39 恋人の秘密
ラフィールはドSです。上から目線ですが、その点を気にしない方だけお読みください。
あのお月見の宴の日。
ラフィールとレナは、ようやく想いを通わせた。
肌どころか唇さえもまだ誰にも許したことのなかったレナは、キスの仕方も知らなかった。
羞じらいながらも、命令に従い懸命に応えようとする、開き始めたばかりの可憐な花。
夢中でお互いを貪れば、2人を隔てる境界線がやがて曖昧になっていく……。
けれど怪我をしたばかりのレナに、あまり無理をさせる訳にはいかなかった。
ラフィールはシルバー席まで送ってやれなかった責任を感じていたし、彼女を大切にしたいと思うほど、ドクターストップは無視できない。
マーキングは情を交わすことが基本だが、簡易的にはキスもその代わりにはなる。
深くなれば深くなるほど、お互いのものを与え合えば与え合うほど、他の男を牽制する効果は高くなる。
ラフィールは別れ際の会話を思い出した。
無情にも時間が来て、仕方なく身体を離したラフィールと、甘い余韻を残したまま、くったりと寝台に横たわる初々しい恋人。
「今日はここまでだ」
力の抜けた身体と熱の抜けきらない瞳で見上げられ、ラフィールは最後にもう1度、触れるだけの口づけを落とした。
「続きは怪我が治ったらな。早くお前のすべてを、俺のものにしたい」
レナは柔らかな笑顔で頷くと、恥ずかしいのかそのまま敷布に顔を埋めてしまった……。
そして彼の予想通り、レナの噂は翌日にはすっかり館中に広まっていた。
彼女へのマーキングはまだ途中の段階だが、早々にラフィールが例の狼騎士3人に厳しい稽古をつけたことで、かなりの牽制はできたはずだ。
相手が所属する部隊の隊長が、青ざめて止めたくなる程度には容赦なく打ちのめさせてもらったから。
ただラフィールは不安だった。強引に手に入れた少女が、いつか彼の腕から逃げ出してしまいそうで。
毎夜少しずつ、可憐な花を愛でていく。
怪我が治ったそのときが、汚れなき花の散るそのときだ。
* * *
「…………ル! ラフィール!」
ラフィールは自分の名前を呼ぶ声に、ハッとして顔を上げた。
「……呼んだか?」
「何回も呼んだよ」
「……悪い。考え事をしていた」
そう素直に白状すると、目の前の男性は白衣の肩をそっと竦めた。
「別に良いよ。君が物思いに耽るなんて、珍しいこともあるもんだね」
「……そうだな。らしくないと、自分でもそう思う」
ラフィールは苦笑した。
自分のものにしきれていない、まだどこか幼い恋人のことを考えていたなんてらしくない。
本当に、色々とらしくない。
「聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず話を先に進めるよ」
ここはフォレスターナの王都にある、大学の研究室の一室。
ラフィールはゴードンの元助手ロディのもとを訪れていた。
「結論から言わせてもらうと、この薬が何なのかわからなかった」
「ロディでも?」
「そう、優秀なこの僕でも」
うさぎよりはやや短めのロバの耳が、灰褐色の柔らかな髪の間で少し揺れる。気弱そうな優しげな風貌は、いかにも草食の獣人候うだった。
けれど彼はその才能が認められ、辺境から中央に引き抜かれた極めて優秀な研究者。ゴードンの秘蔵っ子だったロバの獣人。
王都は跡目争いで揺れているが、ここはまるで別世界のように平和で、研究に打ち込むにはもってこいの環境だった。
「未知の成分が多量に含まれていることは、既に君も知っているね? だから僕のところにわざわざ鑑定に出した」
「そうだ」
「未知の成分については、僕が手に入れることができた古今東西ありとあらゆる物質と照らし合わせてみたけれど、さっき言った通り、結局何かはわからなかったよ」
ラフィールは黙っていた。ロディがまだ大切な何かを隠していそうなことくらい、付き合いもそれなりになるとわかってくる。
ロディはラフィールやマチルダと同じ時期に領主に仕え始めたこともあり、気の置けぬ仲だ。ロディとマチルダが恋仲になっても、今もそれは変わらない。
「でもさ、僕ってやっぱり優秀なんだ」
ロディは軽く笑っているようで、眼鏡の奥では知識への探求心が燃えていた。
「分析できた範囲で徹底的に調べた結果、極めて似た薬が存在していたことを発見した。物質の種類もその割合も、何もかもがそっくりな薬をね」
「本当か?」
ラフィールが問い返すと、ロディは力強く頷いた。
「本当だよ。その薬が載っていたのは、遠い遠い国の、大昔の文献だった。大部分を占める物質が、名前も聞いたことがない、ある一種類の未知のものだ」
レナが肌身離さず持っている、正体不明の丸薬。
謎の奇病を患う恋人が、毎日が飲まなければならないという大切な薬。
「文献上の未知の物質については調べようもないけれど、君が持ってきた丸薬にも、同じ割合だけ未知の物質が入っていた。
そしてこの丸薬を持っていた女の子は迷いの森出身だ。あの未開の森は謎が多い。どんな種族が住んでいるのかもわかっていない。文献上の幻の薬が、あの深い森の中で連綿と伝わっていても、特別に不思議なことではないと思う」
ラフィールの喉が鳴った。
「同じものをここで、作れないのか?」
レナを手元に置いておきたい。里に帰らせてしまったら、なぜか彼女とは2度と会えないような気がするのだ。
「落ち着いてよ、ラフィール。未知の物質が入っているのに作れる訳ないでしょ。どうしちゃったんだよ。本当に、らしくない」
ラフィールは息をついた。研究するのはロディやゴードンだ。焦ったところで人に任せるしかない現実が辛い。
「すまない」
「珍しくよく謝るんだね。なんかすごく面白くなってきた……」
ロディはティーカップの向こうのラフィールを見つめた。物の少ないきちんと整頓された机は、彼の几帳面な性格の表れだ。レナが来るまでは乱れに乱れていた医務室は、ロディがいなくなったことによって誕生したのだから。
ロディはラフィールにも茶を勧めた。
温かい飲み物はきっと心を落ち着かせる。カチャリと食器がぶつかる音がした。
「とりあえず禁止薬物ではないし、文献から効用を見ると、そこまで必要な薬とは思えない。ただとんでもない薬なのは確かだけどね」
「どういう意味だ?」
ロディはニヤリと三日月のように笑う。
「この薬がもし文献上の物と同じならば……」
「同じならば……?」
ラフィールはロディのアーモンド型の瞳をじっと見た。手が妙な緊張で汗ばんで気持ち悪い。
「同じならば、身体の特徴を一時的に変え、発情全般に関する機能を増強促進させることができるらしい。あとは避妊薬にもなるらしいよ」
「…………。は?」
ラフィールは意味がわからず、目が点になっていた。
長老「焦ったわい……! 読者さまの妄想力が凄すぎて、感想欄がすっかり事後の雰囲気になっておった……」
レナ「ファーストキスだったんです、私」
長老「うむ。だが間もなく、お主に仕込まれた爆弾が爆発するぞ。……爆発と言えば、トンネル工事じゃな。昔は手で掘っていたから、貫通させるのも大変だったそうじゃ」
☆ あくまでも偶然このタイミングで、ノーベルの偉業を思い出しました。




