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ホムラの過去【Ⅲ】


 †  †



 結婚式のことは……あんまり記憶に残っていない。


 会場は私の村の教会が選ばれた。訪れる人が少なくて村人も何教かさえ覚えていない程興味を持たれない、寂れたボロい教会だったけど、例の制度で予算が降りたのか無駄に豪華な結婚式場に作り変えられていた。姉の利用した制度の中には結婚に関わるありとあらゆる事柄に国からお金の補助が降りる特典があったらしい。

 その中に入りきれないほどの人が詰め込まれ客席はごった返す。親族や二人の関係者だけでこんなに多いわけがないから、きっと物珍しさに見に来た村の人や、制度を使った結婚がどのように執り行われてるか観察しにきた他の地域の人もいたんだろう。当時は気づかなかったけど、今思い返してみれば中央政府の制服を着た人も彷徨いていたような気がする。

 姉の言った通り初めて国の制度を利用した二人の結婚は、村の中だけではなく国や他の地域から注目されたイベントだったのだ。

 

 会場に着いてからの私は不安定な気持ちを抑えるので精一杯。姉も姉で緊張していたけど私のほうがよっぽどナイーブだったように思う。親族が集まって対面した時も、国から派遣された人が式の日程を説明していた時も、話は一切頭に入ってなかった。今思いだそうとしてもフラッシュバックのような断片的なシーンの記憶しか出てこない。鬱々とした感情がグルグルして気持ち悪くて、込み上げてくる吐き気を抑えるのが精一杯。せっかく綺麗にめかした姉の顔もガルの顔も見ることはできない。この先に待ち受ける客の反応を想像するだけで……何もかもが嫌だった。



 だけど私の気持ちとは裏腹に結婚式の進行は着々と進んでいく。

 親族の控室で待って、チャペルの中に移動して、適当に写真を撮ってから、私やお母さんは前の方の長椅子に座らせられる。チャペルの入り口から奥の祭壇まで続く赤い絨毯の敷かれた身廊、それを挟んだ反対側にはガル側の親族が座ってたと思うけど……俯いていたからあんまり覚えてない。はっと我に返るたびに場面がスキップされて飛んでるような、とにかく現実感のない時間が流れる。


 そのうちに後ろの扉からザワザワと雑多な人の音が聞こえてきて……私は思わず耳を塞いだ。親族以外の招待客が入ってきたことで私の不安感が一気に高まる。聞きたくない。この人たちが好き勝手に喋る内容を聞きたくない。嫌だ、嫌だ。嫌だ……!

 耳を塞いでいるせいか自分の心臓の音だけがドクンドクンと響く。ここまで来たらもう逃げられない……私は俯いて早く式が終わることだけを願っていた。



 やがて、祭壇の前に立った神父が何かを呟くと、さっきまでざわついていた群衆が水を打ったように静まりかえった。そして重厚なエーテルオルガンの音が鳴り響くと大きな両開きの扉が開く。

 

 ガタンッ。


 ……来た。


 式の主役である姉とガルの入場。荘厳な音楽が流れる中、二人は一歩一歩、参列者の間を通って祭壇へと向かう。


 その二人にかけられたのは――



 「おめでとーっ!」

  

 ――歓声だった。


 たくさんの暖かい賛辞と拍手の嵐が二人を包んでいた。

 私が恐る恐る自分の耳を塞いでいた手を離すと、その歓声の渦は何倍にも大きく聞こえる。


 「……え?」


 予想とは逆の出来事に、私は思わず伏せていた顔を上げて辺りを見回す。

 参列者全てが笑顔で祝福の言葉を並べ、身廊を歩く二人に割れんばかりの拍手を送っている。式場内が沸き立っていた。彼らの顔には侮蔑や嫌悪の気持ちは微塵も浮かんでいない、上辺だけの言葉を並べて薄ら寒い目を送っているわけでもない。私の悪い想像とは反対に、式場内にいる全員が全力で二人を祝福していた。



 その光景に私は……鳥肌が立った。


 この人たちは……何を思ってこんな笑顔をしているんだ。何を思って祝福の言葉を投げかけているんだ。親族だったり、二人のことを今まで知らなかった部外者がそういう反応をするのは分かる。だけど、だけど……村の人は違うでしょ? 

 今まで姉やガルを村の中で避けたり、わざと聞こえるように悪口を言っていたのに、そこのおじさんも、そこのおばさんも、みんなゴミを見るような目で二人を見ていたのに……どうしてそんな満面の笑顔を顔に張り付けているの?

 お金が出るから? 村が注目されてるから? 国の人が来てるから? だからそこまで心にも無いことを心のからの言葉みたいに喋れるの? そんな簡単に嘘をつけるんだったら今までも嘘をついてくれてたら良かったのに――


 

 「……うぐっ」

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!

 示し合わせたような笑顔が並ぶのが気持ち悪い! 口角の上がった口から見える白い歯が気持ち悪い! ありきたりな賛辞を並び立てる舌が気持ち悪い! 輪唱みたいに式場に響く歓声と拍手が気持ち悪い! やつらの生み出す全ての音がガンガンガンガンと酷い頭痛のように私の頭の中に響いていく。


 吐き気がする。無理やり食べさせられた朝ごはんが食道を逆流してせり上がってくるのを感じる。吐き気をこらえようとすると息ができない。脳に酸素が届かず酷い熱にうなされた時のように意識が朦朧としてくる。


 あ……ぐ……うぐ……。あ…………。



 「わああああああああああああっ!」

 一際大きい歓声と共に、姉とガルが祭壇へ着いて参列者のほうを振り向く。


 そこが……私の限界だった。



 ガタンッ!

 

 「……ホムラっ?」


 隣の母の心配そうな声を振り切り、周りから注目されることも厭わず、私は席から抜けてチャペルの扉まで走り出す。両開きの扉を思いっきり開いて外へ。扉の外にいた係員が戸惑う横を駆け抜け、走り、走り、走り、教会の敷地の外まで走っていった。


 「はぁ……っ! はぁ……はぁ……っ!」


 そして周囲に草と木しか無いような場所まで来て、私は胃の中のものを全部吐き出した。

 「うっ……ぐえっ……おええええええっ……」


 四肢に力が入らない。四つん這いの姿勢で震える体を支えながら木の根物に吐瀉物をぶちまけていく。

 「はぁ……はぁ……うぐっ……」


 あの場にいることに耐えられなかった。正直に生きることしか知らない子供の私には理解できない感情があの場には渦巻いていた。あの場所にいたら頭がどうにかなってしまうほどの衝撃だったのだけは覚えている。

 この衝撃のせいか、そのあと追いかけてきた母に連れ戻されてからのことは記憶にない。結婚式には披露宴や何かしらの催し物はあったはずなのに、思い出そうとしても思い出せないのだ。



 姉の結婚式で覚えていることは……これが全て。




 † †




 今になって思えば……きっと村の人たちのほうが大人だっただけなのだろう。波風を立たせないという点で考えれば最良の選択。例えまやかしの賛辞だって、裏で何を考えたって、それは祝福の言葉に変わりはない。姉だって皆から祝福されたほうが気持ちいいに決まっている。どうにも割り切れなかった私だけが子供だったという話。

 

 結局、私は姉に一度もおめでとうを言うことができなかった。


 結婚式が終わって姉が荷造りをしている時も、父や母に挨拶をしている時も、本格的に住む場所が決まって家を出ていくその日も、私は姉と対面する気になれなかった。

 その間はまるで長い悪夢を見ているような期間で、私は常に朦朧としていた。ぶっちゃけこの期間のことはあまり覚えていない。



 姉が出ていった後、私は夢から覚めた。

 何かとてつもない夢だったはずのに起きたら忘れていて思い出せないみたいな……あの空虚感に似ている。確かにそこにいたはずの姉はもういない、私は自然と姉のことを考えなくなっていった。

 その空虚感を抱えたまま、何に打ち込むわけでも、何に情熱を注ぐわけでもない、地味で退屈な学校生活が数年続き……気がつけば進路を選択する季節。これといって希望進路もなかった私に先生は一つの選択肢を提示してくれた。


 「魔導騎士団……?」


 特に興味はなかったけど、調べてみると騎士団はかなり私ごのみの場所だった。

 何より理念がシンプルで分かりやすいのが良い。世俗とかけ離れていて鍛錬に打ち込んで国を護るという単純な理由のために戦う。人の感情というものに付き合うことに疲弊していた私にはとても魅力的な場所に感じたのだ。


 運命を感じた私は母に頼み込んで受験費用を捻出してもらい、都市部に遠征して魔道騎士団付属の訓練学校に入るための入団試験を受けることになる。そこでの試験はまぁ……適当にさらっとクリアして、私は逃げるように姉と過ごした村と飛び出た。


 

 こうして私は新天地へ来て、魔導騎士団候補生としての新生活を始めることとなったのだ。


 そして――


 



 この入団から二ヶ月後、私は真の意味で姉と別れることになる。

 

 




 

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