカらしい」
「ああ、本当にバカらしいよ」
ロディは続ける。
「神に与えられたこの姿を、変えられる訳がない」
それにはラフィールも力強く頷いた。
「ああ、できる訳がない」
ラフィールもロディも幼い子どもではいられなかった。薬を飲むだけで姿を変えられるなんて、まるでお伽噺に出てくる魔法のようだ。
「その子の何が、君をそんなに惹き付けるのさ?」
ロディは「ずっと気になっていたんだ」と付け加えると、目の前の悩める友人にも茶を勧めた。
ラフィールは苦笑する。年頃の女じゃあるまいし、大の男が恋の話をするなんて馬鹿馬鹿しい。
けれど娼婦扱いされている清らかな恋人が可哀想になって、喉を潤してから徐に口を開いた。
「最初は危なっかしくて放っておくこともできず、意識的に構っていた。任務中に保護した責任もあったし、突っ込みどころが満載の行動も、ちょうど良い退屈しのぎになったしな。
でも、どこか怯えたような瞳をしているのに、何にでもひたむきに頑張る姿を見ていたら、無性に俺の手で守ってやりたくなった。ただそれだけだ」
「じゃあさ。容姿を変える薬だとして、本当の彼女がめちゃくちゃブサイクだったらどうするの? 君の食指が動くくらいだから、どうせ美人なんだろ?」
「人聞きが悪いな。俺は見かけには拘っていないつもりだ」
レナの浮世離れした美貌は、それはそれでラフィールをやきもきさせてしまうのだ。
ラフィールのマーキングが途切れたら、煩い羽虫が、レナの周りを飛び回るのはわかっている。そして彼女は男たちをうまくあしらう術も知らないだろう。
ラフィールは仕事で長期間不在にすることもあるため、その点は非常に不安に思っていた。
ロディは意外と真面目に答えてくれたラフィールをしげしげと眺めた。一蹴されると思っていた分、珍しさに質問を重ねる。
「……そもそもラフィールって、何の動物が好きなの?」
「種族への拘りも特にない」
猫好きな部下アーダンのように、特定の種族に執着する男もいる。しかしラフィールは、肉食には肉食の、草食には草食の、そして雑食には雑食の女の良さがあると、そう思える程度に色々と余裕があった。
「……好きな肉は、うさぎ肉だけどな」
答えあぐねたラフィールは、ぼそりと夕飯の希望を呟いた。
レナ「長老……。私、娼婦と間違えられています。職業に貴賤はないといっても……くすん。娼館で使うお薬を、毎日飲んでいたなんて……」
長老「所変わっても時代が変わっても、人間というものはそんなに変わらんものなんじゃ。ズバリ大人のワンコカフェで使う薬だったようじゃな」
☆ 雄の発情は雌の発情に誘発される形で起こるので、薬の影響も男性は女性よりも少ないです。




