二話
「ぎゅらりゅるぅぅぅぅううあああッ!!!」
即座に家に帰った俺は自室の枕に顔を埋めて何かの鳴き声にも近い絶叫を吐き出していた。
放課後の誰もいない図書室、ノスタルジーを感じさせる夕日が差すカウンターで一人読書をしている男子高校生、傍から見れば知的でクールで、何処か近寄り難いがそれも魅力の一つといえる格好いい存在だろう。
しかし、実際は友達ゼロで表紙の絵を見られるのが恥ずかしいからカバーをつけて一人こっそりライトノベルを読んでいるオタクだということが暴かれてしまった。
しかもバレた相手があの成宮 栞だというのも運が悪い。
彼女は俺によくチョッカイをかけてくるがそれは己の暇を潰す目的だけでしかない。
成宮の気分次第で学校中に言い振らされたり、それを強請りのネタとして使われたりするのだ。
最悪だ、終わった。もうまぢ無理死にたい……。
「ンバーニンガガッ!モエルーワ!!!!」
俺はこの絶望を吹き飛ばす為、再び気合の雄たけびを放ち、ベットから立ち上がる。
バレてしまったのはもう仕方がない。弱みを握られたのも止むを得ない。
しかし、俺にはまだ切り札がある、この絶望的状況を打破することが可能な最大の武器がまだ残っているのだ。
心を奮い立たせた俺はそのまま勉強机に座り、スリープ状態にしておいたパソコンを起動させ、ブックマークの一番左側にあるサイトにカーソルの矢じりを合わせた。
『オンライン・ライトノベル』……通称オンラベと呼ばれるこのサイトは、誰でも気軽に自作小説を公開出来るWEB小説サイトであり、登録者の数は国内最大手だ。
気軽に作品を公開出来るのも売りの一つだが何と言っても一番の魅力は書籍化が可能であることだろう。
このサイトはポイント制を採用しており、一人の読者がお気に入り登録すると2ポイント、その他評価としてストーリー、文法、文章評価、五段階でポイントを付ける事が出来る。
そのポイントの合計が高い作品はサイト内のランキングに表示され、より沢山の読者に作品を読んでもらうことができ、各出版社に拾い上げされ書籍化が出来るのだ。
オンラベで人気になり、書籍化。もっと上手くいけばコミカライズ、アニメ化……更に言えば映画に実写ドラマ化なんて夢のような出来事が無料で実現出来るかもしれない。俺は今、それに人生をかけることにした。
バレてしまった以上、このままいけばただの根暗オタクで終わってしまうだろうが、それを超えるステータスを持っていればいい。
現役高校生小説家、だなんて格好いい通り名さえ手に入れてしまえば小馬鹿にされるどころか皆俺のことを羨望の眼差しで拝み倒すだろうな。
成宮もそうだ、あんなメスガキ印税のお蔭で一般男子高校生では手に入れることができない大金を手に入れた俺にすぐ媚び諂ってくるに決まっている。その日がきたら覚悟しておけよ成宮ァ……!
近い将来起こりうる可能性に期待を膨らませながら、俺はサイト内のマイページにアクセスする。ここでは自分のプロフィールの設定、公開作品の管理、執筆が出来る。俺は日課になりつつある公開作品の管理をクリックした。管理の画面ではアクセス回数や、お気に入り、ポイントの確認が出来るのだ。
俺が今執筆しているのは学園格闘技バトル物……弱気で内気な主人公がある日、多種多様な格闘技のエリート高校生が集う学校へ転校し、その中で最強を目指していくという王道ストーリー。タイトルはズバリシンプルに『弱虫者から格闘王への道』だ。
今現在二十話公開している時点でお気に入りは十人。総合評価は三十ポイント、初めて小説を書いた割にはまずまず順当は結果といえよう。
ん? 三十ポイントは少ない? 書籍化を目指している割には志が低いって?
まぁ疑問に思うのは仕方がない。実質俺の総合評価はサイト内でも底辺なのは確かだ。だが、しかしそれにも様々は訳がある。
オンラベの主流ジャンルは剣や魔法を使うファンタジー小説なのだ。どれだけ人気が高いかといえば先程のランキングが一位からページに記載される百位全て埋め尽くされており、その他ジャンルが入る余地がないほど人気がある。
つまり、オンラベ読者はファンタジー小説を読む為にサイトを閲覧するわけであって俺の小説が読まれないのも当たり前の話なのだ。
ならファンタジー物を書くべきだろうと思うだろうが、そこも違う。
ランクインしている作品のタイトルを見てみろ……『SSS級大魔法使い俺~魔法使うのも飽きたので召喚士に転職することにした』、『SSSクラスパーティから追放された~復讐するために魔王軍に志願して人類滅亡を目指します~』、『SSSおっさん、田舎で一万坪の土地を購入しSSSを目指す』等々長文で同じような内容の物ばかり……最後のは何を言っているのか理解に苦しむまである。
このように、あらすじのようなタイトルまで被っていると内容も当然同じだ。簡潔にいえば元は凄い才能があった、第三者から能力を貰った主人公が淡々と活躍するだけのストーリー、それだけ。
しかも本文中にステータスと称しゲームのパロメーター表示が描かれている始末、腐っても読書家な俺にはこれが小説だとは思えない。
緻密に、繊細に仕立て上げられたストーリー、世界一美しい言語、日本語で描かれている風景に心理描写、普通に生きていれば一生出会うことの出来ないであろう個性豊かな登場人物達……それらが一つになってこその小説なのだ。
人気が出るから、流行っているから……そんな理由で小説は書きたくない。だからこそ俺は自分の好きな物で勝負をしている。
それにポイントもそうだが、少なからず結果は出し始めている。現にこの間『面白かったです。評価満点入れました☆』という感想まで貰えたのだ。このまま結果を残し続け絶対にランキングトップになってやる!
やる気に満ち溢れた俺は両拳をギュっと固く握り締めた後、最新話を執筆することにする。今回から新らしくメインキャラクターが登場し、物語を更に面白くさせていくのだ。
キャラの明確なプロフィールを確認しようと思い、俺はプロットノートを探す。斬新なアイデアがいつ何時に思いついてもいいようにメモ帳を持ち歩いているのだ。
いつも入れているブレザーのポケットに手を入れる。だが、何故か入っていない。あれ? おかしいな? 胸ポケットの方か?
ポケットに突っ込んだ手をそのまま胸に移動させ、確認してみるがそれらしい感触はない。代わりに妙な胸騒ぎをする鼓動が聞こえてきた。
俺はその鼓動を止めるため、大きく息を吸い込み、吐き出す。そしてあんぐりと口を開いている鞄を逆さにして中身を全て床にぶちまけた。
しかし。
「……ない、ないっ! 俺のプロットノートがッ!!! 何処にも無いッ!!!!!」
散乱した教科書やらノートやらを踏み潰し、俺は猛スピードで部屋から飛び出す。階段から落ちそうになったり、お気に入りのスニーカーの踵を潰してしまったが今はそれどころではなかった。
――あれだけは! あれだけは絶対あいつに見られる訳にはいかねぇッ!!!!!