ヤミの5月
†
次の月。
絢爛だったサクラが散り、季節が夏への準備を始める頃。
私は初めて訓練所内でホムラを見かけた。
「むむ……」
思わず廊下の角に隠れてしまった。
こっそり覗き見るとホムラは二人の候補生と廊下の窓を背に談笑している。周りのやつらの顔は知らない。ホムラと同じカラーが入った訓練服を着ているということはホムラの同期、私の一つ上の先輩なのかな。
それなら知らなくても当たり前か……と、自分の同期の名前さえ一つも覚えてない私は何の意味もない確認をする。
でも訓練所内にいるホムラを見かけるのは新鮮。そりゃ候補生だしここで過ごしてること自体は不思議ではないんだけど、私がホムラと会うのはいつもサクラの木の下だったし、共通カリキュラムも一緒ではないし、普通に過ごしてる彼女を見たことがなかった。
談笑を続けるホムラは私の前ではだらしなく緩めてる訓練服をビチッと着こなし、周りの話に頷いては微笑している。今のホムラが纏う大人っぽい雰囲気は私が初めて出会った時のホムラに似ている気がした。同期の前ではあんな感じなんだ……。
「友達……なのかな」
別に気になるわけじゃない。わけじゃないけど……一応確認してもいいだろう。
私はホムラたちがいる場所めがけ聞き耳を立てる。
デビルのイヤーは地獄耳なのだ。
「なぁホムラ知ってるか?うちらの同期にカナリアっていただろ。名家の出で金髪のあざとい巨乳、進級試験でトップだったいけ好かない高飛車なやつ」
「あーうん、覚えてるよ」
「ところどころミヨシの個人的な僻みが入ってるねー」
最初に聞こえて来た声が背の低くてボーイッシュで元気そうなやつのもの。それに気怠げに答えるのがホムラで、最後に背の低いやつに向かって嫌味っぽいことを言ったのが一番背の高いのほほんとしたやつ。
「トーカ、余計なことは言わなくていい」
「去年の進級試験の時に同じブロックでボコボコにされたんだっけー」
「トーカっ!」
「うげー、苦しい苦しい、首元を掴んで閉めないでくれー。でもそういう嫉妬深いミヨシも私は好きだぞー?」
「うっさい!」
ホムラを挟んでたぶんミヨシって言う小さいのと、トーカって言う大きいのが仲良さそうに戯れてる。けれどその間に挟まれてるホムラは小さく笑うだけで大して気にしてない。いつものことなんだろうか。
「ふふっ、それでカナリアさんがどうかしたの?」
「ああ、あいつな……どうやら魔導器を扱うためのメディカルチェックに入ったらしいぜ」
「ほんと?」
「確かなスジだぜ」
「クラスで流れてる噂程度の話だけどねー」
「なんだ噂か……ミヨシの確かなスジは当てにならないんだよねぇ」
「なっ!ホムラまでそんなこと!トーカもまた余計なこと言うんじゃねぇ!」
ミヨシとトーカはまた取っ組み合い。懲りないな。
「苦しい苦しい。でも本当ならスゴイことだよねー。普通なら魔導器に触れられるのって三年目からだし、二年目始まったばかりの今から調整に入るなんて天才すぎー」
「ふんっ!血統が良いところは違うねぇ」
「ははは……」
聞く限りではホムラたちは誰か優等生の話をしているようだった。
魔導器――私たち魔導騎士が携える超常の力を封じた武器。扱うには相応の技量と才能を必要とし、この存在が魔導騎士をこの国の唯一にして最高戦力とたらしめる。
一年目の私は座学で軽く触れる程度だし、二年目のホムラたちでも見ることさえ叶わない。同期でその次の段階に踏み込んでる人がいるのなら確かに天才だ。
だって魔導候補生の訓練の大部分は魔導器を扱えるようにするためのもので、逆に言えば魔導器を振るうことができれば卒業も同然であるのだから。
「本当に……出来る人は違うんだなぁ」
そう呟くホムラの表情の変化。たぶん遠くで見ていた私だけが気づけた。
あれはホムラが何か嫌な気持ちを自覚した時にする顔だ。ホムラは自分の奥からせり上がってきたその苦渋に一瞬だけ口の端を歪めると、またすぐに飲み込んでしまう。
「ま、うちたちみたいな凡人は日々の訓練を必死に頑張るしかないっしょ」
「だねー」
「ホムラも頑張ろうぜ!」
「う、うん」
「……と言いつつホムラは大体器用にこなすからなぁ、うちらと同じにして良いものか」
「同じだよ同じ、買いかぶりすぎだって」
「じゃ、うちたちはそろそろ行くわ。次の訓練も始まるしな……あっ!」
「どしたの?」
立ち去ろうとしていた小さい方は足を止めてホムラの方を振り変える。
「教官から言われてたんだった。魔導属性の希望選択、まだホムラ出してないんだろ?教官が催促してたぜ、今月中には出せよって」
「あー……ごめん、わざわざありがとう」
「いいってことよ」
「じゃあなー!次は昼飯の時になー!」
「うーん」
「ホムラの好きなメガシュリンプ天丼おごってやるからなー!」
「それは別にいいよ……」
大きく手を振り今度こそ立ち去る小さいのと大きいの。残されたホムラは小さく手を振る。
「はぁ……それにしても希望選択ねぇ……」
ホムラは一つため息をつくと、雑に頭をかきならがその場を立ち去った。
しまった、出て行くタイミングを失った。
というか……。
キーン!コーン!
「お、遅れる!」
自分も移動中だったということをすっかり忘れていた私は、時間を知らせる予鈴の音に慌てふためく。
次は共通カリキュラム。良い成績に拘りがあるわけではないけど遅刻するのは避けたい。一人だけ遅れて行って注目をあびるのもごめんだし、そこで変な勘ぐりをされ心配されるのもごめんだ。
急いで行かないと――
ドン。
「きゃっ!」
「……え?」
前方から強い衝撃。
その原因が廊下の角に隠れていた私が慌てて飛び出したせいだと分かったのは、向こうから歩いてきた人物に跳ね飛ばされ、床へ無様に尻もちをついた後だった。
「ごめんなさいっ!大丈夫?」
「い、いえ……私が飛び出したのが悪いので……」
「私も前方不注意だったわ、立てる?」
ぶつかった相手は教官の1人のようだ。
教官服を着てなければ候補生と言われても違和感のない若い顔付きで、長い髪を頭の後ろで一本に結んでいる。フィジカルトレーニング担当にマッチョ教官たちに比べれば細くしなやかな体。座学担当の人なのだろうか……例に漏れず顔を覚えてないので名前は分からない。
彼女は床に倒れお尻をさすっている私に優しく手を伸ばす。
完全に私の方が不意打ちでぶつかりにいった形なのに、方や無様に床に転がり、方や余裕な態度で微笑むとは、同じ細身でも体幹の差をひしひしと感じる。さすが教官。
「平気……です。立てます……」
「気をつけてね。あなた例の特例候補生でしょ?」
「は、はい」
どうしてそれを……と聞くまでもないか。私の容姿を見れば誰でも一発で分かる。
「他の教官方に見られてないから良いけど、あなたの扱いは特別デリケートだからね。もし告口でもされたら給料減らされちゃうかも」
「そ、そんなことしませんっ!とういうか給料って……」
「ふふふっ、冗談よ冗談。そういう噂があるってだけで実際に減給された人は見たことないわ」
「良かった……そこまで大げさな話になってるのかと」
「……でも、割れ物を扱うように恐る恐る接してるのは事実ね。あの人たちも異種族を受け入れるなんて前例が無いから余計なヘマしたくないのよ。あなたもその手の態度は肌で感じてるんじゃない?」
「ええ……はい」
答えてしまって良いのだろうか。この人……飄々とした態度でかなりぶっちゃけたことを言ってる気がする。
「あなたにとっては迷惑な話よね。異種族だろうが他の子と基本は変わらない、普通に扱ってあげたほうが本人のためなのに」
今まで態度で示してはいても言葉で直接伝えてきた教官なんて見たことがない。
間近で私を見ても特に戸惑ってる様子も無いようだし……。
もしかしたら……この人もホムラと同じ――
「ま、仕方のないことだから悪く思わないでやって」
「……え?」
「しばらくは様子を見て、それでも続くようなら時期を見て私が上に提言してみるよ」
それは、私が暗に望んでいた言葉とは違っていた。
「すぐに変わりはしないと思うけど……一年二年経てば対応する側も慣れるでしょ。魔導器に触れる頃になっても現状のままなのは避けたいからね」
「……は、はい」
「それまでに何か不満なことがあったら教官棟一階の端にある私の部屋にでも来なさい。リーナって書いてるから見れば分かるはず。時間があったら話くらい気いたげるわ」
「ありがとう……ございます」
違う。
いや……何も違わない。これが普通なんだ。
リーナ教官は他の教官たちと違って私のことを分かってくれてるし、臆することなく分け隔てない態度で接してくれる
ただ普通はそこまで。
どんなに理解のある人だって、初対面の見知らぬ相手にそこまで踏み込まない。
特に私は抱えてる事情が事情だ。土足で遠慮なく踏み込んで来たホムラがおかしい。
「やっぱり……ホムラとは……」
「ホムラ?」
「あっ!」
しまった、つい口に出してしまった。慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。
「ホムラさんって……さっきすれ違ったあのホムラさんのことかしら」
「……え?…知ってるんですか?」
それは予想外だった。リーナ教官はホムラのことを知っていたのか。
「ええ、あなたの方こそ知り合いだったのね。友達?」
「友達……?」
どうなんだろう。改めて考えてみると私とホムラは友達と呼べる間柄なのだろうか……?そういえば特に確認したことは無い気がする。ここ一ヶ月くらい休みを除いて二日に一回のペースで会ってはいるけれど、それだけで友達になるものなのだろうか……自信がない。
というか即答できない自分が情けなくなってくる……。
「ま、まぁ……そんなものです」
なんだこの返事。
「なら良かったわ。同じ候補生に相談できる友達がいるなら安心ね。特にあの優等生のホムラさんなら」
「……はい?優等生?」
「そうよ。全ての項目で成績は平均値より上。受け答えもしっかりしてて教官方からの評判も良い。もちろん一点特化の天才レベルの子たちと比べたら当然見劣りするけど……欠点らしい欠点が存在しないのが私は武器だと思うわ。」
あのホムラが優等生か……なんか以外だな。
決してバカと思っていたわけじゃないけど、私の前での彼女は掴み所がない自由人という印象が大きい。毎日の積み重ねが直結する成績という場で評価されるのは実感が沸かなかった。
「まぁ一つ欠点を挙げるとすれば、ここ最近あまり訓練に身が入ってないことね。何か悩みでもあるのかしら……」
リーナ教官は私に問いかけるような視線を送るけど、知る由もない私は首をかしげることしかできない。
「ごめんさなさい、ちょっと長話しちゃったわね。もう訓練の時間だわ」
「わっ! し、失礼します!」
軽く頭を下げ、今度は何にもぶつからず私は駆け出した。
私の知ってるホムラと、私の知らないホムラの顔。
彼女に対する謎を深めながら新緑の季節は過ぎていく。
「友達の話、ホムラの好きなものでも持っていって今度聞いてみようかな……」




